Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (348)
342話 前夜
本来は住民の避難が完了し、静けさに包まれていなければおかしい王都ファルメンタ。
その第一と第二区画を遮る城壁の上で、ヘディン王とニーヴァルはどこまでも長く延びる大通りと、その通りを埋め尽くすほどの人波を眺めていた。
一人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、もう一人は諦観した様子でその群衆と、横にいる老婆へ視線を這わせる。
「私は”西門から逃がせ”と言ったはずだけどね」
「多くを逃した結果がこれだ。居場所を失うくらいなら、この地で武器を握ったまま死にたい者しかもう残っておらん」
「はぁ……それでこの数かい」
ニーヴァルとて、少なからずは分かっていたこと。
食うに困らず、亜人を排斥し続けたがゆえに奴隷制度も限定的で、手にしっかりとした職を持つ者達が多いのだ。
行く先もないのに全てを捨てて逃げろと言われても、そう簡単に納得できるものではないと思っていた。
しかし、そうだとしても、想定以上に数が多い。
「子供と若い世代は命じてでも逃がしておる。ここにいるのは、そんな未来ある者達の居場所を守ろうとする老兵達だ」
「……それでも、気が散るんだよ。私に同士討ちさせる気かい」
「ふん、詭弁だな。それは敵国とて同じこと。そなたと同等、もしくはそれ以上の強者ならば、味方兵が入り乱れるような状況下で戦うことはない――違うか?」
「……」
「一人でも多くの民を生かそうとするその考えを否定する気はない。が、ここに残って武器を握る者達の気持ちはニーヴァル、そなたと変わらんのだ。命を懸けてでも先を掴もうとするその気概を無下にすることは王として許さん」
「こんな時だけ王の立場になるんじゃないよ、まったく……」
いったい誰から入れ知恵されたのか。
思わず後方へ振り返れば、そこに並ぶは眼の下に深い隈を作り、今にも死にそうな顔をした国の重鎮達。
この者達が多くの歴史書や戦術書の類を確認しに来ていると、アルトリコから報告を受けていただけに、ニーヴァルは思わず舌打ちが洩れそうになる。
「はぁ――……ここにいる老兵達は、西側に最低限の数を残して北と南門に配置しな。特に北はオルグのクソジジイが受け持つって話だから、老兵なら北の方が動きやすいだろう。言う通り、特に強大な範囲攻撃手段を持つ者は同士討ちを避けるために孤立した戦場を選ぶ。となればそいつらは東に残り、軍兵は南北のどちらかに逸れるか、もしくは二手に分かれてどちらも狙う可能性が高い」
「ふむ……兵はそのまま東門から攻め、身動きの取りやすい傭兵が南北に動くということはないのか?」
「可能性は低いね。攻めてくるなら、王都が広範囲の防御結界を張っていることくらいヴァルツ側も把握してるだろうさ。それならとっとと突き破れるような、個体戦力の抜きん出たやつらに結界を破壊させちまった方が攻め手の効率は遥かに良い」
「なるほどな」
「それにこちらの援軍を意識しないなら、西に戦力を寄せる必要もない」
「既にバルダモ砦が押さえられているということか?」
「その可能性もあるけどね。もっと根本的な問題――仮に来たところで大した脅威にもならないのさ」
「?」
「もしジュロイ王国がどこかから攻められたとして、私やラディットを援軍なんかに送り込まないだろう?」
「それはないな、絶対に」
「うちと同じでジュロイもトルメリアも、援軍ならば華級程度の戦将を差し向けてくるくらいが関の山だろう。それなら傭兵でなくとも、南北の兵で十分対処できると、私ならそう考える」
「承知した。言う通り南北に分け、著しく戦況が変わらない限り、東にだけは絶対近づくなと厳命しておこう」
「ただね、南北に展開しているヴァルツの別部隊がどう動くかは、私にだって分からないよ」
「斥候を送っても情報がまったく拾えない北部は、そのまま西に進むかどうか。南部の侵攻軍は……リプサムの兵も向かわせたマルタが持ち堪えるかどうかだろうな」
「そいつらが王都まで侵攻すれば、間違いなく北も南も地獄絵図になる。マルタも予定通り明日始まりそうなんだろう?」
「うむ。何かしらの方法を使って動きを合わせているとしか思えないな」
「ならあとはこっちもやるべきことをやるだけ。こうなっちまった以上は、相応の覚悟をしておくんだね」
東からの侵攻軍が王都に辿り着くのは明日。
