Kanna no Kanna RAW novel - chapter (95)
第八十六話 ダウンシング捜査線はありません
ベクトは険のある視線を俺に向けるも、それ以上のことはせずに団長室を去っていった。
「こいつぁまた嫌われてるな」
「一応弁護しておくが、奴は確かに選民意識のきらいはあれど、貴族としての義務をきちんと理解している。いざというときに民の矢面に立つ覚悟は持っているさ。それに、ベクトは武人としてはもとより貴族相手の交渉役としても非常に有能だ。我が幻竜騎士団が『遊撃』という曖昧な役に就いていられるのも、少なからず奴の交渉術があってこそだ。おかげで面倒な派閥争いに関わることもなく、スムーズに団を動かすことが出来る」
「世渡りとか苦手そうだもんな、おまえさん」
レアルは思考の柔軟性もあるし頭はそもそも悪くはない。物事を表面上だけではなくその裏を読み取る思慮の深さもあるが、どうにも根がサッパリしすぎている。
「…………面と向かって言われると少々思うところがあるな。紛れもない事実なので否定できないが」
俺の直球な物言いにレアルは少しむっとなりながらも肯定した。彼女が言うだけあって、ベクトは平民相手の横柄な態度をとるだけの愚かな貴族ではないのだろう。
さて、と俺はソファーから立ち上がった。
「んじゃ、俺はそろそろお暇するぜ。街の中を歩き回るには問題ないんだろ?」
「ああ。だが、建前では身柄をこちらで預かることになっている。必要以上に拘束するつもりは無いが、定期的にこちらの屯所に顔を出してくれ。何かあればリーディアル様を通してシナディ嬢から連絡をよこす」
「あいよ」
レアルの手元にはベクトが持ってきた新たな指示書がある。彼女もこれから仕事があるだろうし、邪魔になるのも悪いので部屋を退出しようと扉のドアノブに手を伸ばした。
「…………すまんカンナ、帰るのはちょっと待ってくれ」
扉を開ける前に背中に待ったの声が掛けられた。
振り返ると、レアルはこちらに視線を向けず、真剣な眼差しでベクトが持ってきた書類に目を通していた。
はて?と首を傾げつつも、俺は彼女の座る執務机の方へと歩み寄った。側によると、彼女はそれまで目を通していた書類をこちらに向けて差し出してきた。
「まずはこいつに目を通してくれ」
「…………や、俺って部外者なんですが」
身柄は幻竜騎士団預かりにはなっているが、それとこれとは話が別だ。差し出された書類から反射的に目を逸らす。
「『これ』に限って言えば、君も一概に『部外者』と言い切れない」
「機密とか大丈夫なのか?」
「安心しろ、君が余計な事を漏らさない限りは問題ない」
『安心』という言葉の意味を一度辞書で再確認したくなりつつも、俺は言われたとおりに彼女から書類を受け取り目を通した。
ーーーーファルマリアス・アルナベス伯爵令嬢を国賓として迎え入れるに当たり、幻竜騎士団にて護衛の任務に就かれたし。
内容を要約すると、こんなところだな。
書類から顔を上げると、レアルは思案を巡らせている顔をしていた。鏡で俺自身の顔を覗けたならば、似たような表情があるだろうな。
「…………このタイミングでさらにこの名前か」
「ファルマリアスーーまず間違いなく、ファイマ嬢の事だろうな」
俺はレアルに書類を返却する。
