Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (385)
379話 汚い欲の塊
以前ここを訪れたのは半年くらい前。
その時から他国より物寂しく、お世辞にも王都とは思えない雰囲気を醸し出していたが……
路上に転がっている死体を誰も気にしていないことが、この国の末期度合いを表しているようだった。
「うっわー……寂れ具合に拍車がかかってるねこれ」
「なんか、臭いんだけど」
「俺もそれ思った」
「前はもう少し良かったの?」
「うん。半年くらい前はなんでも値段が高かったけど、それでも店の大半はまだ開いてたからね」
しかし今は開いているお店が半分にも満たない程度。
値段は相変わらず――というか、以前よりもさらに上がっているし、売り物も似たような見た目の肉ばかりで、野菜や果物などは周囲を見渡す限り一つも見られない。
きっと食用の魔物が一部出回っているとか、そんな状況なんだろうと予想しながら、屋根を伝い正面に見える大きな宮殿を目指す。
直接王族がいそうな場所に飛ばなかったのは、街の状況からまだこの国がヴァルツ王国なのかを見定めたかったのもあるし、リアとの打ち合わせを簡単に済ませておきたかったというのもある。
って言っても国の歴史に幕を下ろそうとしているわけだから、王族を含むお偉いさん達の頭の中を覗いて事実確認を優先するっていうのと、もし諸悪の根源であるマリーがこの場にいたら戦闘になる可能性があることを伝えたくらい。
その他は基本、俺に任せてくれと伝えて宮殿の前に立つ。
広大な敷地、綺麗に整えられた庭園、横に大きく広がる建物の外観はラグリースと似たようなモノ。
まだ病み上がりということもあって慎重にいきたいので、『数』は必要最小限に留めようと宮殿の門兵に声を掛けた。
「こんにちは」
「なんだ?」
「私、隣国のフレイビルから来ました傭兵でして。此度の戦争に関する話を聞き、遅ればせながら参った次第です」
「ならば直接ラグリースへ向かえば良かろう。早くせぬと手柄も得られぬぞ?」
「ロズワイド侯爵から一度こちらに寄り、戦況を確認してから不足している箇所へ向かえと、そう聞いておりましたので」
「侯爵……? もしやそなたは、名立たる傭兵なのだろうか?」
「背丈は低いですが、これでもフレイビルのランカー傭兵をやっております」
「な、なんと……横にいる仮面を付けた者は?」
「私よりもさらに強い相方ですね」
そう言いながら共鳴石の付いたバングルを見せれば、これが何よりもわかりやすい証明になったのか。
門兵の先導で宮殿内部に案内される。
侵入方法などいくらでもあるとは言え、身分証すらいらないとは随分ガバガバなもんだ。
「ここは臭くないし綺麗なんだね」
「そういうもんだよ」
「……」
あまり人のいない空間。
中は広い廊下が長く続き、ビッシリと敷き詰められた絨毯や点在する調度品など。
内部の豪華絢爛っぷりはラグリースと同等、もしくはそれ以上に感じられた。
まずは王族の位置を一通り把握しておきたいところだが……
――【広域探査】――『王族』――
たぶんバリー・オーグから得られたであろうこのスキルも、このような場だとなんとも微妙な使い勝手だな。
範囲は1kmを超えてくるが、結局スキルレベルが低いうちは【隠蔽】や阻害系の魔道具で遮断されてしまう。
反応が拾えないまま暫く、廊下を進み――。
一際大きな門の前で、途中から案内を担当していた役人っぽい男が扉を叩いた。
「オズワード公爵閣下、フレイビルよりロズワイド侯爵を通してランカー傭兵が見えられていますが」
「…………通せ」
この言葉に合わせ、ゆっくりと開けられる扉。
