Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (315)
310話 裏取引
男はそれこそ、縋りつく勢いで懇願した。
言う通りにするから、助けてくれと。
ならば確約はできないが、確認だけはしてみようと目の前のゴブリンウォーリアを蹴り飛ばす。
頭が吹き飛んでいく様を見て、さらに現実を理解したのだろう。
魔物の難は去ったというというのに、目の前の男は小刻みに震えていた。
「さて、まずあなたのお名前は?」
「ビ、ビクターだ」
「ビクターさんですね。今見てもお分かりの通り、その気になればあなたをすぐにでも殺せます」
「……」
「なのでここから生きて帰れるかはあなた次第。生かすためにいろいろとお尋ねしますので、くれぐれも嘘は吐かず、できる限り詳細に答えてください」
「分かった……」
「それではまず最優先してあなたに確認しておきたいことがありまして――あなたはマリーと『奴隷契約』を交わしてます?」
「あぁ、交わしている」
「それはマリー本人と?」
「そうだ。本人と、だ」
「『任意』と『強制』はどちらで?」
「『任意』だ。到底不可能な内容だが、一応解除条件は設定されている」
「なるほど……」
なぜ、こんなことを?
男はそんな表情をしながら俺を見上げているが、生かして利用価値が生まれるのかどうか。
何よりも重要なのはこの点だった。
そして案の定とも言えるこの結果。
奴隷契約が結ばれているとなれば、かなりハードルは高い。
契約が上書きできるのかは分からないが、仮にできたとしても本来の契約が消えた時点でコストはマリーに戻るのだから、解除されたこともバレてしまう。
となれば、奴隷契約が交わされた状態でいくしかないが――それでもまだ、可能性はあるか。
というよりこの男をどうにか利用しないと、今後は俺がまともにオークションを活用できなくなってしまう。
「ちなみに、奴隷契約の内容は?」
「『オークション資金を他に流用することはできない』、『オークション落札物は全て引き渡す』、この2つだ」
「ん? それだけですか?」
「そうだが?」
「へ~その間、ちょろまかしたりしなかったと」
「金と物をどちらも縛られているのだからやりようがない。それにオークションが開催されるたびに1000万ビーケの報酬を頂いているのだ。そんなことを考える必要すらなかった」
「なるほど。それはまた、随分と高額ですね」
「だから何度も言ったのだ。私はただの奴隷ではなく、”
マ
リ
ー
様
の
使
い
“なのだと」
少し調子を取り戻したビクターは、その後も月に1度転移してくるマリーとの詳しいやり取り。
そして自身の仕事内容を教えてくれた。
オークション開催の翌日、あの建物内の上階に現れるマリーから次回分の軍資金を受け取り、その時に落札した品物を直接マリーへ渡す。
その際に仕入れた品と個別の落札額、そしてオークション預けの残金まで記された帳簿も渡すようで、マリーは受け取ったらすぐにどこかへ転移していなくなるらしい。
(これは、キツいな……)
ここまでの内容をビクターから聞いて、俺は深い溜め息を漏らす。
マリーにとって都合の良い環境がしっかり構築されていて、今から割り込む余地があまりにも薄い。
ビクターを生かせば『技能の種』が今回全て押さえられたことは報告するだろう。
仮に口止めをしたとしても、1つも無ければマリーは疑問に感じるだろうし、帳簿があれば競り負けたと判明する可能性はさらに上がる。
そうなれば、次回はもう金額勝負。
潤沢過ぎるほどの資金があるマリーからすれば、予算上限なんて設けずに――
「ん? 毎回軍資金を受け取ってるんです?」
ここでふと、素朴な疑問が生まれた。
なぜ、唸るほど金のあるマリーに対して、今回は俺が競り勝てたのだ?