「ファイマの護衛任務がお前さんのところに来たってのは、偶然か?」
「おそらくだがな。私とファイマ嬢との個人的な繋がりは軍上層部も知り得ていないはず。あくまでも幻竜騎士団へと命令が下ったに過ぎない」
幻竜騎士団は有事の際に迅速に活動できるのが強みだとは聞いたが。
「護衛の役割も遊撃には含まれているのか?」
「広義の意味で取れば一応は。しかし、施設の防衛や式典、祝祭の警備任務に就いたことはあるが、個人の護衛を任されたことはさすがに無いな。こう言った要人警護に関しては鋼竜騎士団の方が適しているはずなのだが…………」
「鋼竜騎士団ってぇのは、俺を牢屋にぶち込んでくれた奴らだったか?」
「そういってやるな。彼らは与えられた任に忠実に従ったまでだ」
確かに、リーダー格の男を筆頭に、あの場にいた鎧姿からは悪意や害意はほとんど感じられなかった。唯一、俺の背中をチクリとシてくれた輩だけは他の面子よりも若々しく敵意も強かった。後で必ず殴る。
「ただ、鋼竜騎士団の団長は良くも悪くも真面目な事で有名だ。軍内の一部からは蛇蝎の如く嫌われている。ま、それは
幻竜騎士団
も似たようなものだが」
「さっきはベクトのお陰でうまく世渡りしてるって言ったが」
「軍の内部にも『管轄』という縄張り意識に近い領域がある。そこを平気で飛び越えて動き回る我らを快く思わない者達もいる」
現実世界の警察も所轄同士の縄張りがあり、それらを無視して自由に動く本庁の動員を快く思わないのは、ドラマの描写でよく目にする。事件はいつも現場で起こっているのです。
「ベクトが上手く緩衝材になってくれなければ、今頃我が騎士団は軍の内部で爪弾きにされていただろう」
聞けば聞くほどベクトが有能に聞こえてくる。イケメン=有能の公式か。少しでいいから俺にもイケメン度を分けてほしい。
「思ったんだが、この命令ってぇのは鋼竜騎士団のプライドを直撃しないか?」
「そこは問題無い。鋼竜騎士団の団長は確かに実直な人間だが、職務に対しては柔軟な対応をしてくれる。必要とあらば他の騎士団に協力要請を出すのを躊躇わないお人だ」
堅物ではあるがお仕事によっては融通がきく人物か。イケメンなのだろうか。イケメンなのだろうね。
「話はこっちだ。この任務、君はどう思う?」
「それを軍隊経験皆無の俺に聞くかい」
「だとしても、率直な意見が聞きたい」
「そうさな…………素人の感想を言わせてもらえれば、非常に面倒くさそうな事になってるな、とは思う」
要人警護の専門部隊ではなく、何でも屋部隊に話を持ってきている時点で回りくどい。
「私も同感だ。個人警護のノウハウに関しては一通り把握しているが、経験の点で言えば鋼竜騎士団の足元にも及ばない」
「幻竜騎士団に任せてるって事だし、柔軟な対応が求められてるんじゃねぇの?」
「だとしても、やはり鋼竜騎士団の方が万が一の事態に対しての練度は高い」
ますます幻竜騎士団にファイマの護衛を任せる理由が思いつかない。
ただし、ここで現実世界で培ったラノベ既読者の経験を言わせて貰えば。
「根拠もヘッタクレも無いが、誰かしらの陰謀が絡んでるってパターンは?」
「…………ふむ」
俺の適当な言葉を耳にしたレアルは、呆れるどころか逆に考え込むように顎に手を当てた。
……………………え?
