Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (352)
346話 避難所
(戦争が起きていることは把握しましたが、あとで必ず、何が起きているのか説明してください)
(もちろん。ほんとありがとね)
アリシアに言われた言葉を当然とばかりに返答し、すぐさま準備に取り掛かる。
「ヤーゴフさん、町の人達にすぐ荷作りをさせてください」
「なに?」
「逃げ場がないなら南に作りますから、落ち着くまでそちらに避難しましょう」
「南……それはつまり、パルメラの中に、ということか……?」
この言葉にヤーゴフさんは困惑し、周囲にも動揺が走る。
魔物の生息域に行けと言っているのだから、この反応は想定していたこと。
それでも、冷静に考えれば分かってくれるはず――そう思って説明を続ける。
「その通りです。非常時のこの状況であれば、怯えながらこの町に残るより、森の中に入ってしまった方がかえって安全でしょうから」
「な、何を言っているんだ!? 森の内部は魔物の巣だし、深く入れば出てくることさえ困難になるんじゃないのか!?」
騒ぎ立てるのは、先ほど怒り散らしていたオストンという青年。
この言葉に周囲も同調するが、俺が説明するのはあくまでヤーゴフさんだ。
この人が納得すれば、ベザートの人達は多くが動くし、きっと動かせるはず。
「まず大前提として、僕がこの町に張り付くことはできません。『地図』を作った者の責任として、マルタや王都にもこれから向かいますので」
「ふむ……」
「なので自衛をするか、難しいなら隠れてしまうのが最も身を守る上で有効な手段になってくると思うんです」
「だから森の中か」
「そうなります。周囲はFランクの魔物だけですし、魔物の巣と言っても
森
じ
ゃ
な
い
場
所
を作ってしまえば、魔物はおいそれと近寄ってこなくなりますから」
「ん? どういうことだ?」
「森の中に広い空き地を作ればいいんですよ。そうすれば滅多に周囲の森から出てくることはありません」
「そ、そんなこと、信じられるかよ! 襲われたらどうするんだ!」
この青年、俺を恨んでいるんだろうが……
一度細く息を吐き、努めて冷静に説明を続ける。
「森の近くにいれば襲われる確率は上がりますし100%と断言はしません。ただゴブリンがこの町を襲ってこないのと一緒で、他の狩場でも魔物が生息域から出てこない現象は多く見られると思います。それにこれはパルメラ内部で僕自身が検証し、安全地帯が作れることを確認しているから提案しているんです」
「なるほどな」
「さすがにベザートのすぐ裏からでは怪しくなりますけど、セイル川の横からであれば、内部に入るための道を作っても違和感は薄くなるはずです。それに水も十分確保することができるでしょう?」
「ふむ、それならどこぞの兵士がこの町にやってきてもまず気付かれないし、仮に気付いたところで軍隊が森の奥まで入ってくることはないか」
「その通りです。どこまでも続く深い森ということは誰もが知っているんでしょうから、兵がわざわざ森の中に入ってまで探しにくるとは考えにくく、目的のモノを強奪したら、あとはもうこの地に興味を無くすかと思います」
「となると、難は食料と、あとは時間か?」
「ですね。現地でホーンラビットや川魚を食料に換えたとしても、それでも食べ物を最優先で持ち込む必要はあると思います。その手の荷物を纏める準備が終わった頃には、こちらの作業も終わっているはずですから」
「……避難してきた者も含め、この町には数千の人間がいるのだぞ? 相当な広さが必要だと思うが、そんなにすぐ終わるのか?」
「はい、問題なく」
なんせ、やるのは神様達だからな。
俺でもできることだが、俺がやるより100倍は早い。
ベザートの裏手で異世界人と遺留品探しをしているリルが、西へ素早く移動してセイル川を見つけ、その場所をポイントに神様達の【分体】が降臨。
それなりの人が通れそうな道を川沿いに作りつつ、奥地ではベザートの町の規模を把握しているフェリンが【地形変動】で周囲を広大な空き地に変化させ、資材は一応出来上がった空き地に確保しておく。
