Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (201)
199話 『目標』
腰に下げていた革袋をゴソゴソし、何かをロキッシュに食べさせているハンスさん。
その姿を眺めながら、俺は回復してきた魔力で腹の治療を繰り返していた。
擦り傷程度ならすぐに治るが、”穴が開く”とそう簡単にはいかないらしい。
徐々に徐々に塞がっていくような感覚を覚えながら、それでもフィーリルに内緒にしておかなくてはという、悪さを隠す子供のような動機で必死に自己治癒を施し続ける。
「ずいぶんと派手にやってくれたなぁ……ホレ、お前の武器だろ?」
ヒョイと投げられ、ブスリと目の前に刺さる我が愛剣。
おぉ~良かった、帰ってきてくれたよ~!
あのままロキッシュに逃げられたらどうしようと、かなり焦っていただけに、安堵で肺から大量の空気が漏れる。
「すみません。その、ロキッシュ? がかなり強くて……全力でやってしまいました」
「まぁそれはお互い様だからな。コイツにもいざとなれば殺せって命じているんだからしょうがねぇよ。それよりロキは傷、大丈夫なのか?」
「えぇ、自前の【回復魔法】でなんとかなりそうです」
「その歳で器用なもんだなぁ……よーしロキッシュ、ちょっと待ってろよ」
相変わらずロキッシュの右腕はボロボロだ。
それでも応急処置が終わったのか、ハンスさんが先ほどの胡坐に頬杖体勢に戻って口を開く。
「一応確認しとくが、ロキがこの場所に来た目的は?」
「えーとレベル上げ……じゃなかった世界への貢献稼ぎですね」
「あ~俺にはレベル上げとか経験値稼ぎで良いぜ? その方が分かりやすいだろ。しっかし、こんなとこで『経験値』は稼げるのか?」
内心ドキリとする質問。
ロキッシュとやり合えるほどの強さとなれば、この辺りの魔物じゃ弱いだろうと。
つまり大した経験値なんて得られないだろうという発想に結び付くのは、多少ゲームに慣れた人間なら自然に思うこと。
でも大丈夫だ。
ハンスさんは疑いじゃなく、ただの疑問をそのまま口にしているように感じる。
ならば問題無い。
「ロキッシュがいた奥の辺りなら、昔は強い魔物がいたって聞いてたんですよね。上位のオークとか、オーガとか」
「あぁ~そいつらはロキッシュの大好物だからな。こいつガンガン食ってるからあまりいなかっただろ?」
「探しても中々見当たらなくてビックリしましたよ。で、様子見ながら狩りをしてたら――」
「こいつが現れたってわけか」
「そうです。先に手を出したのは僕なんですみません」
「かははっ! この辺りで狩るようなハンターなら、こいつを見かけりゃすぐに逃げ出すはずだったんだがな。気合の入った異世界人ならしょうがねぇか」
嘘は極力つきたくない。
でも今はどうしても言えない事実だってある。
だからこそ、言葉選びがかなり慎重になっていると自覚する。
「ちなみに、なぜロキッシュがこんなところに? おっしゃる通り、ここはFランクからCランクまでの複合狩場ですし」
「あぁ、ロキッシュは樹海深部の番犬みたいなもんよ。俺がここに連れてきた」
「へ?」
「この地はかつて、えらい栄えた古代文明の跡地――それは知ってっか?」
「えぇ、魔道王国プリムスでしたっけ」
「それだそれ。言い伝えじゃ相当大規模な裁きだったらしいからな。たいして残ってねぇとは思うが、それでもいくらかは当時の品が出土し、今も掘り起こしているやつらがいる」
「たしかに、いますね」
「だからその抑止だ。特に出土しやすいのは深層だっつー話だから、うちの番犬置いて威嚇してんだよ。餌にも困らねぇエリアだしな」
「な、なるほど……ってことは、20年くらい前のスタンピードもロキッシュの仕業で?」
「あーありゃまた違う。その犯人は上だ」
「?」
そう言って親指をクイクイと山の方に向けるが、さっぱり意味が分からない。
火山でも噴火したのか?