だからこそ王が残った民に語り掛ける中、ニーヴァルは一人城壁を降り、目的の場所へと向かう。
「待たせたね、イリア」
「こちらこそ無理を言ってごめんなさい。どうしてもこの子達が最後に会いたいって」
二番区画の大通りから、少し中に入った一つの広場。
そこで待っていたのは、本の製造に関わる3人だった。
それぞれが伝えたい言葉、伝えるべき言葉を抱えていたはずなのに、いざ当人を前にすれば誰も言葉が出てこない。
そんな姿を見て、ニーヴァルは大きく見上げながら笑った。
「アルトリコ、暫くは窮屈な生活を強いられるだろうけどね。大丈夫さ、必ず新しい居場所は見つかる」
「おばあ様……私だって、いえ、私だからこそ戦えるはずなのです。なのにこんな、逃げるようなことを……」
「リコ、おまえは軍人じゃないんだ。わざわざこっちに足を突っ込む必要なんてないよ」
「……」
「やっと見つけられた『好き』を大事にしな。必ずその『知識』が役に立ち、望まれる時が来る。それまでの辛抱だからね」
そして視線は、その横で俯く青みがかった少女、ケイラへ。
「ケイラもだよ。本当はもっと時間を掛けてあげたかったんだけど、すまないね」
「私はまだ、何も見つけられていません。それにここしか、居場所もありません……」
「知ってるかい。ケイラのご先祖様は、『海』って場所のどこかで今も生きているんだ」
「ほんと……?」
「本当さ。だから嫌なことがあっても、挫けそうになっても、決して目を瞑って立ち止まるんじゃないよ」
「……」
「ケイラだけは特別に、ご先祖様には無い2本の足がしっかり付いてるんだ。前を見て、その足を動かし続ければ必ずやりたいことも、居場所だって見つけられる。必ずだ」
そして最後に、ひ孫であるエニーへ。
しかし、今までの話を聞いて確信したのだろう。
我慢できなかったのか、目には涙を溜めながら、思いのたけを吐き出すように叫ぶ。
「うぅ……お母さんも、リコさんも、みんな嘘ばっかり! この街はきっと大丈夫だって! 大ばあちゃんがやっつけてくれるって! 少し避難するだけって、そう言ってたのに……なんか全然違うじゃん!」
「エニー! ばあ様に失礼なこと言わないの!」
「ヒヒッ、いいんだよ。昔のイリアとそっくりじゃないか」
「ねぇ、この国は盗られちゃうの? 大ばあちゃん、死んじゃうの?」
あまりにも直球過ぎるこの質問に思わず苦笑いを浮かべ、やっぱり自分のひ孫だなと感じながらもニーヴァルは答える。
「駄目かどうかはまだ分からないし、私だってそう簡単に死ぬつもりはないよ」
「……なら私も戦う。ダメじゃないなら私だって戦うから」
「バカ言ってんじゃない、子供を戦場なんかに出してたまるかい。それにエニーがいなくなったら、アルトリコとケイラは誰が守る?」
「でも……」
「エニーには間違いなく才能がある。良い師を見つけ、勉強と鍛錬を怠らなければ私を超えられる可能性だってあるんだ。こんなところでその若い命を散らす必要はないんだよ。それにね――」
一度言葉を切り、目の前の3人に一度視線を向けてから言葉を続ける。
「エニーだけじゃない。アルトリコも、ケイラも、異世界人――ロキ坊と面識があるっていうのは、間違いなくこれから生きていく上での強みになる。もしどこかで会うことがあったら、その時は遠慮なく頼っちまいな。きっとロキ坊なら無下にはしないはずさ」
そう言い終えたら、ニーヴァルは横にいた孫娘イリアへ呟く。
「それじゃイリア、あとは頼んだよ」
「分かっています。二人にとってはあまりにも危険過ぎますから、暫くは国内で身を隠す予定です」
「あぁ、国の連中には言えないけどね。
も
し
か
し
た
ら
があるし、それがこの国の生き残る可能性としては一番高い。ジュロイを抜けるかどうかはその結果を確認してからにしな」
王にも伝えなかった5番目の可能性。
まずはこの事態に気付くかどうか。
そして気付いた時に、手を貸すかどうか。
ロキ坊がこの国を助ける義理はない、これは間違いないこと。
しかし南から――マルタの監査員ニローを通してこの王都へやってきたはずなのだ。
ならばこの国を救う義理はなくても、もしかしたら町に、村に、人に何かしらの恩義や怒りを感じて動く可能性もなくはない。
言えば過度に期待し、何も無ければ怨嗟の的にされてしまうのだから、言えるはずもないことだが……
(南部だけでも解決すれば、向かってくる傭兵次第で可能性も見えてくるんだけどね……)
そんなことを考えながら、ニーヴァルは西へ向かう馬車と、中から顔を出す者達が見えなくなるまで眺め続けた。