Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (110)
108話 地図の存在
マルタの町中心部。
大通りに面したお店が密集する地帯で、俺は色々な店をグルグル回る。
全ては目的の物を探すためなわけだが――
(う~ん……無い無い無い……なんで『
地
図
』が売ってないんだ?)
なんでも地球の常識が通じるとは思っていない。
だから地球にある物がこの世界に無いなんてことくらい、ある程度割り切っているつもりだけど、それでもさすがに『地図』程度はどこかしらに売っているはずだ。
世界地図なんて贅沢は言わなくても、せめてここ、ラグリース王国の全体図くらいならどこかの誰かが作るはず。
最終日にも雑貨屋で念のため確認はしたが、ベザートは小さい町だから無いのだと思っていた。
だが、これだけ大きいマルタの町でも無いなんてことは考えにくい。
もしかしたら『地図屋』なる専門のお店でもあるのだろうか?
そんなよく分からない疑問まで浮かんでしまう。
(もう店の人に聞いちゃった方が早いかな……)
そう思ってカウンターで暇そうにしているおばちゃんに声を掛けてみる。
「すみません。ここに『地図』って売ってないですか?」
俺も自分の目で商品を見たんだから、たぶん「売ってない」と言われる。
だからその後、売っているお店を聞こうと思っていた。
が――
「地図? なんだいそれは?」
思わずその返答を聞いて固まった。
(……なんだこれは? こんなパターン今まであったか?)
【異言語理解】スキルはかなり優秀だ。
言語を正確に解読するというよりは、感覚でスキル所有者が理解できる言葉に置き換えてくる。
ハンターギルドのランクにしても、実際ローマ字がカードに書かれているわけではない。
目で見える情報はミミズが這ったようなウネウネしたこの国の文字と記号だが、それを俺が持つ知識に当てはめて理解出来るよう、変換して伝えてくれる。
カレンダーも見当たらないこの世界で『週』という言葉が通じるのも、『メートル』や『時間』がそのまま地球の感覚で使用できるのも、【異言語理解】が相手に理解できる内容へ変換して伝えてくれているからだ。
そしてこれは逆のパターンでも。
つまり相手が【異言語理解】を持っていても成り立つはずだ。
だから不思議な、初めてとも言えるこの現象にどうしたらいいのか分からなくなる。
(いや……過去にも色々あったか。直近だとビリーコーンの女将さんに『チップ』と伝えた時だ。あの時も同じ反応をした)
女将さんはチップという仕組みをまったく理解していなかった。
だからどういうものか、説明してやっと理解してくれ、そしてチップを受け取ってくれた。
ということは、この世界に『チップ』や『心付け』といった類のやり取りが一切無かったということになる。
そんな風習がなければ、知っている知識で補完することもできないのだからしょうがないだろう。
(ということは、『地図』がこの世界の人にとって、それこそ『自転車』並みに連想もできない、この世界に存在していない物ということになるのか……?)
いやいや、まさかまさか。
「……『マップ』という言い方をしたりもします。どこに向かえばどんな国や町があるのか、俯瞰的に見たおおよその配置図のような物なんですが」
「……そんなの聞いたこともないよ。逆にどこでそんな大層な物が売っているっていうんだい?」
マジか。
マジかマジかマジか。
この世界の人達って、『地図』無しで旅してるのかよ!?
町と町との間は距離がかなりあるし、道中の目印になるようなものも大してないんだから、地球よりも絶対に地図が必要な世界のはずだよね?
なのに誰も作ろうともしないなんてどういうこと?
このままじゃ俺が、旅の途中で迷子になっちゃうでしょうが!!
