Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (202)
200話 獣人の国
ピーヨン、ピピーヨン、ピヨヨ――……
目の前で、不思議な音を奏でる笛を吹いたイタチがいる。
その横では、じゃれるように身体をぶつけながら踊る、猫が三人。
その姿を見て、喜ぶ熊と、たぶん鹿と、あともう一人は――なんだ? サイじゃないし……バク?
元となる動物の判別は少し怪しいが、男だなと分かる人達が地べたに座り、踊る姿を鑑賞しながら揃って肩を揺らしていた。
個体差はあるも、顔は動物に近く、体は二足歩行の人間に近い、そんな不思議な人達がいっぱいいる。
「ラグリースから出たことないんじゃ、獣人見るのなんて初めてだろ?」
そうニヤニヤしながら問われ、俺は悔しくも黙って頷くしかなかった。
感動の波状攻撃に、どうやら俺の言語能力はぶっ壊れてしまったらしい。
この国に来て10分ほどで50回くらい「すごっ」と呟いたはずだが、逆にそれ以外の言葉はまったく出てこなかった。
場所はエリオン共和国のどこか。
『地図』を開いてもレベル2のため、拡大縮小ができずラグリースとの位置関係は分からない。
ポツンと新しくマッピングが開始され、【地図作成】を取得した時同様、周りは真っ黒に塗り潰されている。
まぁたぶんハンスさんの活動拠点なんだから、ここが首都なんだろうな。
そこに俺は連れてきてもらっていた。
もちろん移動手段は【空間魔法】による転移だ。
ハンスさんは、どの道ロキッシュの治療で一度連れ帰らないといけないから、どうせなら遊びにくるか? と尋ねてきた。
間髪容れずに、「見たこともないやつらが、いっぱいいるぞ」と。
ゴクリと、生唾を飲んだのははっきりと覚えている。
そんなことを聞かされたら、否定できるわけがない。
本当は傷を負わせた張本人である俺が治せれば一番だが、魔力も無ければ、あんな豪快に裂けた傷を治す
腕
も無いしな。
よくよく考えれば不用意だったと思うが、その時は様々に絡み合う『欲』にただただ勝てなかった。
その結果が今いるココだ。
1段1段が低く、そして広い階段を上り、視界の先に見えるデカい木造の屋敷――なんて言える規模じゃないか。
ラグリースの王都ファルメンタにあったベリヤ宮殿のような、でも派手さよりは落ち着きを優先したような門構えの広い建物に向かっている。
たぶん気を使ってくれたんだろう。
パッと見で人間っぽい人がいないから亜人としておくが、その亜人達が活動している広場のような一角にまずは飛んでくれた。
後ろに立つ巨大なロキッシュの存在に、一瞬その場に居合わせた亜人達は目を丸くするも、その視線はすぐハンスさんに向いて笑顔を誘い、その横で小さく佇む俺に集中したのちサッと目を逸らす。
その場から歩き始めてもこんな流れが続いていた。
「子供の姿なら大丈夫だと思ったんだが……悪ぃな。あいつらも色々あって今がある。そう簡単には過去の傷が消えてくれねぇ」
「……分かりますよ。凄く」
含みをもたせ、それでも怯えが優先してしまう――あれは被害者の目だ。
だから、あの視線なら何も問題は無い。
ラグリースとは正反対に、人間がまったく見当たらない理由もこのあたりにあるんだろうとすぐに予想がつく。
宮殿までの道中、周囲の様子を眺めながら、それこそ国のトップとしてではなく、異世界人という一個人としてお互いに込み入った話をした。
ハンスさんが地球で亡くなったのは40歳の時で、そこから転生し、今43歳とのこと。
つまりトータル年齢83歳の、実は結構なおじいちゃんであることが判明した時はさすがに驚いてしまった。
