Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (174)
172話 不平等
部屋の中が、今までとは違った静寂に包まれる。
既に木板への書き物を終えているため、羽根ペンが木を擦る音すら聞こえない。
不思議と窓からは光が入るのみで、外の喧騒は聞こえてこなかった。
「い、今、なんと言った?」
「ですから、人を殺しても法的に僕が罰せられない条件を教えてほしいんです」
「……どうして?」
この言葉に、アルバックさんの疑問が全て集約されているような気がした。
未だに俺の質問の意味を飲み込めておらず、眉根を
顰
め、何かを探るような視線で俺を見つめている。
だから俺は正直に答えた。
「僕は――今回初めて人を殺しました。そうしないと、ハンターの女性達や子供達を守れないと判断したからです」
「……」
「人を殺害することは『悪』と断罪されて罰せられる。これは理解しているつもりですが、では何が条件に加わればその行為は『正義』に転じるのでしょう?」
「そういうことか……」
天井を見上げ、俺の言葉を反芻しながら飲み込んでいくアルバックさんの返答を、ただ黙ってジッと待つ。
今回瘦せこけた男を殺したことで、俺自身が罪に問われるとは思っていない。
それは相手が罪人であれば不問というリアの言葉や、野盗に対しての対処法をギルド講習で習っていたからだ。
20人以上もの人間を
拐
かし、男達を殺して金品を奪い、おまけに女性達を強姦していた。
しかもこれが初犯ではなく、いったいどれほどの前科があるか分からないとなれば、もはや役満コースと言ってもいいくらいの大罪人だろう。
こんな相手でも、俺が殺してしまったならあなたも死罪ですなんて言われたら、暴走機関車の如くこの場で暴れまわる自信がある。
本人達も自白していたように、男達は捕まれば死罪確定というレベルの犯罪行為に手を染めていた。
だから今回はいいとしても、問題は今後なのだ。
線引きが分かれば全てそれに合わせるわけではないが、把握しておくことによって俺の今後の行動も大きく変わってくる。
「残念ながら、ロキが求めるような明確な線引きは無い。これが答えになる」
だがアルバックさんの答えは、俺が求めていた内容とはまったく異なるモノだった。
線引きが無い?
つまりその場その場の判断?
混乱しながらも自分なりの答えを探そうとしていると、アルバックさんがヒントとも言える言葉を口にする。
「店先でパン一つ盗んだ子供がその場で切り捨てられることもあれば、不快という理由だけで人を切り捨て許される者もいる」
「え……?」
「それはこの国だからという話ではなく、まず近隣諸国でも同じだろう」
「えーと、つまり……」
ここで気付いた。
そうだ、ここは1000年近く文明の遅れた『
不
平
等
』な世界。
身分という名の、絶対的な上下関係が存在する世界だった。
「罪を犯した者の身分次第、ということですか?」
「そうだな。より正確に言えば、裁く者と裁かれる者の身分差、あとは立場によって決まると言っていい」
「裁く者……」
「罪を裁くのは、一部の例外を除けば上級貴族の下部組織である裁法院だ。下級貴族が代理人を立て、実際にはその者達が裁く。罪状に応じて死罪か犯罪奴隷か、犯罪奴隷の場合は刑期も言い渡されるが基本はこの二択だな」
「そこに無罪という選択は無いのですか?」
「まず無い。大半は我々のような衛兵が犯人を捕縛するが、無罪になるような身分や立場であれば、裁法院へ話が持ち上がる前に無罪放免の指示が飛ぶ」
……ひでぇ話だ。
現代のように、表面上でも人類皆平等なんて主義がなければここまで酷いものなのか。
貴族なんていう特権階級の身分が存在している限り、どうしようもないことなのかもしれないけど……
「ちなみに
立
場
というのは?」
「単純な話で、裁く立場にいる者達と懇意な関係にあるのかどうか。その関係を築くために金を撒く商会主や金主も多いし、さらに上――上級貴族との繋がりをチラつかせる者もいる」
「……」
「失望したか?」
「……少々」
本当は少々どころじゃないけど、敢えて隠さず言葉に棘を含ませた。
これでは法などあってないようなもの。
弱者が踏みにじられ、強者が高笑いしながら甘い汁を吸うクソみたいな世界の出来上がりだ。
しかも恐ろしいのは、衛兵長という立場であるアルバックさんが、隠すこともなく俺にこんな内容を伝えていること。
この世界では当然至極おこなわれている日常で、伏せる必要すら無い世間一般の常識ということになる。
「済まないな……」
「?」
なぜ俺に謝る必要が?
