Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (369)
363話 国を背負って
東から王都ファルメンタに向かった中央侵攻軍は、総司令官が20万の兵を引き連れ南下。
残り10万の兵が、先に攻撃を開始する予定の北部侵攻軍に加わる形で北上していた頃。
東部で真っ先に始まった3人の戦いは、お互いが手の内を探る様子見の段階から、徐々に相手を殺しきる攻撃へと激しさを増していった。
『燃えな、灼火、万象、
“狂い華炎
“』
『水の精霊、鎮めよ、”
大水
“』
老婆の正面に生み出される、眩しいと感じるほどに輝く炎で形成された巨大な
蕾
。
思わずモゥグは腕で顔を隠しながら飛び退くも、それはすぐに大輪の花を咲かせ、無数の花弁が不規則に宙を飛び、時に花弁同士が重なり巨大化しながら舞い狂う。
避ける場を探すのが難しいほどの密度。
地に触れた火の花弁は至る所で炎を噴き上げる中、素早く”精霊”に求めていたバリー・オーグが、上空から滝のような水を生み出し、周囲に広がる炎を鎮火させていくが。
「……」
既に何度目かとなるこの光景にバリ・オーグは違和感を拭えないでいた。
魔法の対象範囲は十分過ぎるほど。
しかし周囲を見渡せば炎は至る所で残り、精霊を使役してなお”火力負け”していることが見て取れる。
ニーヴァルがいくら強者とは言っても、所詮は人間のソレ。
仮に『火仙』――【火魔法】スキルレベル9が偽りであり、『天級』だったとしても自分が負けることは考えにくい。
バリー・オーグはそう考えていただけに、この状況が不可解で仕方なかった。
それに身体を纏う、あの異常なほどに濃密な魔力……
「1つじゃない……2つか、3つ、それもかなり特異な特殊付与装備を身に着けている?」
【魔力纏術】を使用していることは見れば分かるが、いったいどれほどの魔力を込め、そして消費しているのか。
2対1な上に格上が相手――だからこそ魔力消費も厭わず、全てを賭した全力の短期勝負を仕掛けてきた。
バリーはそのように判断し、消耗による自滅を待ったが、相応に時間が経過しようとも一向に身体を覆う魔力量が減っている様子は見られない。
「まだ
蓄
え
はあるけど……このままだと、こちらの魔力が先に尽きちゃうね」
バリーは呟きながらも、モゥグを見やる。
言葉は交わさずとも、モゥグもこの異常に気付いてるからこそ、手を緩めず攻勢に出ていた。
「ハァッ!」
「ったく、バカの一つ覚えみたいに……」
「それでも、動きは制限できる」
「もう大して効きやしないんだよ!」
モゥグは一度身を退いていたため、ニーヴァルとの間に距離があった。
だがそんなことなど気にも留めず、詠唱を阻害するために【挑発】を入れ、直後に握っていた斧の1本を豪快に投げる。
先ほどから繰り返される光景。
即座に反応し、飛来する斧を強く弾いたニーヴァルだが、後を追うように詰め寄ったモゥグは、もう一本の斧を片手に目前まで迫っていた。
「遅いわッ!」
「ぐっ……」
如何ともしがたい、身体能力の差は埋められない。
ニーヴァルは苦悶の表情を浮かべるも、しかし杖は折れるようなこともなく巨大な斧の斬撃を受け止め、それどころか纏わりつく濃密な魔力は素早く斧を持つ腕に絡みついてゆく。
防御には回させない。
既にニーヴァルの空いた左手を纏う魔力は、鋭い剣の形状に変化していた。
「とっととくたばんな!」
「させるかッ! ”反転”!」
……浅い。
僅かに魔力の剣先が肩の皮膚を裂いたところで、ニーヴァルごと右腕を振り上げるモゥグ。
体格差は歴然で、宙吊りのまま振り回されているところへ、案の定、先ほど弾いた斧が飛来してくる。
何度も見た光景だ。
投げても合図と共に戻る、特殊付与能力を備えた武器。
何もその手の装備を所持しているのはニーヴァルだけでなく。
モゥグも、そしてバリー・オーグも、それぞれがただ製造しただけでは生み出せない装備を所持していた。
強引に腕の捕縛を外しながら魔力の剣で弾くも、空中では耐えようもなくニーヴァルは吹き飛ばされていく。
「くっ……はっ……早く、カタをつけないと……」
北にも、南にも、倒すべき敵がおり、守るべき民がいる。
それぞれが個人の武功を優先しているため、お互い助け合うような動きを取らないところは幸いだが、しかし繋ぐように絶え間なく続いていく戦闘。
次がバリー・オーグであると認識していたニーヴァルが、体勢を立て直そうと目を向けるが。
しかし当の本人は顎に手を当て、何か考えるようにジッと視線を向けているだけ。
「はっはーッ! バリーがこのような好機を譲るとは思わなんだ!」
「ッ……!?」
この二人に阿吽の呼吸なんてモノは存在しないはず。
何かしらの合図を送ったのか?