その年齢もそうだが、それにしちゃ言動が若いというか、軽いなと。
そう突っ込めば、精神は身体に寄るもんだぜ? と笑って返されてしまい、思い当たる節もあったのでそんなもんかと、すんなり納得してしまった。
この世界にきて感情が溢れやすくなっていたのは、『若返り』のスキルが何か作用しているのかと思ってたんだけどなぁ。
ハンスさんが知る限り、他の異世界人も同じように自覚のあるなしは別として”ズレ”を経験しているらしく、元々の年齢を超えてくるまではそのズレを意識的に修正するのも大変なんだそうな。
そして会話から多少の引っかかりを覚えていた部分についても解決。
ここに来る前、会話の中でハンスさんは『レベル』や『経験値』というゲーム的な概念を知っていた。
そこに少し違和感を覚えていたんだ。
43年以上前に、そんなRPG要素のあるゲームなんてあったのか? って。
だから疑うわけじゃなかったが、西暦何年に地球で亡くなったのかを聞いてみれば、ハンスさんはなんてこともなく2017年だと言う。
偽るにしては、あまりにもヘタ過ぎる設定。
思わず足を止め、並んで歩くハンスさんの横顔を眺めるも――
どう見ても嘘を吐いている様子はなく、自然と、あるべき答えを口にしただけとしか思えない。
立ち尽くし、困惑する俺の姿を見て察したのだろう。
ハンスさんも足を止め、1段高い位置から俺の方へと向き直る。
「時間、だろ? 人によってここもズレがある。時間軸が違うんだよ」
知ったから、何かプラスになる話じゃないとは思う。
それでも、背中にピリリと電気が走るくらいには衝撃的な内容だった。
「ということは、ハンスさんよりも早く亡くなり、でもこの世界でもっと若い異世界人もいるってこと……?」
「そういうこった。非常識極まりない世界なんだよここは。ちなみにロキは……いつだ?」
言わんとしていることは分かる。
い
つ
死
ん
だ
の
か
。
でも俺にはその答えがない。あってもつい先日、女神様相手に死んだっぽいですって答えじゃ、まったく話が噛み合わないだろう。
だから――
「2008年です」
苦しくも、こう答えた。
単純に飛ばされた歳から、若返った今の年齢を差し引いた西暦。
これに、
「なら、まだマシな方か……」
俺に聞かせようとはしていない、ボソリと吐き出した言葉。
しかし、妙にその言葉は強い印象を残し、俺達はお互いが考え込むように足を進める。
そして、気づけば終点となる高台へ。
(へぇ~爬虫類もいるんだな)
ハンスさんが蛇のような亜人と言葉を交わし、ロキッシュはその人に預けられて別の建物へ。
俺たち二人は、中のだだっ広い空間を進んでいく。
「おぅ戻ったぜ~」
その気安い言葉に対し、この場に居合わせた10名ほどの亜人は仰々しく頭を下げた。
当然、怯む俺。
全然先ほどの広場のような感じじゃない。
今までは飲み屋でよく会う常連の親父くらいな気安さだったのが、ここにきて初めて、強いだけじゃなく偉い人なんだと実感が湧くも――もう遅かった。
(山羊、豹、トカゲ、犬――いや、狼か、それに狐、あとは、何の種類だか分からないな……)
見た目で判別できる者、できない者と色々だ。
中には獣人? と疑問に感じるくらい、人間に近い雰囲気を漂わせている人も何人かいる。
【洞察】を使わなくても、なんとなくの立ち居振る舞いと視線で、あぁ
た
ぶ
ん
無
理
か
も
と感じる人達が何人か。
それに中央で尻尾を巻き、寝ころびながらこちらをジッと見つめる銀毛のデカい獣も、雰囲気からして相当ヤバそうな匂いがプンプンしてくる。
使ってみたいけど【洞察】は使えない。
