Kanna no Kanna RAW novel - chapter (93)
第八十五話 どうやら真面目パートのようです
カンナが知り合いの帝国騎士によって釈放された一方で、別のところで起こった一幕である。
「どうして
彼
の面会を許可していただけないのですか?」
「何度も口にしているが、なにとぞご理解いただきたい。あの男は誘拐未遂だけではなく、他の大きな犯罪にも関わっている可能性がある。そう簡単にあなたに会わせるわけにもいかないのだ」
「彼に私を害するつもりがあるのならば、この都市に来るまでの道程でいくらでも機会があったはずです。それに、今回の件に関しても、彼に悪意があったとすればワザワザ宿に連れて帰ることなどせずに、そのまま無理矢理にでも私を拉致すればあなた方に捕まることもなかった。違いますか?」
「申し訳ない。万が一の事態、と言うのも想定しなければならない。あなたの身を考えれば簡単にあわせるわけにもいかないのですよ、ファルマリアス・アルベナア
伯爵令嬢
殿」
カンナが帝国軍人の一団に連行された後、ファルマリアス=ファイマ一行はその日の内に宿を引き払い、皇居内の来賓用客室に身を移していた。形としては、未遂とは言え誘拐されかけたファイマを治安が良い高級街とは言え街宿に泊まり続けるのは何かと問題があるとされたからだ。
皇居の内部は皇帝一族の住まいはもとより、ファイマが寝泊まりしている賓客用客室のほか、皇居勤めに勤しむ使用人達やそれらを警備、守護するための騎士団屯所も存在している。
カンナを連行した軍人たちも皇居内に屯所を保有する騎士団の所属だった。名を鋼竜騎士団。彼らは国の要人やそれらに匹敵する重要人物を守護するのを主な任務としている。
ーーーー余談ではあるが皇居内にあるからと言ってそれが具体的な騎士団としての地位に直結するわけではない。レグルス率いる幻竜騎士団は皇居の外に屯所を構えてはいるが、その地位と実力は軍内でも屈指である。
ファイマは何度もカンナの無実を訴えていた。もちろん、彼が連行された当初こそ混乱から衝動的な言葉を口にしていたが、一日も時間を置けば普段の冷静な思考を取り戻し、論理的な証言を鋼竜騎士団の団長、副団長に申し立てていた。
だが、いくら言葉を重ねても、この日もろくな成果を上げることなく、話し合いは終わってしまう。これ以上はなにを言っても無駄と判断したファイマは鋼竜騎士団の団長室を後にした。
「…………やはりダメでしたか」
ファイマの傍らで会話を聞いていたランドは固い声で言った。
「国賓に
なってしまった
とはいえ、しょせんは実権を持たない小娘の言葉だもの。そう簡単に事が通るとは思っていないわ」
表面上は冷静に口を開きながらも、ファイマの表情には焦燥がにじみ出ていた。カンナの釈放はもとより面会の許可すらも下りなかったのだ。皇居の内部はある程度自由に過ごせるが、護衛たちと共にほぼ軟禁に近い状態。カンナの現状を全く把握できずに不安が募る一方である。
今回の一件に関しては色々と不自然な点が多すぎる。
まず第一に、ファイマが一人で街に繰り出したのはカンナと再会した日が初めてではない。それまで二度ほど、護衛達の目を抜け出しては一人で街の散策に出かけたことがあるのだ。だが、そのいずれも鋼竜騎士団などの要人警護部隊が出張るような事態には発展しなかった。
さらに言うならば、鋼竜騎士団はランド達が救援要請を出すよりも遙かに早くに行動を開始していたのだ。「お嬢様も困ったお人だ」と溜息混じりにファイマを探している最中に突然騎士様の団体がやってきたときは、さすがのランド達も驚きを隠せなかった。
「そもそも、大して権力のない伯爵家の娘を相手に国賓待遇と言うのが明らかにおかしいのよ」