中はラグリースの催事場ほどではないが広い空間になっており、あぁこれは位が高いのだろうなと。
一目で分かる程度には質のよさそうな衣類を纏った男達が、一様に動きを止めてこちらを見つめていた。
(机には俺の作ったラグリースの地図……そして、手にはワインか……)
「ふむ。あれから鳥の便りは無かったはずだが、子供の姿か……名をなんと言う?」
「ロキと言います」
この返答で、大きく場がざわつくも。
この場にいる20人ほどの男達は皆、すぐに喜色を浮かべ始める。
ならば、これで確定だな。
「ほ、ほっほほ……不躾な質問失礼した。私はオズワード公爵、ヴァルツ王国内の傭兵ギルドを纏めている。横にいるのが此度の戦を取り仕切っているセルゲイ侯だ」
「セルゲイ侯爵です。まさか本物の異世界人を直接この目で見るなど、夢にも思いませんでしたよ」
言葉はまだ丁寧だが、この戦の責任者とやらはニチャリと、音がしそうなほどにいやらしい笑みを浮かべた。
どうせこれで憂いが無くなったとでも思ったのだろう。
その後も
判
定
されているとは知らず、次々と下らない自己紹介をされるが……
いったいこの中で何人生き残ることができるのか。
どうせ大半は死ぬのだろうし、名前を覚える意味など何もない。
「して、横におられるのが噂の姉君ですかな?」
「いえ、裁定者ですよ」
「?」
「それより、随分と余裕がありそうな雰囲気を感じましたが、こちらは戦況をどのように捉えているのですか?」
そう問えば、セルゲイ侯爵は余裕を見せるように肩を竦めた。
「ラグリース軍が『ルーベリアム境界』に架かる橋を壊しましてね。そのせいで情報が遮断されてしまっているのです。元から物資は村や町からの現地調達、生き残った徴兵どもはそのまま移住民にする予定でしたから、補給線を断つことに大した意味はないというのに……面倒なことをしてくれたものです」
「……なるほど。他に伝達手段もなかったわけですか」
「一応鳥を扱う者達も混ぜていますから、王都も、南部の主要都市マルタも、どちらも快調に到達できたところまでは把握していますよ」
そう言いながら手で示したのは、机に広げられたラグリースの地図。
上には色分けされた駒がいくつも並べられ、赤い駒は――、俺がかつて記した町の上に多く置かれていた。
「ロキ殿が我が陣営に来てくれれば盤石、もう勝ちは揺るがない」
「はははっ、それはその通りですが、これでは傭兵を雇い過ぎましたな!」
やっぱりだな……
これだけじゃなく、様々な要因が絡んでいることは分かっている。
「止むを得まい。失敗は許されぬ戦いだったのだ」
「平坦で豊かな土地は当然として、希少な遺物と古代の魔道具くらいは、我らで押さえたいところですなぁ」
それでも、俺が良かれと思って広めた地図は、目の前で望まない使い方をされ、そのせいで多くの人間が死んだ。
その一端は間違いなく担っている。
「傭兵連中の多くが求めるのは希少な装備類、ならばこちらの宝物庫からも振舞って誤魔化せばよろしかろう」
「火仙の魔女がほどよく奮闘してくれて、支障がない程度に傭兵連中が死んでくれれば都合も良いのだがな」
リスクとリターン。
そのうちのリスクだけを、強引に消し去るなら――答えは一つしかないか。
ソッと横に視線を向ければ、リアはゆっくりと頷いた。
「全員ロキの言った通りだった」
「結局全員か。じゃあ、予定通りで」
「うん」
俺達がしゃべっているというのに、勝利を錯覚した男達は得られる戦果に夢中で気付きもしない。
自分達だけは一切死ぬ気がなく、弱い立場の者達を犠牲にし、奪うことが目的の戦争を起こす。
ただただ、人に迷惑を掛けることでしか生きられない。
そんな存在を生かして、いったい誰が喜ぶのだろうか?