少なくとも言葉は交わしていない。
にも拘わらず攻撃のサイクルが突如変わり、戸惑いを見せるニーヴァル。
モゥグに目を向ければ、既に、斧を投げられた後だった。
何度も見た、同じ光景。
【挑発】も【威圧】も、いくら自分より強者と言えど、同じ対象からであればもう慣れた。
身体に感じる、僅かな硬直。
それを、
「ぬぅぉおおぁあああああああッ!」
老婆は喉が枯れるほどに叫び。
転がるようにして、恐ろしい速さで飛来する斧を避けるも。
どうする……
もう、牛の獣人は、目の前。
体勢を立て直す余裕は、無い。
「こいつは、かなり重いぞ!」
片手じゃなく、両手。
真っ二つにせんとする勢いで、真上から振り降ろされる斧の一撃。
止むを得なかった。
片膝を突き、真上に魔力の防壁を高速で形成。
ピキッ……パキッ――……
「ッ…グッ……ぅ……」
しかし、足りていない。
衝撃で身体が大きく沈み、腕が折れた箇所から歪んでいく。
このままだと……
さらに魔力を。
余すことなく、全ての魔力を、防壁に。
「これで仕舞いだな、ニーヴァル。敵ながらあっぱれな強さだった」
だが、次の一手は、どうすればいい。
「”反転”」
今度は、後ろから来る。
身動きが取れず、背後に回す魔力は、もう無い。
負ければ、沈む。
王都も、多くの町や村も、ラグリースそのものが。
自分が負ければ――
「まだだよ……!」
「?」
『私を、フッ飛ばしな!』
動かせるのは顔くらいだった。
咄嗟に取った行動は、自分に向けた強烈な風の槍を側面に生み出すこと。
反転されても、飛来した斧が戻るまでには時間がある。
だからこそ、
「ごふっ!」
自らの横っ腹を、強烈な風の一撃が貫いた。
押し出されるように、真横へ吹き飛び、直後にモゥグの一撃が地面を割る。
「ほう、【風魔法】も使えるとはな」
そう言いながら、モゥグはニーヴァルの姿を横目で捉え。
「本当に敵ながら、あっぱれな強さだった」
斧をニーヴァルに向けて投げた。
残る1本の斧を。
防壁は1面に維持したまま。
この程度の威力であれば、守れるはずだったが。
「……ッ!!?」
なぜか気配は、背後からも迫っていた。
ニーヴァルは強引に身体を捻るも、空中でやれることなどたかがしれており。
かと言って防壁を分割するほどの猶予もなく。
プシュッ――……
「戻る先は俺じゃなく、対の方だ。
磁双の斧
はもともと1本の武器なのでな」
その言葉をニーヴァルは、背後から斬り飛ばされて地面に転がる、自らの腕や杖を見つめながら聞いていた。