Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (411)
403話 渇望
どう考えても川の向こうは人手が足りていない。
それに一応は属国ということになっているのだから、やらかした張本人達を犯罪奴隷として送り込めるならそれも有りだろうと、そう思っていたんだけどな。
「場所はあなた方がボロボロにしたオーバル領なので近いんですけど、それでも奴隷希望は無しですか? 希望者は手を挙げてもらえるとありがたいんですが」
思いの外――、というよりまったく反応がなくて困ってしまう。
あまり多過ぎると少し心配になってくるのだが……
「ぷっ、くくっ! 僕と死ぬ気で戦うかって、この数がちゃんと見えてんのかよ。それとも一対一の決闘をひたすら繰り返すつもりか?」
「もちろんやるなら同時ですよ。ただちょっと不安もあるので、できれば少しずつ相手をしたいですけど」
今回はかなり重要な実験も兼ねているからな。
あの込み上げてくる黒い感情がただの欲であるならそれでいい。
ただそうでなかった場合、何がきっかけになるのかを掴んでおかないと、今後の動きに大きな支障が出てくる。
30人や50人程度ならまったく問題ないだろうが、それが数百数千と数を重ねれば、果たして俺に変化が生まれるのか。
数ではなくスキル取得が関係している可能性もあるし、デバフが空白スキルの一つに絡んでいるかどうかは、レベル上昇による変化でしか判別する方法がないのだ。
これほどの数を相手にする機会はそう多く作れないと思うので、できれば慎重に経過を判別していきたい。
――そう思っての発言だったが。
「おいおい、どうやら僕ちゃんは手加減してほしいそうだぞ?」
「そりゃそうだろ。防具どころか武器すら持ってないとか、俺達を笑かそうとしてんのか?」
「ここまで一人で乗り込んできたのはすげぇ勇気だけどな」
「坊主、ありゃ戦争なんだぜ? 仇討ちしたい気持ちも分かるけどよ。文句を言うならあっさりおまえらを見捨てたオーバル侯爵に言えってな」
はぁ――……
好き放題言っている中で、あれが戦争だと都合良く解釈しているバカもチラホラといたため、辟易しながら突っ込みを入れる。
「何言ってるんですか? 宣戦布告も無しに偽装して攻めてるんですから、やっていることは戦争ではなく盗賊と同じ。それでいて人を優先して殺しているから、僕は生涯奴隷か餌かの2択を迫っているんですよ」
「……餌?」
「何言ってんだコイツは?」
「それでは生涯奴隷を希望の場合は10秒以内に挙手を。挙がっていない場合は、僕を殺して解決しようとする輩と判断して執行しますので。はい10、9、8――……」
情報が出回る前である意味良かったのかもしれないな。
ストレスは溜まるが、こうして舐め腐ってくれたまま、ちゃんと逃げずに待機してくれているのだ。
もし手紙がもっと早くに届いていたら、最悪は辺境伯がコイツらを連れてどこかへ雲隠れしていたかもしれない。
「はい『0』――、トン、『塞げ』」
ズズズズ――……
入り口が巨大な岩で塞がれ、これで宝物庫同様、この者達の逃げ道はなくなった。
執事の爺さんが言っていた通り、狩り尽くすには都合の良い環境だ。
「それじゃ、始めますか」
綺麗に振り返り、轟音と共に塞がっていく後方の入り口を眺める兵士達。
ならば丁度良いかと、その背中に向けて、本で学んだいくつかの魔法を試していく。
『切り裂け、”光鞭”』
「あぐ……ッ」
「はがっ……!」
「うーん、あまり好みじゃないな」
『捕らえろ、”黒鎖”』
「うあぁああああ、ッグぶぅ!?」
「これは、使い方次第か?」
『降り注げ、”氷牙”』
「ぁ…、ッ……」
「ぎぃいぁああああ!?」
「おゴッ!?」
「たた、退避! 退避ぃー!」
「た、隊長! これ以上逃げ場が!」
「まずっ、ちょっとやり過ぎたかも……」
『【忍び足】Lv9を取得しました』
うーん、魔法はダメだな。
壁を壊しそうだし、威力を意識して抑えるようにしていたが、それでも降り注いだ氷柱は勢い良く兵士達を串刺しにしていく。
「お、レベル9はボーナス能力値180だったか」
でも、やっとだ。
単体のスキル上昇で、ようやくボーナス能力値の上昇幅が一つ判別できた。
そして潰したのは――、横たわっている人の数からすると500人から1000人くらいだろうか?
