Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (121)
119話 儚い夢
ロビーのカウンターで、もうたぶん支配人なんだろうなと思っている老紳士に声を掛け、鍵を受け取る。
「お連れ様は既にお戻りです」
「あっ、そうでしたか」
「ちなみに本日の朝食はいかがでしたでしょうか?」
「最高に美味しかったですよ。二人してお腹がパンパンになってしまいました」
「お連れ様もですか……?」
「えぇ、凄く美味しいって言ってましたよ。なので今日の夜も普通な感じでお願いしますね。昨夜みたいなのは厳しいので」
「昨日は大変失礼致しました。お好みは既に承知しておりますので、素材を活かす方向で調理させていただきます」
よしよし、これでここの食事はもう安泰だろう。
朝は食べ過ぎたおかげか昼抜きでも問題無かったし、美味しい物を一日二食生活というのも悪くない。
階段を上り、また上り、また――って狩りをした日の4階ってちょっとしんどいな!
ヒィヒィ言いながらドアを開けて部屋に入ると、リステは朝と違って黒いドレスに身を包み、昨日屋台飯を食べたソファーに座りながら外を眺めていた。
「ただいま~」
「おかえりなさい」
「戻ってから黒いドレスに着替えたの?」
「はい。ロキ君が喜ぶかと思いまして」
「……」
(ぐはっ……もうダメだ! 今すぐ抱き締めたい! というか襲ってしまいたい! でも最悪の最悪はグーパンチされて、俺の頭が弾け飛んでしまうかもしれない……ウン、冷静になれたぞ)
「し、白も似合うけど、やっぱり黒の方がさらに似合ってると思う」
「そ、そうですか……」
首が徐々に赤くなり、その後耳まで赤くなる。
(はぁ~超絶綺麗なのに可愛い可愛い可愛い……)
って、まずは先にやるべきことがある。
こんな汗臭い身体は自分でも嫌だからな。
「戻って早々ごめんね。ちょっと鎧に付いた血とか落としながら軽くお風呂入ってくるよ。早めにやっちゃった方が後で楽だからさ」
「分かりました。ではもし食事が先に来ましたら、配膳だけお願いしておきますね」
「うん、お願い~」
部屋に水場があるというのは非常に楽だ。
今日一日分のセルフケアをすぐに実行できる。
お湯を出しながら風呂場で鎧を脱ぎ、血拭きの布でゴシゴシと。
ついでに少し血の付いた服も、石鹸でゴシゴシしたら後で風呂場に浸けておいてと……
ふむ。手洗い洗濯の要領なんて分からんが、これで明日も気持ち良く狩りに向かうことができそうだな!
明日はどちらに行くべきか――やっぱり楽しみは食事と一緒で、最後にとっておくべきか?
そんなことを考えながら手早く風呂を済ませて上がると、既にテーブルの上には見た目からして美味しそうな料理が並べられていた。
「おっほ~今日も豪勢だね~」
「そうですね。でも昨日と違って、不必要なほど多いという感じはしませんし、どれも美味しそうです」
「さっき支配人っぽいおじいちゃんと話してきたよ。朝と同じで素材を活かした調理にしてくれてるってさ」
「ふふっ、では楽しみですね」
変に気を使わないようにと、それぞれがそれぞれに、食べたい物を自分で取って口に運ぶ。
飲み物はリステがワイン。俺は果実100%と思われる濃厚ジュースだ。
「ぐっほぉ……このお肉うまっ……この柔らかさは屋台だと無理っぽいな……」
「この魚も……さっぱりした中にほんのりと甘さが残って……凄く美味しいです……」
「モグモグ……そういえば今日はどうだった? 収穫あった?」
「ありませんでしたね。普通のスキル構成をした人達だけです」
「そっか~果たして生き残りはいるのかねぇ」
「やはり、可能性が一番高いのはロキ君が降り立ったパルメラの内部なのでしょうね」
「んだね。遺留品が見つかっている以上は、あそこに網を張るのが一番可能性が高いと思うよ」