徒労に終わり、トボトボと宿屋に向かって歩く。
(ダメだ。これこそ女神様案件だ。リステ様が降臨したら直接聞いてみよう)
そう思って宿屋の1階でマルタ初の食事を摂り、お迎え準備を整えるのだった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
古城さんの鞄は準備オッケー。
本当は風呂の方が良かったけど、身体フキフキもオッケー。
魔力は何も使ってないからまったくもってオッケー。
よしっ……それじゃ始めようか。
【神通】
「リステ様、ロキです。準備オッケーでございます!」
(分かりました。それでは今からロキ君の横に降りますね)
だいぶ日本の砕けた用語も理解してくれるようになってきたなと思いながらリステ様の降臨を待つ。
するといつもの濃厚な霧が。
(ふぅ~ドキドキするぜ……)
一口に女神様と言っても性格はバラバラだ。
フェリンは明るく能天気だが、一度沈むとかなり落ちるので感情のブレが結構大きい。
フィーリルはのほほ~んとしていて母性の塊のようだけど、実は何か裏で考えているような気配がたまに見え隠れする。
リアはまぁ、あれがツンデレって言うんだろうな。
そしてリガル様とアリシア様はまだ降臨されていないが、話している分にはリガル様が超体育会系の実直な雰囲気が。
アリシア様は天然の可哀想な子という印象が強い。
そして今から降臨するリステ様は、この6人の中である意味一番
女
神
様
ら
し
い
と言える。
基本的には冷静沈着で情報を多く持ち、そして何より――
「お待たせしました」
もう……この神々しさよ。
綺麗方面に突き抜け過ぎたお顔にモデルのようなスラリとした体形。
腰まで届くツヤツヤサラサラの長い銀髪……そして金色の瞳。
髪の色や瞳の色は女神様だけではなく、俺が生活している下界の人達も千差万別。
この世界の人間を見た時に何より一番驚いたのは、髪を染めたりカラコンしたりということではなく、天然物で随分とカラフルな個性が出ていることだったが……
それでもここまで神秘的なオーラを放っている人は見たことが無い。
後光が射していると錯覚してしまいそうな雰囲気に、自然と腰を折って平伏してしまいそうになる。
「おっ、おっ、お久しぶりです!」
「?……どうしたのですか? 普段通りでいいですよ」
「いや、直接目にするとあまりの神々しさに途轍もない緊張が……そのうち落ち着くと思うので気にしないでください」
「……訂正です。私も他の皆と同じようにしてください」
「は?」
「丁寧な言葉は使わなくて結構ですよ。名前もリステと呼び捨てにしてください」
やっぱり流れ的にこうなるのか? 予想はしていた! していたけど……
(ぐっはーーー! リステ様の場合は特に厳しぃーーー!! まずリステ様の言葉が凄く丁寧だし! どうせ突っ込んでも、フィーリルと一緒で直してくれないんだろうし!)
そんな状況で俺だけタメ口とか、自分が無礼な底辺ゴミくず野郎に成り下がってしまうような気がしてならない。
俺が頭を抱えて身悶えしていると、ふいに掠れた声が耳に入る。
「私が良いと言っているのだから気にする必要ありませんのに……それとも、私だけ仲間外れなのですか……?」
その言葉にハッと顔を上げる。
なんと……手で目元を覆っていらっしゃる……
(こ、こんなとてつもない美人を泣かせているクソ野郎はどこのどいつだ?……俺か? 俺なのか!?)
「ごごごっ、ごめんなさい! 皆と同じように敬語も使わないし、名前も呼び捨てにするから泣かないで!」
「ふふっ、それは良かったです」
「ん……?」
顔を上げれば涙の痕も無く、いきなり笑顔になるリステ様に「あれぇ~~~?」という感想しか出てこない。
機嫌が良くなったんならそれで良いとは思うけど……もしかして女神様って芸達者なのだろうか?
泊まっているのはビリーコーンより若干広く、椅子も2脚ある分料金は1泊素泊まり5000ビーケという部屋なので、俺がまず椅子に腰掛けリステも座るように促す。
さて、色々と確認したいこと、伝えることはあるが――何から手を付けていくべきか。
「とりあえず、リステの行動予定を聞いてもいい?」
「大丈夫ですよ。私はここ――マルタでよろしかったでしょうか? この町に転移者がいないか1週間ほど調査する予定です。あとは町全体の文明度合いも直接確認しておきたいですね」
「となると、朝に俺をポイントにして降臨、夜に人の動きが少なくなってきたら【分体】を消すということでいいかな?」
「そうですね。ロキ君がしたいことの邪魔はしませんから、その……私も専用の靴だけお願いできればと……」
「もう恒例の流れだもんね。それじゃまずは明日の朝一で靴屋に行こうか。って、まだ靴屋の場所が分からないから、できれば背負って探すというのは……」
「……しょうがないですね。では私に似合いそうな物を買ってきていただけませんか? それであれば、明日はお昼くらいに【分体】をこの部屋へ出しますから」
おっふ。
毎度恒例の流れではあるけど、まさかの別ルートが発生してしまった。
女神様直々のお使いクエスト。
しかも似合う靴とはハードルが高い。まず足のサイズが分からんし。
「く、靴はサイズがあるので結構難しいような……?」
「他の皆に買っていただいていたようなサンダルであれば大丈夫だと思ったのですが……今測っていただいても結構ですよ?」
そう言って立ち上がり、テーブルに手を付きながら片足を俺の前へ差し出すリステ。
「……し、失礼します」
な、なんだこのおかしな状況は……思わず敬語に戻ってしまったが気にしている余裕も無い。
サイズなんて測れる道具を持っていないのに、自然と手が足に伸びてしまう。
さわさわさわ。
(な、なんてスベスベで綺麗な
御御足
なんだ……ほっぺのようにプニプニしているが、それでいてなんとも言えない色気が……)
「はぅ……っ」
(ん? くすぐったかっただろうか? しかし……そんな趣味は無いはずだが、この真っ白な足を見ていると……なぜかおかしな欲求が、が、ががが)
その瞬間、足の指がビクッとなる。
「は、恥ずかしくなってきましたので、あまりマジマジと見ないでください……」
「すすすすみません! なんとなく! なんとなく分かりましたので明日買って参ります! もし気に食わなかったらいくらでも買い直しましょう!」
(やべぇ……持ってきているスキル【読心】だ……)
おかしなことを考えてしまったせいで、この場の空気もおかしなことになってしまった。
いったい降臨された初日から何をやっているんだ俺は!?