アルナベス伯爵家はユルフィリア建国の初期頃から存在している由緒正しき名家だ。領地は特別に広いわけではないが、歴代の伯爵家当主は学問への関心が強く、国内でも有数の学業都市として発展している。現伯爵家当主も領主でありながら魔術学校の一つに学園長として就任しており、ファイマはそこを主席で卒業した過去を持っていた。
だが、ファイマの言ったとおり、名は通っているがアルナベス家は国の内政に関わるような大きな実権力は持っていない。優秀な人材を輩出した地の領主でありその人脈は侮れないであろうが、直接的に行使できる権力はそれほどではないのであった。
「大領地を持つ豪族や国政に深く関わっている官僚ならともかく、田舎に引きこもって知識の探求に人生の大半を捧げているような変人の娘を、国賓待遇で迎え入れる理由が分からないわ」
「…………そこまで言うのはどうかと」
「このぐらい、あの人にとっては誉め言葉よ」
人によっては侮蔑に聞こえる台詞だったが、ファイマの口調はそれとは真逆の尊敬に近しい色が強かった。
「話が逸れたわね。問題は、どうして今頃になって私が国賓で招かれたのか、ということよね」
「…………むしろこの一ヶ月間を自由に過ごせたのが僥倖だったのか、と考えるべきかもしれません」
「それはどうかしらね」
ランドの言葉をばっさりと切り捨て、ファイマはパチリと指を鳴らした。密かに構築していた魔術式が発動し、彼女とランドを取り巻く空気がファイマの支配下に置かれた。『サイレント・フィールド』と呼ばれる術式で、風の結界内から外へと漏れ出る音を遮断する効果がある。
「…………お嬢様?」
僅かながらに疑問を抱いたがランドは直ぐにファイマの思惑が飲み込めた。ここから先は他人に聞かれると色々とまずい話なのだと。
ファイマは顎に手を当て、思考を巡らせる。
「もし国賓待遇として迎え入れるつもりだったら、どうして最初からそうしなかったのかしら。私たちが一ヶ月前に入国したのは既に皇居の内政機関にも届いていたはずなのに」
どのような身分と理由があろうとも、貴族に属する者が他国の首都へ足を踏み入れる際にはその報告を国の内政機関へと届け出を出すのが原則。ファイマ達も魔導列車でドラクニルを訪れた際には、駅にて手続きを行っている。また、当面の宿泊先も一緒に提出している。
「どれだけ伝達の速度が遅れたとしても、一週間内には私たちの方になにかしらのアクションがあってもおかしくはなかった。でも結局は、何の音沙汰もなく一ヶ月以上が経過してたわ。これって単なる職務怠慢の結果かしら?」
「…………国賓として迎え入れる、にしてはかなり対応が遅いですな」
「私はこう考えるわ。この空白の期間内で、私は国賓に値するほどの人物ではなかった、とね。少なくとも、書類の上で私は辺境に領地を持つ伯爵家の娘でしかなかった」
「お嬢様のドラクニル来訪は間違いなく内政機関に届いており、その上で捨て置かれていたと、そういうことですか? だとすれば…………」
ランドは一呼吸を置いてから。
「…………鋼竜騎士団がファイマ様の捜索に出動した日からその数日前の間に、なにかしらのテコ入れがあった」
「だと、私は考えているわ。もっとも、これは私の想像の範疇を越えないけれど」
ファイマは謙遜したが、彼女自身の中ではそう遠く外れた予想ではないとも思っていた。
だが、そうなると新しい疑問も浮上してくる、
ファイマが国賓待遇になるように、国の内政機関にてこ入れをした人物が果たして誰なのか。また、その人物はどうして一ヶ月以上もファイマを放置し続けていたのだろうか。そして何よりも、ファイマが面倒ごとに巻き込まれるのを見計らったかのように鋼竜騎士団が出動した件もある。
(口ではうまく説明できないけれど、どうにも
ちぐはぐ
な感じがする)