「正直に言えば、皆あそこの監視は嫌がるんですよ。つまらないと」
「ははっ、そりゃごもっとも」
「ですが調べないと、なぜ転移という形でこの世界に地球人が呼び込まれているのか、その理由がいつまで経っても見えません」
「ほんとなんだろうなぁ。今日なんてさ、俺が得たスキル【脱皮】だけだよ? 思わず取得した瞬間笑っちゃったよ。俺の皮膚どうなっちゃうのよって。結局魔物専用で使えなかったけどさ」
「フフッ……フフフ……脱皮、ですか……ロキ君が脱皮するなんて言ったら私も笑ってしまいますね……」
「でしょ~? こんなしょうもないスキルが得られる能力だから、仮に生き残りの転移者が同じ能力を持っていたとしても、何かの脅威になるって感じにはいまいち思えないんだけどなぁ」
「ロキ君を見ているとそう思ってしまいますね。ただ狩りと自身の成長を楽しんでいるように見えますし」
「その通り! まぁそのうち女神様達もアッと驚くスキルを取得してみせるけどね……フフフフ」
「ちなみに今までどのようなスキルを?」
「えっ? えーと、噛みつく力が増えるスキルと、突進が速くなるスキルを――あとはさっきの【脱皮】と糸を吐く【粘糸】で使うことすらできない……」
「そうですか……これは先が長そうですね。楽しみにしておきます」
「リステ! ちょっと今バカにしたでしょ! たしかにショボいけどさ! これでもコツコツ頑張ってんだからね!」
美味しい食事を摂りながら、冗談も含めた会話をお互いに交わす。
そんな時間を心地良く感じながら、のんびりとした時間は過ぎていく―――
「ロキ君は何をされているんですか?」
「ん~新しい案になるのかな? 俺は異世界品の製品開発顧問みたいだからさ、ベザートにいずれ戻った時に詳しい提案が出来るように、あったら良いなって思う物を手帳に纏めてるんだ」
「なんと……見せてもらっていいですか!?」
そう言って俺の真横に飛び込んでくるリステの動きは非常に素早く、そして近い。
(ぐっふ……出たこの謎フェロモン……酷いよ神様、俺は真面目モードだったのに)
フィーリルやフェリンの時も確かに興奮はした。
だがそれと同時に心が落ち着く要素もあったが、リステの場合は興奮に一極化してしまっている。
この若い身体だと本当にそれがキツい。
「これは……衣服、ですか?」
「あ、あぁ……昨日服買いに行った時に見かけなかったから、あったらいいなと思って」
絵に描いていたのはよくあるボタンダウンシャツだ。
カジュアルでもシックでも、地球にいた頃、最も頻繁に着ていたのはこの手のシャツだったので、この世界にもあればいいなと思っていた。
「リステはこんな形状のシャツを商人の記憶で見たことある?」
「……無いと思います。前面が開くタイプの服はありますが、ボタンで全て留めるというのは記憶にありません」
「そっかそっか。まぁ全部留める必要はないんだけどね。ん~ボタンがネックになっているのかなぁ」
地球ならボタンの多くはプラスチックだろう。
となるとこの世界なら、それを他の何かで代用しないといけない。
まぁ木でボタンを作る程度なら、ヤーゴフさん達がなんとかしそうな気がするけどね。
「こちらは――樽を切った物? もう一つはまったく分からないですね」
「あぁ。こっちは桶ね。風呂の湯を掬ったりするのが目的なんだけど、なぜかここの風呂場には無かったからさ。まぁこっちは作るのなんて簡単だよ。だから問題はこっちのシャワーってやつかな? これはまずこの世界に無い気がする」
「シャワー? どのような用途の物ですか?」
「簡易で済ますお風呂って感じだね。この部分から水やお湯が出てくるんだけど、細かい穴が開いていて、節水と広範囲を洗い流すという目的を両立させているんだ。夏場はお風呂に入らず、シャワーで汗を流すって地球人も多いよ。あとは朝だけシャワーとかね」