とりあえず全力で別の話題を振らなければ――
「こ、これで靴の件は問題無いとして! 一つ、早急に確認したいことがあるんだけど」
古城さんの持ち物は一度話せば絶対長くなる。
だから先に確認すべきはこっちだ。
「な、なんでしょう?」
「リステは『地図』って言葉の意味、分かる?」
「……はい」
「そっか。今日さ、これからの旅のために買おうと探し回ったんだよね。でも売ってなくて、それどころか店の人は『地図』の存在すら知らなかった」
「……」
「これは、たまたまなのかな?」
すると少し困ったように、苦笑いを浮かべながらリステは考え込む。
「少し時間を頂けますか?」
「それは大丈夫だけど……」
俺の了承を得られたからか、前に見たフェリンのように、まるで人形の如くリステの【分体】は動かなくなる。
こうなったということは、リステ本体が女神様達と話し合っているということ。
さすがに前と同じ過ちを犯すつもりはないが、そこまで重要な内容だったことに驚いてしまう。
(もし地図がこれからも得られない場合はどうするか……まぁ、その場合は馬車移動をメインにして、旅をしながら自分で地図を作るしかないよな。手帳に少しずつ町の配置を書き込んで――)
そんな、情報が得られなかった場合のことを想定した計画を練っていると、意識が戻ったかのようにリステの目に光が灯る。
「お待たせしました。黙っておくべきではないという結論になりましたので、ロキ君にはお話しします」
「こんな大事になるとは思ってなくて、なんだかごめんなさい」
「ロキ君に問題があったわけではありませんから気にしないでください。まず結論として、
今
こ
の
世
界
に
地
図
は
存
在
し
ま
せ
ん
。人間だけではないので敢えて人種と言わせてもらいますが、地図という発想すら出てこないように制限を掛けております」
「今……ということは昔はあったということ?」
「その通りです。人間が作る粗末な地図もあれば、空を飛べる鳥人族が作った少し精度の高い物まで様々にありました。そして過去にその全ての存在をこの世界から消しています」
「ということは何かしらの不都合が起きて、地図という概念をこの世界から無くしたってことか」
「概念というほど大それたものではありませんよ。『地図』を知る者に内容を聞かされれば、そういう物があるんだと理解はできますから。やっていることはフェルザ様の力によって、この世界に生まれた者は俯瞰した世界を書き記すという考えに及ばなくなる。それだけです」
「書き記すことができない……つまり、頭の中ではそれぞれ俯瞰した姿を描けているということ?」
「その通りです。その規模や制度に個人差はあれど、それが地図という認識もないまま各々が頭の中に描いて生活していることでしょう」
「それに違和感を覚えないこの世界の人達も凄いけど、それ以上にフェルザ様がそんな無理やりなことまでできてしまうっていうのが恐ろしい話だね」
「私達がどうしてもとお願いしたことですから……」
ふーむ。
地図をこの世界から消したのは分かった。
が、なぜそうしたのかが分からないな。
不都合について敢えてリステは触れたくないのか、それとも世界の根幹という何かに触れてしまう内容なのか――
「その理由については聞いてもいいことなのかな? もちろん無理にとは言わないけど……」
「理由を知らなければロキ君が広めてしまう可能性もありますからお伝えしましょう。理由は単純な話で、『地図』の存在が人種の争いに拍車を掛けるからです」
「……どういうこと?」
スムーズに飲み込めず詳しく聞けば、確かに関連性はあるかもと思える話をリステは聞かせてくれた。
地図は敵対する目標を明確にしてしまう。相対的な自国の力を分かりやすくさせてしまう。
もし精度の高い地図があれば、他国との領土差はどの程度なのか、どの国と共闘すれば勝てる見込みが高いのか。
はっきり分かれば分かるほど戦略の幅は広がる。
もし俺が野心溢れる一国の王なら――近場に小国があれば飲み込もうとするだろうし、巨大な国とは同盟でも結ぼうと必死になる。
もちろん地図が無くてもそれくらいはあるだろうが、先々の展望を見据えて動くとなれば正確な国の配置というのは重要にもなってくるだろう。
