Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (377)
371話 総力戦に向けて
王都ファルメンタの東門。
無人で守り手はおらず、木や岩で頑丈に塞がれていたその扉は強引に開けられ、街の内部には精鋭騎士や魔導士部隊、それに数多の傭兵など、万に及ぶヴァルツ軍が侵入していた。
しかし王都の中心部に向かうわけでも、家屋を破壊し略奪を行うわけでもない。
目的は避難も兼ねた待機であり、本来の目標であった城壁内部への侵入を果たせたというのに、誰もが無言で表情は硬くこわばり、極度の緊張状態であることを示していた。
そして城壁の上では、予定より1時間遅れて現れたこの地の最高戦力を筆頭に、主要な面々が赤く染まる戦場に視線を向ける。
「バリー、どうだ? あのスキルが何か分かるか?」
問うたのはガルファ総司令。
対してバリー・オーグはカリカリと、自身の爪を噛みながら苦々しい表情で答える。
もしかしたら里や、より奥深くに住まう者達の中で、何かしらの情報を持つ者はいるのかもしれない。
しかし、少なくともバリー・オーグ自身は、この現象に対して在り来たりな答えしか持ち合わせていなかった。
「どう見てもヴァラカンのスキルでしょ……」
「それは予想できている。そもそも人が扱えるスキルなのかどうか、という話だ」
「ふ、ふふ、そんなの、できるわけないって。魔物の固有スキルだよ? あの炎柱を再現するくらいはもしかしたらできるかもしれないけど、龍を生み出すなんて魔法の域を超えている」
ではなぜ、視界の先にその光景が広がっているのか。
その答えはもう、一つしかない。
少なくともこの場にいる者達は、その一つしか答えを導き出せなかった。
「異世界人だから、あのスキルを女神から授かったということでしょう」
平坦でありながら、僅かに動揺も滲ませたルエル・フェンシルの言葉。
その内容に半信半疑ながらも、この場にいる多くの者達は同意する。
「効果時間は約10分ほど。長くも短くもなることはなく、効果が切れればまた新たに出現する。高速で移動しながら戦場を火の海に変え、余力を示すように【雷魔法】まで連発しているのだから、待てば魔力が切れるなんて可能性も極めて低いだろう。
それにあの炎柱は、徐々に成長しているような気がする」
「どういうことですの?」
「最初に見た時より炎柱が大きくなっている気がするのだ。ずっと見ていたから私の勘違いかもしれないが……ユークリッド、おまえはどう思う?」
「……巨大化しているのは間違いない。それに炎柱が移動する速度も、心なしか速くなっているような気がする」
カリッ、カリッ。
「徐々にってことは、都合良くこの戦闘中にスキルレベルが上昇したなんて話じゃないでしょ。ってことは、何? あの龍が人を喰らって成長でもしてるってこと? 冗談でしょ?」
「「「……」」」
百歩譲って効果時間中のみの成長ならまだしも、一度効果が切れてなお成長が持続するなど、普通に考えればあり得ない現象だ。
しかし誰も詳細が分からないからこそ、異世界人が女神から与えられた極めて特殊なスキルと言われてしまえば納得するよりほかない。
そして成長するとなれば、今自分達がやっていることは、難敵を餌場に放流して成長を待っていたようなもの。
すぐに動かねば余計に戦況は苦しくなるだろうし、何よりどれほど兵に死傷者が出ているのか。
逃げてきた者達からは、戦場が阿鼻叫喚の地獄絵図になっているという、耳を塞ぎたくなるような話が舞い込むだけで、【光魔法】による光玉がまったく生み出されなくなってからは、おおよその状況すら掴めないでいた。
このまま放っておいては、王都攻略のために必要な兵数が不足する恐れもある――。
そんな中で、空気を読まない発言をした者が一人。
「儂はもう帰っていいかの?」
城壁の陰にゴザを敷いて寝ていたところを捕縛され、ここに無理やり連れてこられたロブザレフである。
やる気が無いであろうことは、地べたに寝転がり、鼻をほじりながら聞いているその姿勢でおおよそ分かっていたが……
これにはたまらず、ガルファも苦言を呈する。
「この状況でか?」