欲を出さないようにと強く意識していることもあってか、今のところ特別な変化は感じられないまま、数をカウントしつつ死体を回収。
奪った武器で、寝たフリをしたままやり過ごそうとしていた兵士達の首を落とし、少しずつ少しずつ、数を減らして追い詰めていく。
「ひ、怯むな! 相手はたった一人だぞ!」
「囲え囲え! 同時に攻めろ!」
「ぶっ、ブッ殺してやらぁああああ! はあ!?」
「ちょっ……こ、こいつ! 全然斬れねぇッ!!」
(大丈夫、俺は大丈夫だ)
「はっ……はっ……ジュ、ジュロイに! 喧嘩を売るつもりがあッ!?」
「レイムハルト辺境伯が黙っ、……っでェ!?」
「待て! 待てって! ちょっと待っち――……」
『【釣り】Lv9を取得しました』
(俺は欲に狂ったりなんかしない)
「すす、すみませんでした! 換金した金は返すがらあっ!?」
「奴隷になる! なるから! 一先ず止ま、……っ――」
「どど、奴隷にならせてください! おねげ……ッ」
『【氷属性耐性】Lv7を取得しました』
(そう、思っていたのに)
カウントが3000を超し、目に見えて兵の数が減ってきた頃には、自分には何も起きていないと。
そう思い込むだけでは抗えない感情が込み上げてくる。
決してあの時のような強烈なものではない。
まだジワリと滲み出ている程度だが、なるほど。
確かに『足らない』という、ただの欲というよりは渇望に近い衝動が僅かに襲ってくる。
「腹の減りや喉の渇きを我慢しているようなもんか……」
「な、何ぐぉッ……!」
「あぁ、どうせ死ぬんですから気にしないでください」
だが、”耐えること”には慣れているんだ。
この程度ならまったく問題ない。
あとはこの衝動が強くなるか、だが――。
『【視野拡大】Lv10を取得しました』
(きた……カンスト、能力値上昇は、300……)
武器で必死に土壁を掘ろうと足掻く男達の身体を背後から裂いていき。
羽虫のように、鬱陶しい声を撒き散らしながら逃げ惑う男の頭部に拾い上げた武器を投げ。
糞尿を垂らしながら、狂ったように笑う男の咥内を貫いて。
不快な存在を潰していく度に衝動は少しずつ強くなっていくも、スキルアナウンスのタイミングで強烈に上昇するという感覚はない。
【心眼】を使い対象の所持スキルを事前に覗くようにしていたが、強者かどうかも体感できるほどの影響はないように感じた。
『【体術】Lv10を取得しました』
(相手の立場も、強さも関係なく、単純な数――、魔物では異変は起きないのだから、人を殺した数でまず間違いなさそうか)
そして、一通りのゴミ掃除を終えた時。
「ほ、本当に、全ての兵を……」
案内役として連れてきていた執事の爺さんを見て、あぁこれはやはり間違いないなと。
とどめのように悪影響を及ぼすデバフが作用していることを認識した。
ここに来るまで殺そうとも思っていなかったこの爺さんが、今は兵士よりも上質なスキル経験値の塊に見えてしまい、思わず喉が鳴るのだ。
あの時――、ばあさんの遺骨を届けようとして、でもオルグさんの前には決して出られないと感じた時と同じ。
比較すれば今の方が遥かにかわいいモノだけど、それでも多少は抑えようという気持ちが自然と働く。
となれば、後はこの感情の変化と経過を頭に叩き込むだけだ。
同等数でよりこの感情が強くなるか、もっと早い段階で到達すれば、その時はまず間違いなく原因となるスキルのレベルが上がっている。
その時にほぼ『白』だとは思っているが、【獣血】のスキルレベルが一切上昇していなければ、空白スキルの正体にこのデバフが絡んでいるということで間違いないだろう。
他にデバフが絡む怪しいスキルなんて見当たらないのだから。
(皆に伝えるのは、どのタイミングにすべきか……)
ふぅ――……
あともうひと踏ん張り。
川の向こうで絶望していた人達の願いを叶えるためにも、まだもう少し頑張らないとな。
そう思って爺さんと、横で失禁したまま虚ろな目をした辺境伯に視線を向ける。
「ではお爺さん、次はオーバル家の所まで案内してください」