そう思っていると
「マルタの監査主任――ニローさんから少し話は聞いていてな。ロキは異世界人だから、絶対に粗相が無いようにと釘を刺されたのだよ」
そう言って力なく笑うアルバックさんを見て、俺は勘違いしていたことに気付いた。
(そうか、
俺
も
立
場
あ
る
者
と判断されているのか……)
今の話も、見方を変えれば上への批判だ。
特にこの世界であれば軽はずみな批判や告発なんて、殺されることで揉み消される様子がすぐに想像できる。
今日の町長さんも、わざわざ俺だから出向き、そして夜の会食なんてセッティングをした可能性が高い。
(ニローさん、何を道中広めまくってんだよ……)
そんな愚痴を零したくなるも、【飛行】を隠さなくなってきた俺も俺だし、国のためを思う彼の立場を考えればしょうがないこと。
町人にまで広がっていないだけマシなんだろうな。
「ニローさんは、もうこの町にいないんですよね?」
「あぁ、私や一部の立場ある者にだけロキの情報を伝え、すぐに王都へ向けて旅立ったよ。1日でも早く到着しなければ大変なことになり兼ねないと大慌てだった」
はは……苦笑いしか出ないな。
彼が不憫で、そんな話を聞けばゆっくり王都へ向かおうかなという気にもなってくる。
「正直に言えば異世界人の見方は様々だ。良く思う者もいれば、そうでない者だっている。だが――」
そこで言葉を止め、ジッと俺を見つめるアルバックさん。
「このような行動を起こしてくれたロキに、俺は―――いや、俺達は感謝しかない。だから、救える力があるのなら、今後もそうしてもらいたいと切に願っている」
――俺は即答できなかった。
複雑な心境だ。
リスクと代償を伴う正義。
下手をすれば、誰かを救ったつもりが犯人に仕立て上げられている可能性だってある。
でも、それを跳ね返せるかもしれない立場……そして、俺だけが正義を執行するメリット……
(何が、正解なんだろうな)
今日という一日が色々あり過ぎて、上手く考えが纏まらない。
それでも――
「人助けは、悪いものじゃありませんでしたよ」
それだけ伝え、俺は確認が終わったと途中報告の入っていた積み荷の場所へと向かった。
アルバックさんは男達の証言を確認後、町長の下へ報告に行くということでここでお別れ。
次に対応してくれたのは10代後半くらい、ウェーブのかかった青髪が特徴的なイケメンだった。
この世界の中ではかなり髪型に力を入れているようで、頻繁に前髪を人差し指でクネクネ弄っている。
自分で髪を巻いているのだろうか?