「あの山頂付近にもう1匹俺のペットがいるんだよ。そっちは山の反対側も含めた、このエリア全体を見てるけどな」
「も、もしかして、ロキッシュ君よりも全然強かったり?」
「上にいんのは古代種の竜だからなぁ。そりゃ断然強ぇよ」
ぷっほー……
なんかファンタジーの匂いが強すぎて、興奮と絶望とで頭の中が訳の分からないことになる。
ロキッシュでギリギリなのに、それより断然強い竜もペットにしていて、おまけに当人も俺より遥かに強い。
いやいや、いやいやいや。
じゃあ俺はどうやってこの世界で最強目指せばいいの?
いきなりここまで凄まじい『目標』が現れても、こんなのどうすればいいのか……
白目を剥きかけ、う~う~唸るも、しかし、冷静に考えればこの人も大概なことをしているような気がしてならない。
個人の意思でスタンピードを起こすとか、それは通常の神経でできるようなことじゃないと思うんだが。
「スタンピード引き起こしたら、当時結構な人が死んじゃったんじゃ……?」
当たり前のように想像してしまう結果だ。
マルタ同様石壁で町が覆われているとはいえ、それでも人間側が無傷なんてことはさすがに無いだろう。
「そりゃ、それなりに死んだだろ」
にもかかわらず、想像以上にあっけらかんとした、当たり前のように事実として受け止めているその言葉に思わず目を見開く。
「あ~もしかして、あれか? まだ地球の頃の価値観がかなり残ってんのか? まぁ、まだ子供の姿だしな」
「え……いや、多少は改善されたような、気がしますけど」
「別に平和な地球の考え方を否定はしねぇよ。本来はそうあるべきだ。だがな、ここで生き抜いていきたいなら止めておけ。それこそ――タクヤみたいなよほどの強者でもない限り、まず食い物にされて死ぬぞ?」
その顔は、声は、冗談半分に笑い飛ばすような、そんな今までの雰囲気とは対照的で。
この世界で数十年と生き、今の立ち位置にいるからこそ言えるような、そんな重みのある言葉に聞こえた。
食い物――子供達を奴隷にしていたあの男達を思い出す。
「その価値観が邪魔をして、危うく周りを死なせてしまう事態に陥ったことはありました」
「周りを助けたいならなおさらだ。……可能性は相当低い。それでもかつて存在したとされる魔道具が掘り起こされれば、過去に起きたとされる人間と亜人の戦争に再度繋がる可能性が出てくる。だったら多少の犠牲を払ってでも、俺は居場所を失い俺の下に集まってきたやつら、そしてそいつらの同胞を全力で守る」
「……」
「それにラグリースは極度の人間至上主義な国だろ? その時点で俺は気に食わねーしな!」
そういえば、ヤーゴフさんは言っていた。
エリオン共和国は元々獣人の国で、獣人奴隷を抱えていると突然襲われるなんて噂があると。
要は人間嫌い――とは違うかもしれないが、人間よりは獣人が元から好きな人なんだろう。
酪農業だったって話だし、そこら辺も関係しているのかもしれないな。
ロキッシュがここに居た理由。なぜ深層の魔物がほとんどおらず、スタンピードが発生したのか。
その辺りの経緯は把握することができた。
あとはロキッシュがどんな魔物で元々どこに生息しているのかを知れれば、取りそびれた【重力魔法】の早期取得に繋がるかもしれないが――
今知ったところで、このクラスの魔物を安定して狩れるほどの実力はない。
何回かやっていれば、俺が死ぬ場面だってきっと出てくるだろう。
となると、今一番気になるのはやはりこれか。
ゴクリと、
緊張で喉を鳴らしながら、この場の雰囲気を壊すようにガハハッと笑うハンスさんへ聞きたかった事実を確認していく。
「あの」
「ん?」
「ハンスさんはもしかして、【空間魔法】って持ってます?」