それに世界の全体像がはっきりと見えることによって、全てを統べたいという思いが強くなるんだとも思う。
事実、精度の高い地図が広まったことにより戦争が激化。
過去に類をみないほどの人口減少が過去に発生したため、女神様達は原因を地図と関連づけてこの世界から無くすという決断をし、その後は大陸を統一せんとするほどまでに勢いのある国は出てきていないらしい。
そういう意味では成功だったと言えるかもしれないが――
「地図を無くしたことによるデメリットも大きいだろうね」
「そうだと思います。私は商売の女神ですから、販路が不透明になり、人々の往来が徐々に減っていく様を見守ってきました。だから地図を無くしたことが正解だったと断言はできません」
「俺はベザートとマルタの2ヵ所しか町を知らないけど、たしかに道中すれ違った人はそう多くなかった気がするよ」
「少なくとも国同士の交易という点では当時の方が遥かに盛んだったでしょう。私は教会に立ち寄った者の記憶から下界の情報を確認していますが、一部では当たり前のように流通しているのに、遠方ではまったくその情報が出てこないなんてこともよくありますから」
物流はトラックや飛行機が存在しないこの世界ではしょうがない部分もあるとは思う。
ただ地図が無くなり、人々の動きが鈍くなればそのぶん情報も止まりやすくなる。
商業や文明の発展という意味で言えば、大きなマイナスになってしまっているんだろうなぁ。
「地球は……地球はどうなのでしょう?」
「地球だと大陸というより星全体の地図があるけど、文明が栄えたことによって国同士の争いはある種の膠着状態に入っているかな。やろうと思えば遠く離れた地にもミサイルを打ち込んで、都市や国を丸ごと壊滅させるなんてこともできちゃうからさ。お互いが監視しているから200を超える国があってもどこも極端な行動には出られないし、国が消滅するような大きな争いなんて内紛絡みでも無ければ早々起きていないと思うよ。絶対ってわけじゃないけどね」
「……ロキ君と同じ、地球に住む人々の動きはどうですか? 地図があることによる恩恵は強いと感じますか?」
「それは凄く強いと感じるね。お金と時間さえあれば行きたい場所や国に、それこそ大陸を飛び越えて星の裏側でも一般市民が遊びに行ける。あとは地図があるおかげで物流が発達しているから、他国の物も日常の生活に必要な物くらいなら簡単に買うことができるよ。それこそ自宅にいながら他国の物を購入、そのまま自宅に届けられるくらいに」
「そ、そうですか……人種の安寧を願って地図を無くしたつもりでしたが、長い目で見れば失敗だったのかもしれませんね」
「参考程度だけど、今のところこの世界の文明は地球と比べてざっくり1000年くらい遅れていると思う。そして地球が今の状況に落ち着いたのはここ最近の話だから……1000年くらいは通過点と思って様子を見るのも一つの選択だと思うよ。魔法やスキルといった要素がどう影響するのかは分からないけどね」
「なるほど……1000年……たった1000年……」
人にとっては物凄く長い年月だけど、女神様達にとってはたかが1000年だろう。
文明が停滞し続けた年月を考えるなら、一度試してみて、ダメならダメでまた対策を考えた方が意味もありそうな気がする。
そう思って軽い気持ちで提案したつもりだったが、リステはやっと慣れてきた俺でも後退りしてしまいたくなるほどの覚悟を持った眼差しを向けてきた。
「一度皆と相談した上で結論を出しますが、『地図』の件については前向きに検討させていただきます」
「あ、うん……そうだね。地球でも散々国同士の領土争い、山ほどの戦争があった上で今があるから、女神様達でじっくり検討してみたらいいと思うよ」
さて、これで地図の件も一区切りついたのかな?
とりあえず地図が無いことは分かったし、女神様達が結論を出すまで、俺はこの世界の人達に地図がどんなものか触れないでおけば問題無いだろう。
となると、次は古城さんの鞄だな。
このまま続けると今日は寝不足になりそうだけど……
早く片付けるべきものは片付けて狩りに専念したいし、リステと同じく、俺も覚悟を決めて現代品の解説をするとしますかね。