Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (273)
269話 昇格の話、だったはずだが?
《クオイツ竜葬山地》10日目。
4日目の夜にとうとうロズベリアの解体場が『パス』を発動し、ロズベリア特区の素材買取屋に持っていけば、ここは現金やり取りのためか僅か1日で『パス』。
しょうがないので数日は王都ファルメンタに持っていたものの、結局オルグさんですら『パス』を発動したため、再度ロズベリアに舞い戻ってきたのが今現在の状況である。
「いや~だいぶ片付いてきたのに残念でしたね」
「何を他人事のように言ってるんですか!? もう無理ですよ! 本当に無理ですからね!? このままじゃ過労で死んじゃいますから!!」
「それって、フリですか?」
「ちがーう!!」
芸人のコントかと思ったらどうやらマジらしい。
それでも鮮度を気にしているのか、皆が死にそうな顔をしつつも手は止めないのだから凄いもんである。
それにここまでの量を持ってきても『作業が追い付かない』というだけで、『もう素材はいらない』と価格を下げたりしてこないので、よほど竜種の素材というのは需要が高いらしい。
町が巨大だから肉も供給過多にはならないっぽいし、今後もお金に困ったらここで狩るのが良いのかもしれないな。
「そうだロキ少年。受付の人達が見かけたら呼んでくれって言ってましたよ?」
「あ、ということは昇格かな?」
「おぉ、もしやSランク水準に到達したとか?」
「いえ、まだBランクなので、あるとしたらAランク昇格に関してですね」
「……は???」
そういえば初日以降は受付ロビーにすら行っていなかった。
依頼ボードの内容が大したモノじゃなかったし、『昇格忘れる事件』はベザートから続く恒例行事みたいなものである。
お兄さんにお礼を言ったら早速受付へ。
そのまま初日にアレコレ聞いたおばちゃんに声を掛ければ、予想通りギルドマスターの部屋に連れていかれ、ツルッパゲの太ったおじさんが手揉みしながら出迎えてくれる。
うーん、全然ハンターっぽくはないなぁ。
ヤーゴフさんみたいなタイプの人だろうか?
しかし部屋の中は金を掛けている雰囲気が漂い、まったく系統が違うようにも見える。
「いやいやいやいや、ロキさんやっと来てくれましたね。私、ロズベリアのギルドマスターを務めておりますオムリです」
「すみません、気付きませんでして。ロキです、宜しくお願いします」
「ささ、どうぞこちらに。どうぞどうぞ」
「は、はぁ」
ソファに座らされるも、なぜかハンターというより客として扱われているような、そんな雰囲気だな……
何気にオムリさんの目を見れば――
うーん、愛想よく笑っちゃいるが、日本にいた頃、商談でよく見ていたお客さんの目と一緒だ。
油断したら、ちょっとマズい気がする。
「噂は聞いておりますよ。ここ数日、解体場が悲鳴を上げるほどの素材を卸しているとか。しかもそれが全て《クオイツ竜葬山地》の魔物ということですから、実に素晴らしい」
「いえいえ、こちらこそ買い取ってもらって感謝しています」
「しかもこの謙虚さだ。君、分かるかね? これが理想のハンターというものだよ」
「そ、そそそうですね! 他の人達も見習ってほしいです!」
「……」
「あー……君はもう仕事に戻りたまえ。それでですね、ロキさん。今回お呼び立てしたのはAランク昇格の件ももちろんありますが、別件でお話ししたいことがありまして」
茶番劇を見せられながら、やっと本題に入ったかと嘆息を漏らす。
【空間魔法】を人前で使うようになってから、いつかそのうちこの手の話が来るだろうと覚悟はしていたのだ。
問題はギルドマスターという立場から、どこまで俺に求めてくるつもりなのか――
「その特異な能力を活かし、まずは大陸中央での物流を一手に担われては如何でしょう?」
「へぇ」
指を1本立てながら、これが最善とばかりに言い放つオムリさん。
想定していた中でも一番大きい提案をしてきたその無遠慮さに、俺は思わず声に出して驚いてしまった。
『特異な能力』と濁しちゃいるが、解体場でのやり取りを聞いて間違いなく持っていると確信しているのだろう。
その上で俺の口から【空間魔法】という言葉を引っ張り出そうとしているのか……
今オムリさんが求めていることは、転生者マリーがやっている大陸横断の物資運搬を、この大陸中央部でやってほしいということ。
ここまでの規模になれば、そのうちどこかの商業ギルドや貴族が母体の大店、もしくは国そのものが動くと思っていたのに、それがまさかまさかのハンターギルドとか。
果たしてギルドの根底思想にある民のためなのか、それとも自らの欲求を満たす金のためなのか。
まぁ、俺の答えは決まっているのだから、どちらでもいいか。
「その予定はありませんよ」
「……理由をお聞きしても?」
「一番はその運搬作業で、僕が強くなれないからです」
理由なんていくつもあるし、やってほしいという気持ちも痛いほど分かる。
なんせマリーの物資運搬を利用するなら属国になることが条件なのだ。
どこかが落ちればその影響は周辺国にも波及するだろうが、誰だって自分達が生贄になるのだけは回避したい。
周りの様子を窺いながらも、先細りしていく未来しか描けていない大陸中央の国々なら、猶更に依頼という金だけで動いてくれるハンターの俺は重宝することだろう。
でもね、残念だけど目的が違うんだ。
たぶんオムリさんはそこを勘違いしている。