オークションなのだから、次回ではなく今日だって金額勝負だったはずなのだ。
にもかかわらず、ビクターは『技能の種』が1.5億を超えるとそれ以降の入札は控えていた。
だから俺が勝てたわけだが、そもそもなぜ控える必要があるのか。
「毎回だ。レア物の相場上昇に合わせて少しずつ増えてきているが、今はおおよそ白王金貨400~500枚を受け取っている」
「それっていくらです?」
「40~50億だな。残高との合算がおおよそ50億になるよう渡される」
「十分高額ですけど、でもなぜ? マリーならもっと一気にお金を預けることもできるでしょう?」
「これでも十分異常だ。あくまで代理である私に預けるのだぞ? その私に何かあれば、金はもう引き出せなくなる」
「あぁ、そういうこと……だから、今日僕に競り負けたんですか」
「そうだ。奴隷契約とは別に『可能な限り落札しろ』と言われているが、それでも落札の優先順位というものがある。明らかに相場以上のモノで張り合えば、より優先順位の高いモノが落札できなくなる恐れもあるからな」
……ここだな。
羨ましいくらいの環境に付け入る隙は、ここしかない。
マリーのみが抱える代理だからこその弊害。
本来なら代理参加は手数料さえ支払えば、ハンターギルドのオークション出品担当アランさんが対応してくれることは聞いていた。
指し値を使って予め上限予算を決めなければいけないので、自分で参加するよりは融通が利かなくなるが……
それでも落札代金に対して1%の成功報酬で請け負ってくれるのだ。
しかし過去に揉めているマリーは出入り禁止なので、ギルド依頼を活用することができない。
ビクターのような保証の利かない個人に頼るしかなく、いくら預けようが一瞬で残高が消し飛ぶリスクを考えれば、数百、数千億という金を預けるのは普通の神経では理解できないほどの覚悟が必要になる。
マリーはそこまでのリスクを抱えられないから、予算不足で落札できない品が多少出てしまうことを許容した。
だからこそレア物に優先順位を付けるしかなかった――そういうことだろう。
ならば重要なのはここからだ。
「マリーが求める、落札の優先順位は?」
「最優先は厚みにかかわらず『技能の黄書』、あとは優良な【付与】のついた装飾品だ。もちろん特殊付与であれば猶更良いが、そう出てくるモノではないからな」
「それ以外の優先順位は変わらないんです?」
「『技能の青書』も魔法系統と耐性系統は優先しろと言われているが、そのくらいだな。あぁ、武器はよほど優秀な【付与】でも付いていない限りはもう不要と言われている」
「ふーむ……」
前提となる解放条件をすっ飛ばして、直接スキル経験値を取得できる『技能の黄書』が最優先というのは分かるし、武器は初級ダンジョンだから需要が薄いというのも分かる。
バルニールを牛耳っているから、製造には困らないという理由もたぶんあるだろう。
しかし、【付与】付きの装飾品か。
これはどうにもしっくりこないな。
「なぜ【付与】の付いた装飾品が?」
「私にも詳しいことは分からない。ただ武器種では付けられない類の『耐性系【付与】』は必ず落とせと言われている」
「耐性系……ということは属性耐性とか毒耐性とか、あのあたりですか」
「そうだ」
なるほど、これはかなり有力な情報を引っ張り出せたかもしれない。
たしかに耐性系は、同じパッシブでも能力上昇系の【金剛】や【疾風】と違って喰らわなきゃ経験値が上がらない。
それはある意味拷問のようなもので、【毒耐性】ならまだしも、【石化耐性】なんて自力上げができるのかと首を傾げてしまう。
しかし祈祷でスキルポイントを使ってまで上げるかと言われれば、それはまた違うとなりやすいので、結果的に替えの利きやすい装飾で補うってのが金持ちのやり方なんだろう。
そしてこれは、俺にとっても勝機であり商機な気がする。
装飾が高値で売れるのなら、防具だって優秀な付与を付ければオークションで――それこそビクターが買う可能性もある。
今日はオークション日。