これだけの数に使えば、正気でいられなくなるだろうことは予想がついた。
「原因は連れてきたこの子供だったぜ。だが実年齢はまったく違う異世界人だ。何かあれば俺が責任持つから、とりあえずは安心してくれ」
そう紹介されたので頭をペコリと下げるも――空気は、あまり変わらないな。
警戒されているだけで、敵視されているわけじゃないから別にいいけど。
「それと今から
癒
し
場
を使うから――サガンはゆっくりでいい、あの二人を連れてきてくれ。メイビラは一応同席だ」
「御意」
「ご随意に」
「……」
ここまでの上下関係を知らない俺にとっては、なんだか凄い世界だなと。
やり取りを緊張しながら眺めていれば、俺にもお声がかかり肩が跳ねる。
「ロキ、行くぞ。今からおまえの
動
物
愛
を俺が直々に確かめてやる」
「………は?」
なんとも不思議で、しかし、最高の空間だ。
10畳ほどの、この建物で言えば小部屋と言ってもいい空間。
そこには温かみのある色合いをした木製のテーブルとイスがあり、俺らはそれぞれ白い生物を膝に抱えて向かい合っていた。
同席を命じられたメイビラさんは、ハンスさんの後方に控えているが一切しゃべらない。
陶器のような白い髪に白い肌。さらに白いベールのような、不思議な帽子を被り、なぜか目元を黒い布で覆っている。
あの場にいた国の重鎮と思われる人達の中でも、特に異質な雰囲気を漂わせていた人。
たぶん目的は、俺の情報収集――スキル情報でも得ようとしているのだろう。
目元を隠しているからこそ、何かありそうだと疑ってしまう。
いや、しかし――
モフモフ。
今はそんなのがどうでもよくなるほどに、この膝に乗せた30㎝ほどの謎の生物が気持ち良い。
まず毛並みが異常なのだ。
細やかでフワフワでツルツル。
正直手で触っているだけでは飽き足らず、この生物に顔を埋めるか、敷き詰めるか、逆に掛布団にしてこのまま寝たいくらいだった。
「あぁー……すげぇだろ……? ロキが抱えてる子は『たんぽぽちゃん』っていうんだ……」
「すげぇっす……たんぽぽちゃん、たまんねーっす……」
いったいこの部屋に、俺達は何をしにきたのだろうか。
揃って整体マッサージ屋さんに来たものの、別々にサービスを受けている上司と部下。
手が忙しいので全然気まずくはないんだけど、過去にあった体験が思い返されるくらいには意味の分からない状況だ。
でも、さすがにそろそろ、ずっと我慢してきたんだし……俺の求める本題に触れてもいいよね?
そう思い、恍惚の表情を浮かべているハンスさんにちょっとした覚悟を持って話し
かける。
「ハンスさん」
「あーなんだ~?」
「【空間魔法】の取得方法って分かります?」
脳みそまで緩みきっていたのか、ストレート過ぎる酷い聞き方だなと、我ながらに思う。
「俺は最初に貰っちまったクチだからなぁ~」
「ですよね~知ってました」
「メイビラは知ってっか~?」
「…………いえ、すべては」
「だよなぁ。金板書にも載ってんのは見たことねーしなぁ」
「やっぱり難しいですよ……………ぅえ?」
ガタッ!!
思わず腰が浮き、椅子を鳴らす。
今、なんて言った?
す
べ
て
は
。
そう、言わなかったか?
つまりは――
「た、多少は知っていると……そういうことですか?」
メイビラさんにそう問うと、スッと上を向き、1秒、2秒、3秒……そのくらいの間を置いてから答える。
「…………はい、多少は」
急激に喉が渇き始め、先ほど出された香りの強い飲み物を流し込む。
初めてだ。ここに来て初めて、ヒントに成り得るかもしれない情報の持ち主に出会うことができた。
だからこそ、欲しい――その情報が欲しい。喉から手が出るほどに欲しいッ!