「次はコッチっす」
見た目も言葉も軽い感じで案内されたのは、石畳でできた官舎の裏庭と思われるスペース。
そこには荷台に積まれたままの押収物がデデーンと鎮座していたので、さてどうしたものかと考え込んでしまう。
「一応これは僕の物、ということでいいんですよね?」
「そうっすよー貰うも換金するも自由っすね。もし要らない物があれば、タダになっちゃいますけど、衛兵官舎で引き取ることもできるっす」
ふーむ。
こういうワチャーッと色々な物が入ってきて、その中で使えそうな物を分別していくのは、インベントリ整理みたいな感じで凄く好きな作業ではあるんだけど――
如何せん今はその整理を楽しむ余裕が無い。
まだこれからハンターギルドにも行かないといけないので、手早く必要不必要の判別をしていく必要がある。
こんな時こそ【空間魔法】があれば一発解決なんだけどなぁ……
(さて、まずは物を減らすか……)
チラリと横を見れば、何をするでもなく、前髪クネクネ少年はクネクネしながら棒立ちしていた。
「あの、ここの衛兵さん達ってお酒飲みます?」
「へ? そりゃガブガブ飲むっすけど?」
「じゃあここにあるお酒は衛兵さん達に全部あげますので、ちょっと手伝ってくれません?」
「おっひょ~さすがっすね~!」
(よし、この少年手伝わせられるな)
飛び跳ねている様子を見てそう思った。
一人でやるには量が多過ぎるので、今必要なのはマンパワーと情報。
ならば暇そうなこの前髪クネクネ少年に助けてもらうとしよう。
意気揚々といくつもの樽を転がしていく少年に、大量に出てくる食糧の行き先を求めて確認をする。
「そういえば子供達って家に帰れたんですか?」
2便到着の頃には西門付近におらず、結局子供達がどうなったのか俺自身は分かっていない。
近隣の村が出身という子達は、馬車に乗れば今日中に戻れるものなのかと思っていると、どうやらそう簡単にはいかないらしかった。
「いや~家がリプサムじゃない子達もいるみたいなんすよね~だからそういう子達は教会に集まってるみたいっすよ?」
「それは子供一人で村に返せないからという理由で?」
「もちろんそれもあるっすけど、だいぶ精神的にマズそうな子達が混ざってたっすからね~。下手に村へ戻すより、この町で治療しながら様子を見た方が良いって案も出てるみたいっすよ」
「なるほど……」
たしかにリプサムへ来る途中、飛行しながら遠目に見かけた村は、『集落』という表現が適切なくらい小規模で何も無さそうだったからな。
精神ボロボロのままそんなとこに戻されるなら、人も施設もあるような町で回復を図ってからの方が、子供達にとっても良いような気がする。
たぶん指輪嵌めていた子達って、今まともに親を判別できるのかもちょっと怪しい雰囲気だったしね。
となれば丁度良いだろう。
子供とはいえ、人が増えれば消耗する物だって増えるはず。
なら自分が必要無い物は、あちらで有効活用してもらえばいい。
「それじゃここにある食材は、全部教会に寄付しちゃいますか」
「良いんじゃないっすか~? 孤児院もあるから相当喜ばれると思うっすよ!」
酒も一人で飲もうとは思わないし、食べ物も狩場で現地調達か外食の2択だからね。
ついでに敷布や油、やや使い古された調理器具に安物らしい魔道具なんかも、あれば使う用途がありそうだからと、教会行きが決定された馬車1号にどんどこ積み込んでいく。
まるで教会がリサイクルショップ状態だが、いらなければ向こう側で処分するだけだろう。
それに現代と違って、継ぎ接ぎだらけの服が中古で売られるくらいに物は大事に使われているので、たぶん嫌な顔をされることはないはずだ。
「武器だけじゃなく、鎧も衛兵さん達はいらないんですよね?」
「そっすね~武器と同じで国から刻印された専用装備が支給されるっすから、貰えるんなら貰いますけど結局使わずに売るだけっすよ?」
「ん~それじゃこんなもんかなぁ……」
「っすね」
自前の特製籠含め、残った物は馬車2号へ。
形見も含めた装備品がそこそこ多いので、ここからは俺が馬代わりとなって馬車を引く。
「それじゃ、
こ
れ
で
お願いします。後日確認しに行きますんで、確実に教会へ届けてくださいね」
「了解っす! 仕事っすからバッチリやっておくっすよ!」
クネクネ少年に、今回手に入れた革袋の中から金貨3枚を握らせ、俺は衛兵官舎を後にした。
無料でもやってくれそうだったが、物欲に目がくらんで教会行きの物品を自分達で抱えてしまう可能性もなくはない。
だったら仕事として。
見方によっては賄賂みたいなものだけど、別に悪いことしてくれとお願いしているわけじゃないのだから、この程度は何も問題ないはずだ。
「それにしても、盗賊稼業って意外と希少な物を隠し持ってるんだなぁ……」
思いがけない成果物に心ときめくも、これから酷な報告をしなければならないと思えば、すぐに気持ちは消沈し馬車を引く足取りは重くなる。
これは馬車が重いだけ。そう、重いだけなんだ……
内心、そんな誤魔化し方が何も意味はないと分かっていながら、それでもやってしまうのは俺の心が弱いからなのだろう。
俺は次なる目的地ハンターギルドへと、溜め息が止まらぬまま向かっていった。