「す、凄いですね。これは実現しそうですか?」
「正直に言えば難しい。簡易的な方法は考えているけど、地球のような使い方をしようと思うと、ホースという部分の素材がかなり……んん?」
「どうされました?」
「いや、今日いたスネークバイトは、なんとなくホースっぽかったなって。皮を縫合して繋ぎ合わせればいけるのか? でも圧がどうしても掛かるから水漏れが――」
「……」
「あ、あぁごめんごめん。できるかどうかちょっと妄想してた」
「いいんですよ。画期的な何かが生まれそうな時に邪魔などしませんから」
「前にも言ったけど、俺は技術屋じゃないからね? なんとなくそれっぽい案は出てきたとしても所詮は原案止まり。あとは皆と意見を交えながら相談して、できるかどうかってところかな」
「ちなみに、地球にいた頃はどんなことを?」
「あれ、言ってなかったっけ? 俺は元々営業マン――って言っても分からないか。技術屋が作った製品を売る、その商談を纏めるような仕事、かな?」
「商談? ということは商人ということですよね!?」
「ん? ん~この世界だとそういうことになるのかな? でもごめんね。仕事にしていたこととやりたいことは違うからさ。商人の道は今のところ無しだよ?」
「そ、そうですか……商売の女神としては少し残念ですが……」
「いくら口が達者でも、魔物に蹂躙されればそれで終わりだし、悪党に難癖付けられて殺されてもそれで終わり。理不尽によく分からない権力を振り回されるとかも嫌だし。だから全てはそういった諸々を跳ね返せるくらいに強くなってからだよね。そうしたらどこかに拠点を構えて、のんびり開発とか商売したり、他に面白そうなことをやればいいわけだしさ」
「たしかにこの世界は死が身近にありますから、当然とも言える判断だと思います。それにしても拠点ですか……その時は遊びに行っても宜しいんですか?」
どこかに家でも建てて、女神様達が遊びに来る生活。
それももちろん良いが―――
できれば一緒に住みたい、それがもう俺の本音、だよな。
当初あった人並みの夢。
冒険して強くなった暁にはどこかの女性と結婚し、できるか分からないけど子供が生まれ、狩りで生計を立てながら可能な限り平和に暮らしたいという願望は大きく崩れてきてしまっている。
そりゃそうだ。週単位で見たこともない系統違いのウルトラ美女が真横に降りてくるんだから、考え方がおかしくなったってしょうがない。
おまけに俺は――フィーリルのあの優しい雰囲気が好きで、フェリンの気兼ねなく話せる自然体なところが好きで、リステのなんとも言えぬエロスを感じるところも大好きになってしまっている。
もちろんリアだって僅かな時間しか共にしていないのに、たまに見せる笑顔にやられてちょっと好きになってしまっていた。
身近に感じてしまえば揃ってこの美貌。
性格だってそれぞれに違いはあっても皆良い部分がいっぱいだし、今はきっと良い部分しか俺には見えないだろう。
女神様達が俺をどうしたいのか、俺とどうしたいのか、正確なところはよく分からない。
警戒の対象?
気兼ねなく話せる友達?
それとも、神界ではどうすることもできなかったであろう恋人?
少なくともフェリンは俺に友達とは違う好意を抱いている……と思う。
そしてリステも、俺が自意識過剰じゃなければそれに近いような気がする。
……一人を選ぶ?
その考え自体が贅沢過ぎる話だが、俺は果たして選べるのか?
選んだ後、他の女神様達との関係は?
俺だけじゃなく、女神様同士の関係にだって影響を与えるはずだ。
(荷が……あまりにも重過ぎる……)
こんな時、俺は自分でどんな選択を取るか知っている。
「もちろんだよ」
口ではそう返答しながらも、俺は誰も選ばない、誰かを選ぶ勇気は無いだろうと、自らに答えを告げていた。