Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (190)
188話 秘密の何か
宮殿内部。
1階に作られた催事場のような広い空間は、未曾有の事態に見舞われ騒然としていた。
最奥には教会のように6体の神像が並んでおり、その中央にはこの国の王と思われる人物と他数名が、まるで命乞いをするかのように額を地につけ、祈りを捧げている。
その光景を太い柱の陰に潜み、こっそり眺めている者が二人。
「ロキ坊。あんたこれで6人目だよ! ちょっと
大事
にし過ぎじゃないかい!?」
「違う違う! 王都にこんないっぱい教会があるなんて知らなかったんだって! なんとか教皇国って国が遠かったんだからしょうがないでしょ!」
なぜ俺がロキ坊と呼ばれているのかはこの際置いておくとして――
とりあえず俺もばあさんも。
どちらにとっても想定外の事態に見舞われていることは明らかだった。
「た、たたっ、た、大変でございますぅー! 豊穣の女神様から『亜人を差別したらダメだよっ!』ってお叱りを受けましたぁあああああ!!!」
「誰だか分からぬが、お主もかっ!!」
転がるように走り込んできたのは50代後半くらいの初老の男性。
これまで死にそうな顔をして宮殿を訪れた人達と同じ格好をしており――それはベザートのおじいちゃん神官、トレイルさんとも同じだった。
つまり【神託】スキルを所持する王都の神官が、続々と受けた『神の言葉』を引っさげこの宮殿へと訪れていたわけだ。
対応しているのはこの国の宰相らしく、どこからか机を持ち出し、他のお偉いさん達と何やら話し込んでいる。
ちなみに一際派手な衣装を身に纏った王様っぽい人も、途中まではこの机の中心に座り、意気揚々と会議に参加していた。
『差別などは止めて、皆仲良くするのです』
『交易を止め……ては……なりません……』
『様々な人種の交流と交配が未来を豊かにするのですよ~』
この辺りの報告までは王様も
頗
る元気だったのだ。
それはもう、万年の悩みが解けたかのように生き生きとしていた。
ところが、続く
過
激
派
の言葉で心に大きなダメージを負ったらしい。
『仲良くしろ』
この命令口調で一気に顔が青褪め
『差別したら――落とすよ?』
この報告を聞いた途端、正面から殴られたように仰け反りながら床へ倒れていった。
そこからはもう、一国の王とは思えぬ情けない姿を晒しながら、神像に向かってひたすら謝罪。
俺を避雷針代わりにした国のトップには、なんともお似合いの姿である。
しかし、これはどうしたものか……
「ねぇばあさん、王都っていくつ教会あるの?」
「この場所も含めれば全部で10箇所だよ。でも神官までいる教会は6、いやもう1つくらいはあったかね」
「じゃあとりあえずこれである程度は落ち着いたのか……うん、それじゃ、俺の仕事は無事終わったみたいだし帰るね。お疲れ様っしたー!」
目的は達せた。
これでこの国の上層部は180度考え方が変わるだろう。
なんせ差別したら
何
か
を落とすとまで告げられたのだ。
神の裁きにビビりまくっていたこの国のトップなら、これで迷わず差別問題は解消。
東のヴァルツ王国との問題もそのまま解消され、戦争に発展することもなくなる。
「待たらっしゃい!」
「ぐへぇっ!?」
皮と骨だけのくせに、このばあさん力が強いんだが!?
