Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (328)
323話 化け物
「これで、打ち止めですか?」
「っ…ぁ……」
左手に短剣を刺したまま、倒れたグリーヴァの陰から幽鬼の如く立ち上がったガキの言葉に、すぐさま声を発することができなかった。
――なぜ、眠っていない。
――どこから、その大剣は出てきた。
――どうして、Aランクでも上位であるはずの魔物があっさりやられる。
疑問が津波のように押し寄せ、喉元で渋滞を起こしたように詰まっていたが……それでも最初に出てきたのは、意味の分からない問いへの疑問。
「どういうことだ……?」
「いえ、もっと珍しい魔物が色々いるのかと思いまして」
周囲に視線を彷徨わせながら出てきたこの言葉に、それでも俺は警戒されているのかと、多少の余裕が生まれてくる。
自前の【心眼】が通らぬ謎の子供。
所持している武器素材からAランク相当の実力はありそうなものだが、このガキだって俺の力量を測り兼ねているのだろう。
ならば、ここは大きく見せる。
事実、グリーヴァだけが戦力の全てではない。
こんな事態になるとは思っておらず、忍ばせたままの予備戦力など、あまり戦闘向けではない魔物が1体だけだが……
緊急事態となればそんなことも言っていられない。
「ふん、当たり前だろう。グリフォンなど、俺の飼う魔物の中では雑魚中の雑魚よ」
背後でDランクのベイブリザードと、Bランクのソルジャーアント達がジッと指示を待っていたが、相手は所詮子供――どうせ見た目から魔物のランクなど判別できまい。
今はそんなことより、この子供を少しでも委縮させ、その間に時間を稼ぎつつ態勢を立て直す。
そう思ってのこの言葉は、見事ハマったように思えた。
目の前の少年が僅かに震え、両腕を抱くように身体を寄せたからだ。
「じゃあすぐに連れてきてくださいよ!」
「……え?」
「早く、全部ここに連れてきてください。そうしないとあなた、すぐに死んじゃいますよ?」
「…………」
意味が分からない。
敵の戦力が増えることを望むやつがどこにいる?
至極当たり前のことのはずが、どう見てもこの子供が虚勢を張っているようには見えず、それどころか目を輝かせ、恍惚の表情を浮かべていた。
何か、おかしい。
警戒と共に、嫌な汗が身体中から湧き出てくる中、この場をどう切り抜けるべきか。
その一点だけに思考を巡らす。
「……俺を殺すだと? 本気で言っているのか?」
「そんな、僕達を殺しに来てるんだから当然じゃないですか」
「ただ、眠らせただけだが……?」
苦しい言い訳。
それは予想通り無駄どころか、必要以上に見透かされていた。
「先ほどのやり取り、聞いてましたよ? 後ろにいるのは穴掘りが得意なソルジャーアントですし、痕跡を残さないように、一時的な巣穴にでも持ち帰ってからお食事会をするのでしょう? 考えましたよね、この草もろくに生えていない乾燥した大地なら、離れた場所で掘り起こされたとしてもまったく目立たない」
「……」
「で、ベイブリザードがこの数ってことは――あぁ、もしかして馬の代わりに馬車を引かせる予定でした? 馬よりも力はあるでしょうし、これだけ魔物の統率が取れているなら、御者なんていなくても滞りなく輸送できそうだ。【魔物使役】って想像以上に便利ですね」
「……おまえも傭兵だろう? なんの因果で首を突っ込んだのか知らないが、この件が貴族絡みだと、分かって手を出しているのか?」
「貴族って、もしかしてオーラン男爵ですか?」
「ふん、分かってるじゃないか。ならば手を引いた方が身の為だ。これからまともに傭兵稼業が―――」
「やっぱりオーラン男爵も関与してるんですか?」
被せるように出てきた焦りの言葉。
それはそうだろう。
傭兵にとって貴族はアキレス腱のようなもの。
仕事を受ければ旨味も強いが、敵対となれば良いことなど一つもない。
これを好機と、事実をもって脅しに掛かるも。
「へぇ……あなたはオーラン男爵側の傭兵なんですか……」
まただ。
先ほどと同じ、何か気持ち悪さを覚えるこのおかしな空気。
子供は三日月のように、口の両端を上げて嗤った。
「あはっ、予想はしてたんですけどね。やっぱりオーラン男爵も真っ黒とは……ふふ、そんな『悪党』はどちらも綺麗に掃除しないといけませんねぇ」
「し、正気か……?」
予想だにしない、貴族への敵対宣言。
この場限りのはったりで口にしているようには見えない。
後先を心配するような素振りはまるでなく、何を見ているのか分からないその眼は本気としか思えなかった。
……くそ。
こんな頭のイカれたガキに脅し文句は効きそうにない。
俺の所属する傭兵派閥を言ったところでたぶん意味はないし、一度も見たことすらないガキなのだ。
もし他国の傭兵であれば、上位ランカーの名を出したところで大した脅威も感じないだろう。
だが……これで間に合った。
ここまで計画が露見されているのだ。
強引に逃げたところで、貴族絡みの依頼を派手に失敗したとなれば、当面この国での仕事は満足に得られなくなる。
ならば――覚悟を決めろ。
実力も未知数のこのガキは、ここでどうあっても殺すしか、俺にこの先の道はない。
「狂ったガキが!」
「それより、他の魔物はまだですか? ずっと待ってるんですけど」
「ふん、もうてめぇの足元だよ! 喰らいつけサンドラ……ぁああっ!?」
ズズ……ッ!
