Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (426)
418話 グリムリーパー戦
不気味な音と共に、少しずつ減っていく穴の中の骨。
その様子をジッと眺めていると、どういう原理なのか。
底に吸い込まれていた穴の動きがピタリと止まり――
「いた! 北西ッ! 今回は少し遠いぞ!」
副長リュークさんの叫びと共に、一同が北西に視線を向ける。
が、いない。
一瞬、頭に疑問符が浮かぶも、よく見れば全員の顔はやや見上げるように傾いていて、目で追えばようやく逆さになって天井を這う、グリムリーパーの姿を捉えることができた。
「きもっ……」
真っ先に思ったことが、そのまま口から零れ出る。
下半身は近いところで言えばゲジゲジだろうか。
胴体部はそこまで長くないけどかなりの多脚で、長い脚の先から伸びる鋭利な爪を石壁に刺しながら、ガサガサと縦横無尽に動いている。
そして反ったように上へ延びる上半身は、人とは形の違う頭蓋を持った蟷螂に近い。
巨大な鎌が2本の腕に備わっており、腹は網の目のような何重もの骨に覆われていて、その中心には魔石と思われる黒い石が存在していた。
はっきりと分からないのは、完全に取り切れてはいなかったからだろう。
魔石の一部を覆うように、黒っぽい腐肉がべっとりと付着していたためだ。
(象牙色だった骨まで黒くなるのか……)
ソッと穴に視線を戻し、深さを再確認してからグリムリーパーへ視線を戻す。
身体は巨体だが、それでもせいぜい10メートルほど。
穴に放り込まれていた骨の量と明らかに質量が見合っておらず、骨が凝縮されているとか、そんな理由で強度が増し、素材価値も高まっているのかなと。
そんな推察をしていたら、アウレーゼさんの指示が飛んだ。
「射程範囲内に入るまでは緩やかに前進! 遠距離部隊! まずは釣るよ!」
50名ほどの隊がゆっくりと動き始めるその姿を、上空に浮かびながら静かに見守る。
班の振り分けが無かった俺は、今回も一人だけの遊撃隊だ。
ハンターギルドからの依頼である以上、何もせず棒立ちで報酬を得るのは良しとしないという考えもあるようだが……
それ以上にアウレーゼさんは、昔を知らない若い世代のハンター達に、骨の比率を変えた時の変化を経験させたいという思いが強いようだった。
だからか、俺に唯一下りた指示は、
誰
か
が
死
に
そ
う
な
ら
全
力
で
倒
し
て
く
れ
という分かりやすいモノ。
ならばそれまでは逆に手を出さないでおこうと、宙に浮いたままボスと皆の動きを観察する。
巨大な聖堂がそのままボス部屋となり、周囲には雑魚が普通に湧くなんて初めてのことなのだから、これはこれで有難い提案だ。
ソロソロと、ゆっくり近づく一同。
そして射程に入ったのか。
アウレーゼさんの号令により、
「てぇええッ!」
各々がゆっくり動きながら準備をしていた魔法や矢、それに投げ槍なんかが、一斉にグリムリーパーへ放たれる。
すると、衝撃でボトッと地上に落ち、ここでようやくボスもこちらを認識したらしい。
と同時に掛かる次の号令。
「三点突撃ぃいい!!」
「ん?」
両サイドと正面から挟み込むように、三手に分かれて突っ込む近接組。
対してグリムリーパーは対峙するでもなく、カサカサと逃げるように後方へ移動していた。
「チッ! 三点から二点に! 2班、3班、4班はそのまま周囲の魔物を殲滅したら左方に広く展開! 逃げ道を潰せ! 他はそのまま追走! 後方部隊は上空のリッチを引きつけてから落とせ!」
凄いな……
まだ俺にはなんだかよく分かっていないが、戦況は目まぐるしく変わり、ボスの動きに対して数秒単位で指示が変更され、いくつかの塊となったハンターが波のように動いていく。
かつて壇上に立ち、遠くからブレークとだけ叫んでいたアホのフィデルとはえらい違いだ。
しかし、ここまで魔物らしくない動きを取るとなると、よほどコイツの優先度は高いのか?