これなら上台地でやっていることの延長だ。
空き地は森の入り口から3㎞くらい奥にと伝えておいたので、この程度の距離ならもし戦争が長期化しても、日帰りでルルブにオーク肉を調達するくらいはできるだろう。
「よし分かった、すぐに町長へ伝えてこよう。他の者は町民に食料を中心とした荷造りの準備を進めるよう伝えてくれ」
この言葉に多くが頷き動き始める中、この場にいる3割程度の人間が俺に懐疑的な視線を向ける。
一人として、見覚えのない顔。
たぶん他所から避難してきた人達だろう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。魔物の巣に向かうだけでなく、避難して何日もその中で過ごすなんて正気の沙汰じゃない。こんな子供の戯言を信じて動くのか?」
「そうだ。まだ襲われたわけじゃないし、敵兵が向かってくる動きを捕らえたわけでもない。このまま何事もなく戦争が終わる可能性だってあるだろうよ?」
別に怒りが湧くわけでもない。
そう思う人がいたって当然だろうし、提案しているのが子供の姿なら、より一層不安に感じるのも理解できる。
だから俺もヤーゴフさんと同じで、このような反応をするしかない。
「乗り気でない者は、このまま残ってもらっても構わない。強制ではないからな」
「え?」
「だがベザートに住む者達は、”ロキの案だ”と言えば、ほぼ全ての住民が動くことになるはずだ」
「冗談だろ……」
「あくまで生存の率が高い選択を提案したまでですから、どうしてもということなら無理は言いません。先ほどお伝えしたように、僕は守れませんから、その場合は何かあっても自分達で切り抜けてください」
「……」
「もしこのまま戦争が終わったとして、ラグリースが敗れた場合はどうなるだろうな。町が蹂躙されたから、お前たちはベザートに逃げてきたのだろう? 襲われなかったとしても、見つかり捕まれば奴隷に落とされる可能性は極めて高いと思うが」
全員動くわけがない。
そう思っていた避難組らしき勢いが消沈していく中で、ヤーゴフさんの現実的な忠告が止めを刺したような気もする。
俺も考えていなかった戦後の話。
この町に飛んできたばかりの俺には、どちらに状況が傾いているのか――そんなことは分かりようもない。
ただヤーゴフさんが”一方的な蹂躙”というくらいなのだから、ラグリースが押されていることは間違いないのだろう。
となれば、仮に生き延びても、結局は死ぬのとそう変わらない扱いを受ける可能性も出てくる。
「分かった、一緒に行く。行かせてくれ……」
俺と同じ想像をしたのか。
ずっと俺を睨み、噛みついていたオストンという青年も折れたことで、この場で反対する者はいなくなった。
こうなれば、あとはヤーゴフさんが上手いことやってくれるはずだ。
その中で本当に町に残りたい者がいたら、それはそれ。
残ればその者が拷問なりで口を割る可能性もあるので、できれば全員が移動してもらいたいものだが……
どうしても家やこの場所を守りたいということなら、こればかりはもうどうしようもない。
わたわたと動き出すベザートの町。
馬を扱える者は見張りに出ていたハンター達を呼びに行き、売り物や余り物、それに大量の工具など。
個人で抱えているモノとは別に、アマンダさんが中心となって集められていた大量の食糧や日用品は俺が『収納』し、あちらでの避難生活が少しでも安定するように準備を進めていく。
これで多くの人に俺の能力はバレたが、大量の肉を配ったりしていたわけだし今更だな。
そして――
(ロキ君、準備が終わりましたよ)
【神託】によって齎された準備完了の合図とともに、俺は目の前の馴染みあるハンター達と、その親分のような存在に視線を向ける。
「それじゃ皆さん、護衛と案内をお願いしますね」
「任せておけ」
「セイル川を1~2時間上っていけば広場があるんだろ? それくらいなら余裕だぜ」
「リーダー、調子に乗って一人で勝手に進んでいかないでくださいよ」