縋るようにメイビラさんを見つめれば、こちらの動きが見えているのか、スッとハンスさんの方へと視線を向ける。
釣られて俺も視線を向ければ、そのハンスさんからは既に緩み切った表情が消えており、手は動かしながらも目を細めて俺を眺めていた。
「【空間魔法】ねぇ……ありゃ確かに便利だからな。便利過ぎるくらいだ」
「はい。だから常々欲しいと、そう思って情報を収集していました」
「この世界で生まれ変わる時は欲しいと思わなかったのか?」
「そ、その時はまだちゃんと理解できていなくて……」
「そうか。まぁあのくらいのタイミングじゃしょうがねぇか……仮に得たとして、その【空間魔法】でロキはどうしたい?」
やや硬い声色でハンスさんは問うも、俺には正直に今の気持ちをぶつけるしかなかった。
「えーと、自分の成長に繋げたい、が一番ですかね。効率的に狩場を回りたいっていう願望と、あとは換金素材をしっかり確保したいっていうのもあります。一人なので」
「……よしっ、いいぜ? 俺もメイビラがどんな答えを持ち合わせてんのかは知らねーが同郷の好みだ。得たところでどこぞのクソババアみたいな使い方するわけでもなさそうだしな」
「ほ、ほんとですか!?」
「ただし、答える代わりに一つだけこっちの質問にも答えてくれ」
「それはもう、なんでも……ッ!」
気持ちが先行していた。
どんな情報が得られるのか、そこから俺はスキル取得まで至れるのか、至れたらどんなことができるのか。
営業マンらしくなかったなと、思う。
「なぜ、ロキの魔力は
黒
い
んだ?」
だからか。
見られている可能性を失念していた。
いや――これは違うな。
ハンスさんの気配が突如として背後に表れた時、既に【時魔法】の発動は完了していた。
それでも一抹の不安はあったが、指摘されなかったことで俺は安心してしまったんだ。
でも、よくよく考えれば――
あの時、ロキッシュと何かしらの意思疎通を図った直後、ハンスさんは俺に確認していた。
「おまえさんは、
何
者
だ
? と」
俺が飛ぶことをロキッシュが伝えていたんであれば、魔力が黒いことも伝えていたってなんら不思議じゃないだろう。
今更になって、そちらの意味も含まれていたことを理解するも、それこそ本当に今更だ。
俺は相手の本拠地にまで来てしまっている。
窓はなく、出入りはドアが一つあるのみの空間。
目の前には俺よりも確実に強者だと分かっている男。その後ろにはよく分からない謎の女性までいる。
逃げられない。どう答えればこの状況を穏便に抜け出せるのか、全力で考えを巡らし答えるしかない。
そう思っていたが――
「おいおい、そんな思い詰めた顔してんじゃねーよ。何も取って食おうって話じゃねーんだ」
「でも……」
「俺はこんな立場になっちまったからか、大なり小なりこの世界で生まれ変わった異世界人を見てきた」
「……」
「だからな、あの
駄
女
神
なら有り得るとは思ってたんだよ。ただの人間
以
外
に転生させるってパターンをな」
「だ、駄女神……?」
その言葉に反応するも、ハンスさんは重要なのはそこじゃないとばかりに話を進める。
「タクヤの王子になりたいなんて、クソみたいな我儘も言えば通っちまうくらいなんだ。中には生まれ変われるなら人間以外になりたいってやつがいてもおかしくねぇ。おまえはそう願ったんじゃないのか?」
「え、あ…っと……」
「生きづれぇ道をわざわざ選んだってのはある意味自業自得だけどなぁ。それを差し引いたって、あの駄女神の気の利かなさは許せるもんじゃ――」
――コンコンコン。
困惑している中、ノックされるドア。
「ボス、連れてきた」
「おう、入ってくれ」
そしてドアが開くと、そこにはこの国で初めてかもしれない。
どう見ても人間としか思えない男と女が佇んでいた。