「ちょ、ちょっと待とうぜ。や、もう本当に超当てずっぽうだぜ今の。本気にされても困るんだが」
「いや、君の口にした可能性は私も一番最初に思いついていたのだよ」
「…………なぁ、本当に幻竜騎士団って爪弾き組織じゃ無いんだよな?」
途端にきな臭い陰謀説がプンプンと鼻を刺激しているんですけど。
俺の引きつり顔に対して、レアルは軽く肩をすくめた。
「どこの組織も、誰かしらに疎んじられているものさ。実際に私個人や騎士団の名誉失墜を狙って厄介ごとを押し付けられた事もある。ま、黒幕が判明した件に関してはきっちりと落とし前はつけさせてもらったがな」
それが法的措置なのか
物理的
措置なのかがちょっと気になる。
「…………しっかりと、法的な措置で処罰している。いいかげん、最近の私に対する君の評価を小一時間ほど問い詰めたいのだが」
おっと、顔に出てたか。や、戦場であれだけどでかい得物を振り回して乱舞しまくってたら誰でも俺と同じ事を思うだろうさ。
「まったく…………。可能性の域を出ないのはその全てが我々を貶める為だった、というわけでは無いからだ。どこの騎士団にも手に余り、本当に切羽詰まって我々にお鉢が回ってくる事もある」
俺が巻き込まれた鉱山での一件がいい例だった。あの時は迅速に動ける部隊がちょうどレアルの騎士団だったという話だ。
現時点では、陰謀説は単なる可能性の一つに過ぎず、これ以上掘り下げる事はできなかった。
「んで、結局はどうすんだ。この任務」
「上からの正式な命令だ。明確な理由が無い限りは軍の一部である
騎士団
に拒否権は無い」
そうは言ったレアルだが、表情はまだ少しばかり険しい。決して少なく無い人数を率いる部隊の長としては、色々と考える事が多いようだ。
レアルはそのまましばらく考え込むと、ふと何かを思いついたのかハッとした顔になった。そしてそのまま彼女を眺めていた俺の目とバッチリ視線が合う。
「…………そういえば、君はすでにCランク冒険者になっていたな?」
「まぁ…………なりゆき? 無理やり?」
「なぜ疑問系なのだ…………」
そりゃあんた、元Sランクの威圧に半ば脅され、ついでに現役Aランクに腕をちょん切られるという凄まじい体験をしたのだ。少なくとも自分から快く昇格したわけでは無い。
「だがまぁ、少なくとも『護衛』に関する依頼の受注は解禁されているわけだ」
「確かにそうだが」
「ならば君に依頼だ。ファルマリアス・アルナベス伯爵令嬢の護衛任務に、外部協力者として参加してほしい」
………………………………………………………………。
「…………いやいや、ちょっと落ち着こうぜ」
「私はいたって冷静だが」
「だったら尚更だ。どーして部外者である俺をこの任務とやらにぶっこむ思考に至るんだ?」
「別に気紛れでこんなことを言ったわけでは無いさ」
レアルは机の引き出しから俺も見覚えのある書類を取り出し、黒いインクで記入を始めた。冒険者ギルドでも使用されている依頼の発行書だ。
「各騎士団の団長にはそれぞれの裁量で民間への外部協力者を引き入れる権限が与えられており、そしてその『民間』の中には当然だが冒険者ギルドの所属者も含まれている。今回は、ギルドを通して幻竜騎士団の団長たる私が
カンナ
個人に依頼を出す形になるな」
「いやいや、制度云々は聞いてないって。どうせ依頼を出すならBランクの腕利きとか雇えよ。もしくはAランク辺り」
とてもじゃないが誰かを守りながら外敵を排除する、などという困難極まる役を担えるほどの熟練者じゃ無いぞ、俺は。
「まず第一に、そこらへんの冒険者よりも君の方がよほどに頼りになる。特に、不測の事態に陥った場合の君の行動力は、私の知る限りでは随一だ。不意打ちに備えるといった観点でみれば君以上の人材は無いだろう。加えて、君ならば裏切りの心配もしなくていい」
「つまり、俺は万が一に対しての保険ってことか。けど、俺ぁ今の所お嬢様誘拐未遂の容疑が晴れてない。そんな怪しさ満点の人間を引きれることなんざできるのか?」
「そこはこちらでなんとかするさ。別組織とはいえギルドマスターであるリーディアル様、と
騎士団長
が口添えをすればどうとでもなる」
あ、彩奈の奴が悪巧みする時と同じ顔だ。おそらくどうとでもなってしまうのだろう。
「それに、君としてもファイマ嬢の様子は気になってはいただろうさ」
そう言って、レアルは記述していた書類を机の上で半回転させ、筆と一緒にこちらへと差し出した。
「さ、あとは受注者の欄に君の名前を書けば契約は完了だ」
「…………色々と気をつけはするが、どうなっても知らないからな」
具体的に何が起こるかは俺にも予想はつかなかったが、言わずにはいられなかった。
俺の言葉にレアルは満足げに頷き、それを見た俺は意を決してサインをするのだった。