「強く、ですか……Aランクの魔物をあれほど倒されているのです。もう十分過ぎるほどお強いのでは?」
「僕個人の感覚で言えば、今やっと新米をちょっと抜け出し始めた『E』ランクハンターってところですよ。まだまだ望む強さの1割にも達していないでしょうし」
「は?」
「それに普通の人達は、大きな報酬を得るために修行して努力して、強くなるんじゃないですか?」
「それ以外に、何が?」
「僕は逆なんです。強くなるためにお金が必要なわけで、だから強さに結びつかない作業は極力遠慮したいんですよ」
「……」
ゲーム脳だという自覚はある。
でもそれは抗えない事実であって、装備や素材に掛かるお金も、知識を得るための本も、全ては強くなるという目的のために必要と判断しているモノ。
魔物や悪党を狩るという、強くなるための工程の中でお金を得られるから意味があるのであって、”
お
金
だ
け
“が目的となる空間転移の運搬は俺の目的から大きくズレてしまう。
多少という話ならまだ分かるけど、
ま
ず
は
大陸中央の物流をって……
オムリさんは随分と俺を利用した壮大な計画を立てているようだしね。
しかし、それでもまだこの人は諦めていないらしい。
「ロキさんにしかできないことであり、それで救われる人達も大勢いるはずです。それに強さには結びつかないかもしれませんが、想像を絶するほどの莫大な富を得られる可能性もあるのですよ?」
「その結果、オムリさんと、このギルドにも大きな利益が舞い込むわけですね?」
「それは否定しません」
そう言いながら脇の小袋から取り出したのは、ゼオのストック用と同じ小瓶で、俺もよく見慣れたモノだった。
中には赤黒く変色した――いいや、これはたぶん元からこの色である魔物の血が入っている。
「クオイツに生息する竜種――その中でも特に効能が高いクエレブレの鮮血です。ドラゴン種の血は生命の源とも言われていましてね。各種上級ポーションの材料になったり、多くの病魔を治す薬の原料になったりもします」
「……」
「ただし難点は鮮度でして。このように瓶や壺に密閉したところで、時間経過と共に効力は落ちてしまいます」
「だから、僕に運んでほしいと?」
「何もすべての運搬をお願いしようとは思っていません。荷運びや護送依頼に従事する者達も多くおりますから。だからせめて、民の生活に直結するようなモノだけでも、と思いましてね」
「……先ほどは運搬を一手にと仰っていたはずですが?」
「そうしていただけるなら理想ですが、望める現実は別でしょう?」
はぁ。
ここまでの話を聞いて、俺は心の中で舌打ちしていた。
俺が損をしたわけじゃないし、むしろ得をする流れではあるんだけど、それでも軽くハメられたなと。
やっぱりギルマスになるくらいの人だから油断できるもんじゃない。
ヤーゴフさんと同じようなタイプで、上手くオムリさんが最低限望むラインまで落とされた、そんな感覚だ。
誰かの生き死にに係るような話を後から持ち出しやがって……ドラゴン種の血は生命の源だと?
ファンタジーな世界を知っていたら「なんかそれっぽ~い!」って思わず頷きそうになるじゃないか!
実際カルラもゼオも、うめぇうめぇ言いながら飲みまくってたし。
その後は俺の提案も交えながら、【空間転移】による運搬計画が決められていった。
と言ってもそう複雑なものではない。
まずは俺が行ける範囲の町を事前に伝え、《クオイツ竜葬山地》で狩る時には、狩り始める前にギルド側へ声を掛ける。
こうすることで、俺が狩っている最中に運んでほしいモノをギルドが一気に纏めるらしく、それらは解体を行う倉庫の他、解体した後のモノを一時保管するいくつかの倉庫に置かれるらしい。
それらをゴッソリ収納し、飛べる範囲の町にあるハンターギルドへ品物を届け、届け先のギルド側から受領サインを貰っていけば、オムリさんからの『指名依頼完了』ということでお金がギルドに預けられるという流れになった。
ちなみにちょっと特殊ではあるが、預けを王都ファルメンタに移しても、別枠としてロズベリアでも預け機能を作ってくれるらしい。
ギルマスの裁量で強引にやるということなので、これで指名依頼の報酬もそうだが、クオイツではいつでも素材報酬を預けられるということになる。
名前と顔を覚えられるっていうのは、こういう時にメリットがあって良いね。
そして一番大事なことでもあるが、定期的な『仕事』は絶対にしない。
この点はしっかり承諾してもらった。
何日後に必ず来いとか、毎週これを運んでほしいとか、そういうのは予定が狂うから煩わしい。
あくまで俺がクオイツ竜葬山地に寄った時は、ついでで許容範囲内なら限界ギリギリまで
な
ん
で
も
運びますよという体にしたので、これなら俺が損になることもなくなるだろう。
これから他の国のギルマスとも連絡を取っていくみたいだが……
問題は他のところからも運んでくれって言われないかどうかだな。
オルグさんとかオランドさん辺りは当たり前のようにお願いしてきそうなので、そこをどうかわすかが腕の見せどころってもんである。
まぁ、ちっとも躱せないような気もするが。
「それで、本題の昇格試験みたいなものは?」
「ロキさんが現れた初日から、空に浮いたまま竜を斬りまくり、なぜかその死骸を次から次へと消していくおかしな存在がいると、多くのハンター達から怪奇情報が寄せられていました」
「は、はぁ」
「そして連日続いた理解不能な素材量です。模擬戦なんて、する必要あると思います?」
「……」
どうやら俺は、もう『Aランクハンター』になれたらしい。