「幸いなことに、ロキ殿は空を飛べると聞いている。ルーベリアム境界を越え、一先ずは王都に向かってもらえないだろうか?」
「マルタか王都、どちらも十分過ぎるほどの戦力は送っていますが、もし不測の事態が起きているようならご助力頂きたいのです」
「……」
「もちろん報酬は十分期待してくれていい。ロキ殿が我が陣営についてくれれば、他の傭兵連中とは違い侯爵の地位とラグリース内の広大な土地を約束すると、我が王は仰せられていたのでな」
「その王は、どちらに?」
「王宮だが?」
「そうですか。あぁちなみに、もうマルタも王都も助けてきましたよ」
「な、なんと!」
「それは真ですか!?」
「はい。マルタはファニーファニーを筆頭に、傭兵連中は僕が殺しましたので全滅。今日マルタの様子を見たらヴァルツ兵は駆逐され、もう復興作業に入っていました」
「「「え?」」」
「王都も同じ、バリー・オーグなど主要傭兵は全員死亡し、40万ほどの兵も既に大半が燃えたか野たれ死んでいます。橋が無くなったために自国へ戻れなくなったんでしょうね」
「「「………」」」
パリン、と。
誰かが落として割れたグラスの音だけが部屋に響く。
「自分達は一切死ぬ気もなく、数十万という犠牲の上に成り立つ戦果に期待を寄せつつ酒の肴にする。本当に良いご身分ですね」
「まさか……ラグリースに手を貸し、ここまで乗り込んできたというのか……?」
「そうですよ。何やらずっと勘違いしていたようですけど、戦争を仕掛けてラグリースの王都に侵攻しようとしたんですから、逆にやられても不思議じゃないでしょう?」
「がはッ!?」
言いながら一番偉そうだった男の首を刎ねれば、すぐに周りが反応を示すが。
「オ、オズワード公!?」
「貴様ッ! 公爵閣下に手を出してただで済むと――……」
「我らは上級貴族だご、はッ……」
「ちょ、ちょっと待て!」
「か、金を渡すから、ゆるじっ……!?」
「ぁぎ……ッ!?」
喚き、乞いながら死んでいく醜悪な存在に、今更何かを思うことはない。
それより今俺が気にしているのは、『反動』が起きるのかどうか。
(5人)
「わ、分かった! 下に付く! 私は下に付くか……、ッ……」
(10人)
「なな、な、なんでもしますから! お許し―――、」
(15人)
「神よぉおお! 我を救いたば、……ッ」
(21人)
『【作法】Lv8を取得しました』
(この程度じゃ何も分からないか……)
ほんの僅かに”足らない”という感情が芽生えた気はするが、そんなの常に思っていることでもあるので、これが自身の欲なのかはまったく判断がつかない。
ただこれだけ上位の貴族連中をぶった斬ったのだから、何かあっても相手の地位は関係無さそうである。
「部屋の外にも人が集まってきてるけど、どうするの?」
貴族連中の死体を回収しながらドアに目を向ければ、数人の兵が入り口からこの惨状を覗いていた。
表情からしても、入ってこれないが正解だろうな。
「戦争を実際に起こすのはここにいたような身分の連中だし、関係ない人達は斬りかかってくるでもなければやらないよ」
「そっか」
「……頭の中、汚い欲の塊だったでしょ?」
「うん、もう気持ち悪くて、見たくなかった」
「でも本番はこれからで、もしかしたら、もっと汚くて醜い人の姿を見ることになるかもしれない」
門兵の言葉で予想はしていたが、まだこの国はヴァルツのままで、自国が有利な状況だと錯覚したまま止まっている。
だから戦時の中枢とも言えそうなこの場に王の姿もないのだろう。
ここでも貴族連中がワインを飲みながら、早とちりな戦勝気分を味わっていたのだ。
となれば、今頃王宮はどうなっているのか。
兵やメイドが身を強張らせながら見守る中、俺とリアは宮殿の奥に存在する王宮へと向かった。