何かしらの思惑があるのは間違いないが、それにしては色々と事の進み方が稚拙だ。少し考えれば今上げたような不自然な点が浮き彫りになるのがその証拠だ。結果として、ファイマの中には強い警戒心が生まれていた。これは
画策者
にとって好ましい事ではないはずなのに。
そこまで考えて、ファイマはあえて思考を打ち切った。情報が少ない今、下手な推測を重ねていけば間違った先入観に囚われ、大事な局面を見誤る危険性があるからだ。
「お嬢様、部屋に着きました」
ランドに言われて俯き気味になっていた顔を上げると、自分に用意された来賓用の客室前まで到着していた。
「色々と考えなければならないことはあるけれど、当面の問題はカンナの無実を証明し、釈放にまでこぎ着ける事ね」
ランドが来賓用客室の扉を開くと、ファイマは『サイレント・フィールド』を解除しながら室内に入った。
部屋の内部では残った護衛の片割れ、アガットが待機しており、扉が開かれるとすぐさまそちらに顔を向けた。
「お疲れさまです、お嬢様、ランドさん」
「ただいまアガット。キスカはどこへ?」
「彼女は使用人達に探りを入れに行きました」
皇居内にて行動を制限されているとはいえ、ファイマらは何も黙って過ごしていたわけでは無い。ファイマが鋼竜騎士団へと直談判をしていたように、護衛たちはそれぞれが出来る範囲での情報収集を行っていた。もっとも、実直な性格が災いして腹芸が苦手なアガットは、こうして部屋で待機している事が多い。
「少し話し疲れたわ。アガット、お茶を淹れてくれるかしら」
「かしこまりました」
そんな彼の役割は、各々が役割を終えた後に、労いの一杯を淹れる事だ。この来賓客室にはお茶を淹れるための道具が一式用意されており、お湯を沸かすための高熱を発する魔術具も備え付けられている。
実は、ファイマ一行の中で紅茶を淹れるのが一番上手なのはアガットだったりする。
少しして、テーブルの上には香り立つ紅茶入りのカップが置かれた。ファイマはそれを口にして、内に溜まっていた心労も合わせてホッと息を吐いた。
ファイマがカップの紅茶を飲み干す頃に、「お嬢様、ただいま戻りました」とキスカが部屋に戻ってきた。
「ご苦労様。それで、何か掴めた?」
「特にコレといった情報は何も…………。ただ、一つだけ気になる話を聞く事ができました」
「気になる話?」
「ここ数日間の間に、慌ただしい動きを見せている騎士団があったと。確か名を、幻竜騎士団と…………」
「幻竜騎士団といえば、元Aランク冒険者が率いているディアガル軍の内部でも屈指の実力を誇る騎士団では無いか」
若くしてAランクにまで上り詰めた『竜剣』の武勇はディアガル内だけには留まらず他の各国にも届いていた。ランドは小さくだが驚く。
「ええ。有事の際には先陣を切って活動する遊撃部隊との事ですが、彼らが動き出すような事件の噂は皇居の内部では聞く事はできませんでした。強いて言うならば、先日にドラクニルから数駅ほど離れた地域の鉱山で大発生したゴブリンの大発生ですが…………」
「その話は俺も。確か、ドラクニルの冒険者たちと合同で討伐任務に当たっていたとか。かなり大規模な集団を作っており、ゴブリンだけではなくリザードマンの群や複数の
上位個体
も確認されたと聞いています」
アガットの言葉にキスカは頷き、先を続ける。
「ただ、この討伐の任務はすでに完了しており、事後の処理は他の騎士団に任せて幻竜騎士団は任を解かれております」
「彼らの今回の動きは、ゴブリン討伐任務とはまた別件ということね」
ファイマは考えを巡らせるが、具体的な答えを導き出すまでには至らなかった。
さしもの彼女も、幻竜騎士団の団長がカンナとの個人的な繋がりを持ち、ましてや己とも面識があるとは露とも予想できなかった。
その事実を知ることとなるのは、もう少し先の話である。