つまり明日にでも自作してオークション出品すれば、次回オークションでそうそうにマリーの予算をパンクさせられる可能性もあるということ。
「もし、防具でも同じような耐性系の優秀な【付与】装備があったら、マリーは買いたがると思います?」
「……基本素材にもよるだろうが、まず買えという指示は飛ぶだろうな。防具はダンジョンでも得られないのだから、他に目ぼしい入手手段がないということになる。ならば耐性系は押さえるはずだ」
「なるほど」
やっと、道筋が見えてきた。
マリーの構築した理想に、入り込む隙間が。
「最初はどうにもならないかと思いましたが、ようやくあなたにお願いする内容が見えてきましたよ」
「私は……マリー様も敵には回せぬぞ。回せば、確実に死ぬ。それは間違いないのだから、貴様に殺されるのと変わらなくなる」
「大丈夫ですよ。僕が狙っているのはご存じの通り『技能の種』です。あと被りますが『技能の黄書』にも多少興味はあります」
「ふむ」
「だからあなたには、この2種――いや、とりあえずは『技能の種』だけでもいいので競りに参加しないでいただきたい。その代わり僕が優秀な【付与】付きの防具を
主
の
蔵
から探し出して、いくつか出品します。これならマリーの要望にも合うでしょうから、敵に回さず済むでしょう?」
「本当に実現可能なら、たしかに問題ない。マリー様にそのような情報を小耳に挟んだと、そう伝えても良いのか?」
「えぇ構いません。ただ今回だけならと予算を上げられても僕が困りますから、あくまで噂程度。その上でもし本当に出たら手を出すのか、やんわり確認してもらえるといいですね」
「それであれば明日伝えよう。早い段階で出品してくれれば、私も予算が尽きたという言い訳が立つ」
「僕も今後はハンターギルドに代理参加を頼む予定ですので、代わりにオークション出品の窓口にいるアランさんが入札するはずです。『技能の種』に参加してこなければ僕はあなたに危害を加えない。これならば真っ当な取引条件でしょう? もちろんこちらで予算消費用の売り物が用意できなければ、その時は不問ということで」
「承知した。このような条件で済ませてくれたこと、感謝する……マリー様に盾突く者などいないと、そう慢心していたが、まさかな……」
「あぁ、当然ですけど、僕に関する情報や提案内容は極秘でお願いしますね。約束を破れば本当に殺しちゃいますから」
そう言いながら、岩の裏に隠したように見せかけて衣類やビクターの落札物を返却していく。
釘は刺しておいたが、相手が一方的に不利な条件を背負うわけではないのだ。
これならマリーに密告するメリットの方が薄いだろう。
ビクターをこの世から消し、今ある落札物を奪い、マリーに50億近い損失を背負わせつつ、別の者が代理として任命されればその者も消してさらに損失を膨らませていく。
なりふり構わずダメージを与えるならこの方法が最も手っ取り早いだろうが、これではやっていることが悪党そのものだし、そんな強引な手段はやれても精々2度か3度が限界。
重ねればさすがにマリーだって本気になるだろう。
それに俺が直接殺したりすれば、『ビクターを殺した者』という探査条件に一発で引っ掛かり、不意の戦闘へ発展する可能性も高い。
俺がマリーの立場なら、迷わずそうやって犯人を捜そうとするからだ。
拠点以外、どこへ行っても常に命を狙われる可能性があるとか、そんな窮屈な冒険なんて想像したくもない。
何よりも優先すべきは、強くなるためには必須で、かつ入手手段の限られたダンジョン産アイテムを今後も安定して手に入れること。
金の稼ぎ口など商業、傭兵、ハンターギルドといくつもあるわけだから、その方法さえ確立できれば目先の50億より遥かに価値は高い。
(それにビクターを生かせば、継続的にマリーへダメージを与えられそうだしな……)
そう思えば自然と笑みも零れ、僅かながらマリーに関する情報を収集したのち、行き同様にビクターを一度眠らせてからサヌールへ転移した。