首根っこを掴まれ捕縛されると、そのままクルリと向き直らされる。
「私もいい加減あの場に参加しないといけないからね。今日は無理だけど明日、昼くらいにでも必ず私の部屋においで」
「えぇ……いいけど、偉い人とかいたりしない? 大丈夫?」
「さすがに割り当てられた私室にまで勝手に入ってくるようなことはないよ。ロキ坊、お前さん私に聞きたいことがあったんだろう? カムリアからは
取
引
を提案されているって話だったからね」
「あー……」
そういえばそうだった。
あまりにも他力本願な解決方法だったから、見返りという部分をすっかり忘れていた。
ばあさんの本気で悩む姿を見ていたら、なんだかどうでもよくなってしまったってのもある。
「ロキ坊の
何
か
でこの国の足枷は取り除かれた。それはもう間違い無いだろう。となれば、今度は私が何かをする番ってことだ」
「ん~まぁ、そう、なのかな?」
「明日来る時までに考えときな。この国にとってはこれ以上ないほどの奇跡が起きたんだ。このばあにできることなら大概のことは協力するよ」
「ははは……考えとくよ。それじゃまた明日。ちゃんと秘密にしておいてよ!」
そう言って俺は【忍び足】を使い、気配を消しながら無音でこの場を離脱する。
さすがに誰かと鉢合わせれば気付かれそうだが、これだけ大きな部屋なら問題無いだろう。
いざバレたとしても、今は誰でも出入り自由というくらいにてんやわんやしてるしね。
「さてさて、ばあさんに何を聞くべきか……」
自ら尽力したわけではないからこそ、堂々と対価を要求するのは忍びない。
とりあえずの問題は棚に置き、今回のお礼を伝えるべく急ぎ足で目的の教会へと向かった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
慌ただしい会議の場に参加する。
そういう話だったはずなのに、急に気配が薄れ、音も無く走り去っていくロキ坊の姿を自然と目で追ってしまう。
(私の【気配察知】はまだ効くね……ということは天級スキルの一つは事前情報と違って【隠蔽】じゃない。その代わりが
秘
密
の
何
か
ってわけかい)
ロキ坊がここまでの流れを事前に予想していたとは考えにくい。
私から話の流れを作り、敵になる可能性を回避しながら解決策を求めたのだ。
ここまでの間ずっとロキ坊は私の横にいたわけだし、慌てふためく神官達と口裏を合わせるタイミングなんてまったく無かっただろう。
つまり――ロキ坊には労せず神と繋がれる何かがあるのは間違いない。
(はぁ……意味が分からないよまったく)
考えられるのは神と交信できるという、ファルメラ教皇国にいる<神子>の存在。
ロキ坊はこんな事態になる前、少し考えながら私に「ファルメラはここから近いのか?」と場所を聞いてきた。
当初は神子に伝があり、そこからこの件を相談するのかと思っていたが……
国を3つ4つくらいは越えることを告げれば、結局はロキ坊自身が何かをして、6神全てを動かし、結果この街の神官も動かしてしまった。
ロキ坊がいったい何者なのか。
深く考えようとするも――――、すぐにかぶりを振って思考を放棄する。
取引という話だったはずなのに、結局見返りも無しにこの国の根底を変えてくれたのだ。
私に懐疑的な視線を向けられ、最悪はその情報を広められるリスクを抱えたままで。
だからこそ、あの子を不安にさせちゃいけない。私が誰よりもあの子を裏切っちゃいけない。まだ力に溺れていないまともそうな子なんだ。
それでも『捨石』と伝えた時、予想していた反応以上に己の中で葛藤していたようにも見受けられた。
何か強く紐づく過去でもあるのか、感情が高ぶって素の言動をしていたのが良い証拠だ。
見た目よりも大人びた体裁を取っちゃいるが、それは過去の記憶を引き継ぐ異世界人だから――というよりは何かを守り、素を表に出さないための殻を作っているという印象が強い。
――あの子はたぶん、無理やりにでも、素を出させた方が良い。
長年人を見てきた老いぼれの直感だった。
だからロキ坊と呼び、私に敬語を使うことは禁止させた。
最初は戸惑っていたが、使う度に杖で頭をこづいてやったら意外とすぐに順応したのだ。
極々普通の、素直な子だった。
(エニーと行動を共にさせれば、どちらにとっても良い刺激になりそうなもんなんだけどねぇ……)
そう思うも、ロキ坊と同時に報告を受けていた姉の存在も思い出す。
こうなると、姉弟で動いている中にエニーを混ぜるのは少々難しくなるだろう。
(はぁ……こっちは上手くいかないもんだね)
溜め息一つ。
気持ちを切り替え、結末の分かり切った会議の場へと足を運んだ。