「儂の仕事は『バルダモ砦』で西側諸国の援軍、もしくは便乗しようとする連中の行動を防ぐことのはず。ならばもう十分にこなしたじゃろう?」
「あのさぁ……異世界人を炊き付けてあんな状態にしたのってロブ爺だよね?」
「ふん、手札も切らずに黙って死ぬような阿呆などおらん。”逃げ道”を潰したのなら、遅かれ早かれあの状態にはなっとったじゃろうし、そこから被害を拡大させたのは戦地で寝坊しおったお主じゃと思うが」
「あぁ? 何? 僕のせいだっていうの?」
「他に誰がいる。合いの子じゃと若いのは見た目だけ、頭の老化までは防げんようじゃな」
「ハ、ハハ……殺して――」
「いい加減にせんかぁあああああッッ!」
誰がどう見ても一触即発の雰囲気。
ルエルとユークリッドが身の危険を感じて城壁を飛び降りようとする中、怒声でもって強引に場を制したのはガルファ総司令だった。
「貴様ら、理解しているのか!? 先ほど下にいる者達にも伝えてきたが……この戦、勝たねば貴様らにくれてやる報酬はないのだぞ!?」
「「「「……」」」」
この言葉に、一同は思わず動きを止めて閉口する。
事実として金が無いヴァルツ王国は、そういう契約の基で傭兵を雇い入れていた。
その代わりに通常ではあり得ない土地や王家の宝物といった戦利品を報奨に充てるとし、傭兵連中もそれならばと、憎たらしい他派閥との共闘にも目を瞑ってきたのだ。
――バリー・オーグはニーヴァルの首や、道中の要所を沈めて予定通りに王都へヴァルツ中央侵攻軍を導いた功績を。
――ルエル・フェンシルは北部の主要都市『サバリナ』を沈め、北部からの妨害や増援を防いだ功績を。
――ロブザレフは西の『バルダモ砦』に一応張り付き、侵攻の邪魔をさせぬよう未然に防いだ功績を。
――ユークリッドは南部の事態を迅速に報告し、中央侵攻軍が異世界人に対処できる程度の時間を生み出した功績を。
それぞれがこの戦で傭兵としての功績を挙げているだけに、このままではタダ働きになるという思いがそれぞれの思考を駆け巡る。
「ふ、ふふ、僕は大人だからね。この国が潰れてもらわないと困るのは皆一緒なんだから、とりあえずは王都を――いや、あの異世界人を墜とすまでは共闘といこうじゃないか」
「そうですわね……アレを一人で抑えろと言われても、さすがに無理があると思いますわ」
「援護と足止めは全力でする。誰かが止めを刺せ」
「もうあの異世界人に興味は無いんじゃがのう。止むを得ん、その代わり宝物庫に眠る宝剣の類は儂が全て貰い受けるぞ」
「どの道ここを越えねば先はないのだ、私も参戦する。オージ、アグネ、ライサ、アストレン!」
ガルファに名前を呼ばれ、背後から一歩前に出たのは4人の高官。
それぞれが10万の兵を受け持ち、異世界人を攻め立てるための司令官を務める予定だった者達だ。
今その者達が、新たな命を受けるために覚悟の決まった表情でガルファを見つめる。
「オージは生き残っている騎士を中心に纏めろ。前面に立ち、残り三部隊を死ぬ気で守れ」
「ハッ!」
「アグネは魔導士部隊だ。魔力を惜しむ必要はない。ここで全てを吐き出してででも総攻撃を加えろ」
「承知しました」
「ライサは回復と支援職を束ねて振り分けだ。対象はランカー傭兵とヴァルツ軍の華覚仙級に該当する8名、取りこぼしがないように配置しろ」
「はい」
「アストレンは遠距離部隊と阻害を得意とする者達を纏めてくれ。特に【闇魔法】【呪術魔法】【時魔法】の使い手は必ず生かすように隊を組むんだ」
「ハッ」
「傭兵連中は私が纏めるから、バリー達も協力を頼む。時間は掛けられん。すぐに出陣するから、ここからが本当の総力戦だと思って各自動いてくれ」
この号令により、待機していた一団が大きく動きだす。
場に広がるのは異様な空気感であり緊張感。
それは一部の上位者ならばすぐにピンと来るもので。
これから始まるのは戦争などではなく、より濃密な死の気配が漂うレイド戦なのだと。
多くの経験者はそのように感じ取っていた。
そして30分後――。
まるでこの王都を守るかのように、ヴァルツの傭兵と軍部の精鋭を中心とした混成軍が、勇ましい喊声を空に浴びせながら王都の東門から出陣した。