そう思っていると、ようやくボスの目的が果たせたようで事態が動いた。
「へぇ……これが【共食い】か」
グリムリーパーは背後にいたトロルデッドを、2度、3度と噛み砕きながら捕食。
すると先ほど遠距離攻撃によって削られていた骨の一部が徐々に修復され、さらに魔石周辺を完全に覆うほどの腐肉が腹にこびり付く。
そして準備完了とばかりに、グリムリーパーも攻勢に転じ始めた。
(盾職が【挑発】でもかましたのか)
急に方向を変えたのでヘイト管理はできているようだけど、バカデカい鎌が上空から勢い良く振られてかなり大変そうだ。
周囲は行動阻害目的なのか、それとも届く範囲が限られているからなのか。
骨で形成された多脚の切断に奮闘しているけど、流れ的にある程度のところまでいけば、まだ【共食い】による捕食で回復することが予想できる。
たぶんそうなる前に逃げ道を塞ぎ、動きを止め、受肉が少ない段階で魔石まで到達できるかが討伐成功のカギになるのだろうが……
上空からはリッチが、【闇魔法】で貫通性の高そうな黒い球体と槍を生み出し。
トロルデッドは人の塊に突撃しながら【毒霧】を吐き。
デスナイトは影から急に湧いて斬りつけてくるのだから、半分近くは周囲の雑魚処理対応といった感じで攻撃の手が分散していた。
それに、やはり今回は、いつもと少し違うらしい。
「ッ……! 今回硬くねーか!?」
「脚が、なかなか落とせねぇ!」
「槌持ち! 骨砕いて腹に穴開けろ! あんま時間ねーぞ!」
「おらァ!!」
「きたよ! 一発目! 身体が持ち上がった!」
「総員! 全力撤退! 決して振り返るんじゃないよ!!」
「……?」
ここで明らかに、動きが変わった。
グリムリーパーは強引に身体を起こして腹を持ち上げ、鎌の形状をした2本の腕も高く持ち上げる。
それはまさに威嚇のポーズに見えるが、皆はその動きが何を意味するのか理解しているようで、全員が敵に背を向け、一斉に周囲へ散るように走り出す。
それはヘイトを取っていた盾職も例外ではなく、何が起きるのか慎重に見守っていれば、グリムリーパーの口が異常なほど左右に広がった瞬間――
「う、おっ……」
俺の身体がビクッと反応し、すぐに全身が総毛立つ。
一方でグリムリーパーはというと、すぐに10メートル近い巨体を使って押し潰すように、先ほどとは違う方向に向かって勢い良く倒れていた。
「なるほど……急いで逃げなければ、上から降ってくる鋭利な多脚で串刺しにされるってわけね」
皆が背を向けてでも全力で離れた理由はこれかと、ボスの動きを見ながら一人納得する。
そして、先ほどの身が竦み、思わず後退りたくなるあの感覚は、もう一つの初見スキル。
【恐怖】でまず間違いないだろう。
感覚的には【威圧】に近いが、何か少し違う。
まず瞳の無いグリムリーパーと目を合わせていないし、何より影響が通常の【威圧】より明らかに強い。
アウレーゼさんは全員に対して”振り返るな”と指示を出していたことから範囲型ではありそうだけど……
【威圧】の上位互換とも言える【咆哮】や【威嚇】と違って、影響を受けていたのは一番遠い位置にいた俺だけっぽいし、こうして眺めているだけではよく分からないスキルだな。
まぁ、死に直接繋がるような類でもなさそうだし、もし俺が使えるようなら検証なりしていけばいいか。
その後はグリムリーパーが最も近場にいたデスナイトを捕食し、骨の一部修復と僅かな受肉をさせてから先ほどの【恐怖】を放ったことで、行動サイクルと捕食の特性も概ね把握。
情報収集はもう十分だし、そろそろいいかな~と思いつつ眺めていたら、
「ぐっ! 【挑発】が撃てん!!」
「チッ! 私が撃つ! 他は一旦下がれッ!」
かなり焦った男の声と、決死の形相で一人前に出る、盾を持たぬアウレーゼさんの叫びが聖堂内に響き渡る。
射程はまったく問題無さそうなのだから、きっと上空を浮遊する魔物。
リッチの【封印】でスキルが発動できない状況なのかもしれない。
……なら、もういいか。
約束とは少し違うかもしれないけど、俺の目にはアウレーゼさんが今にも死にそうに映ったのだから、そろそろラストアタックを頂くとしよう。
――『転移』――
「はい、交代でーす」