「やりかねない」
頼もしい返事をしてくれるのはアルバさんとミズルさん、それにミズルさんパーティの面々。
「最後尾は俺が務める。先頭はおまえらに任せたからな」
それに実はベザートで一番強いパイサーさんが殿を務めてくれるなら、そこいらにいる兵くらい薙ぎ倒してくれるだろう。
「3人も、戦えない人達だっているんだから、特にフーリーモールの魔法から皆を守ってあげてね」
「あぁ、俺の【気配察知】と、メイサの【探査】があれば大丈夫だろ。な?」
「うん! 撃たれる前に倒しちゃうんだからね!」
「もし石が飛んできたら、僕が盾を使う!」
こんな非常時だというのに、頼もしく、そして良い表情になったなぁと思う。
修行ついでの旅行に行っておいて本当に良かった。
これなら皆を任せられる。
「それじゃヤーゴフさん。僕は先に現地へ向かって預かっている荷物を置いたら、そのまますぐマルタに向かいますから、後はお願いしますね」
「……ロキ」
「はい?」
「先ほど『地図』を作った者の責任と言っていたが、この戦争に負い目を感じているのなら、それは違うぞ?」
「え?」
「地図を利用して進軍していることは間違いないだろうが、ベザートへ逃げてきた者の多くは、マルタから東に延びる街道付近の村や町に住んでいた人間だ」
言いながら地図を広げ、亀裂の南から最寄りの街道に入り、そのままマルタまで続いていく道を指でなぞっていく。
「えっと……」
「つまり、地図があってもなくても、ヴァルツ軍が街道を利用して移動していたことに変わりはない。だから北にしか街道が向いていないこの田舎町は今も生き残っている」
「……」
「それに地図のお陰で商人の出入りが増え、作物の買取値は上がり、町には見慣れぬ品が多く入るようになっていた。蹂躙された町でも地図の恩恵は確かにあったのだ――そうだろう?」
そう言われながらヤーゴフさんに背中を叩かれたのは、先ほどのオストンという青年。
今はバツが悪そうな顔をしているが、先ほどのように憎しみの混じった目はしていない。
「はい、それは間違いないです。だからさっきは、その、すいませんでした」
「い、いえ、そんな」
「だからな、ロキ。お前がこの戦争に強い責任を感じ、気負う必要はない。お前はお前の判断で、何かを守りたいと思うのならば守ればいい。間違っても、”身を賭してでも”なんて考えは持つなよ? 原因は間違いなく他にあるのだろうからな」
「……ヤーゴフさんは、何が原因だと思いますか?」
この人なら何か知っているかもしれない。
そう思って問うも、ヤーゴフさんはあっさりと肩を竦める。
「さぁな。食料を中心に物価の高騰が続いていたはずのヴァルツならば、この平坦で豊かな土地を求めたというのが濃厚にも思えるが、労働力を自ら潰していくなど腑に落ちない点も多い。このような僻地では分からぬ何かがあるのだろう」
「そうですか……なら、自分で確かめてみるしかないですね」
戦地に向かえば、ヴァルツ側の誰かが教えてくれるだろう。
そう思いながら、預かった荷物を避難所に届けようとしたその時。
「な、なら、一度『キプロ』に寄ってみてくれないか!」
それは、例の青年からだった。
「やつらが襲った町を見れば何か分かるかもしれないし、それに、もし生き残りがいたら、救ってほしいんだ……」
誰でもわかる。
間違いなく、青年の本音は後半。
俺が荷物を『収納』したという現実を目の当たりにし、能力を理解したからこその提案だろう。
正直に言えば、事後よりも現在進行形で動いている現場を優先したいが……
「分かりました。それなら一度寄ってみますよ」
それでもこう返したのは、ヤーゴフさんはあぁ言うが、やはり多少は残る罪悪感から。
それに一度行っているのだから、寄って確認するだけならばそう時間を食うものでもない。
この程度の距離ならば、生き残った人を転移で連れてきても、大した魔力消費はないだろうしな。
こうして軽はずみとは少し違う。
罪滅ぼしの気持ちで、俺は襲われた町『キプロ』に飛び――
度々話に出てきた『蹂躙』という言葉の本当の意味を、思い知ることになった。