視界に頼る素振りを見せていたのは罠だったのか……?
命令と同時に、地中から大口を開けて出てきたはずのホワイトワームは、顔面が血と岩に塗れ、息も絶え絶えにすぐ横たわる。
こんな姿、一度も見たことがない。
何が起きてこんな状態になったのか。
「遠くからチンタラと掘り進めていたのは知ってるんですよ。だから僕が言っているのはこれじゃなく、もっと別の魔物です。もっともっと、他にもいるんでしょう?」
「こ、こんな硬い土を簡単に掘れるわけ……って、サンドラーに何しやがった!?」
「このデカい芋虫ですか? 僕のところに向かってくるのが分かったから、足元に硬い石の棘を少し用意しただけですよ」
「……」
どうやって?
刹那に出てきた疑問を掻き消し、それどころではないと、すぐに命令を下す。
「ね、寝るなサンドラーッ!! 意地でもそいつに食らいつくんだ! 蟻んこ共は酸だッ! とにかく酸を吐けぇ!!」
これが正真正銘、俺にとって最後の隠し玉なのだ。
この戦力でどうにかしなければ、俺はこの場から逃げるしかなくなる。
だが、捕まえさえすれば……いや、最悪自滅覚悟でも、酸塗れにさせちまえば、俺の勝ちは揺るがない。
揺るがない、はず、なのだ……
「なんでだよ……」
目の前のガキが、小声で何かを呟いていたのは分かった。
でも分かったのはそれだけ。
なぜか右手が黒い靄で覆われ、すぐにガキを中心とした巨大な竜巻が発生した。
その瞬間、俺のペット達が、細切れにされていく。
でも、中心にいたガキだって、大量の酸を浴びているはずなんだ……
その証拠に服は溶けていってるのに、宙を舞う仲間達の隙間から覗くガキの身体はまったくダメージを負っていない。
もう、ダメだな……
そう判断したと同時に、ベイブリザード達に他の人間を喰らえと指示を出し、魔鳥であるロトンとエトンに緊急離脱の合図を送った。
これで多少の時間稼ぎはできるだろう。
世の中には理解の範疇を超えた存在がチラホラといて。
きっとコレはその類で、そもそも人なのかどうかすら疑わしい。
苦労して使役したドリームシアターも、ランカー傭兵としての地位も。
全てを捨ててでも、今は生き延びる。
まだロトンとエトンだけはいるのだ。
新たな地で、また少しずつ積み重ねて――
片手ずつそれぞれの足に掴まり、宙吊りのような状態で空を昇っていた時。
バンッ!
雷鳴のような音に反応して後方へ振り返れば、なぜか地面には歪な黒い靄ができていた。
【闇魔法】による追撃か……?
身体中に力が入るも、よくよく目を凝らせば、それは先ほどまで見ていた恐怖の対象で。
背から生えた何かは、黒く蠢いているように見える。
「ッ……ロ、ロトン、エトンッ!! は、はは、早くだ! 早くここから離脱しろーーーッッ!」
あれはどう見ても、人じゃない。
掴まれば、俺はきっと喰われる。
早く、速く早く速く……ッ!
そんな願いも、空しく。
魔鳥を遥かに超える速度で迫りくる何かは、変わらず三日月のような笑みを浮かべていて。
「あぁぁ……」
「捕まえた♪」
俺の頭部を掴み、化け物は嬉し気な声で、そう呟いた。