Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (431)
423話 動き始めたクアド商会
「お、おぉ……?」
ベザートの上空に飛んだ俺は、その光景に唖然とした。
数本の大通りを中心にして、碁盤の目のように交差する細い道。
それらの道沿いは外周部にいくほど作りかけも多いが、所狭しと茶色い家が建ち並び、大通りには多くの人影を確認できる。
ラグリースとアースガルドを繋ぐ川沿いの道も人がそれなりに行き来しており、よく見れば荷車だけでなく、馬が牽いた馬車まで動いていて―――。
「うぉおおおお!? もうだいぶ町っぽくなってるし!!」
元が空地、というより魔物の住む鬱蒼とした森だったのだ。
一から作られていったその工程を少なからず見ていただけに感動も一入。
大急ぎで滑空し、クアド商会の屋上で寝そべりながら町の入り口を見ていたスナイパーリルの上に伸し掛かる。
これは先日猪のように突っ込まれたお返しだ。
「へごっ!?」
「ちょっとちょっと! 久しぶりに日中来たら、すんごい町っぽくなってんだけど! なんで教えてくれなかったの?」
「な、なんでって、ロキは知ってたんじゃなかったのか?」
「いや、リルの狩ってくれたユニコーン肉とか届けてたけど、明るいうちはずーっと別の国のマッピングを進めてたからね。たぶんまともにこの町の状態を眺めたのって、3週間とか4週間とかそのくらい振りだし」
「怪しい強者が入ってこないか、私だって明るい時間は常に【神眼】で入り口や周囲を見張っているのだ。暗がりの中、転移で入ってくるロキがこの町に来ているかなんて把握できんぞ」
「あー、なるほど。あはは……ごめんごめん。一度も【神託】が無かったってことは、今のところ問題無し?」
「うむ。明らかに商人と分かる者達が増えてきたのと、あとは身なりの良さそうな旅人も少し増えてきたな」
「なるほどね……んーじゃ、そこら辺はクアドと町長に聞いてみるか。あ、今日の晩御飯はジュロイで初めて見たいろいろな料理と、果物の蒸留酒なんてのも沢山買ってあるから期待しといてよ」
「おほ~!」
それだけ告げたら屋上から飛び降り、店の入り口を見張る黒象ギリコに余っていた腐肉を上げたらお店の中へ。
すると入り口正面の複合カウンターには、会計を待つ数組の商人と思しきお客さんが。
他にもモノでゴチャゴチャした店内には、荷車を押しながら商品を見ているお客さんが複数人おり、既にお店として機能している――というより、そこそこ繁盛しているようにも見えてしまう。
その証拠にカウンターで対応している魔石屋のミザールさんと、10代後半くらいに見える見覚えのない若い女性。
それにベッグさんと行動を共にしている元奴隷組の厳つい顔をした二人は、男女でペアを組みながら忙しなく対応していた。
「いらっしゃいませ~」
なんとなく日本にいた頃の感覚で、お客さんがいれば挨拶をしてしまう。
するとその声にすぐ反応したのはミザールさんだった。
「あぁ! 良い所に! ちょっとマギーちゃんの方を手伝って!」
「え? ええ?」
意味が分からないままカウンターに呼ばれ、元奴隷組がお客さんの荷車から拾い上げた商品の値段を読み上げられる。
どうやら計算しろということらしい。
「ちょ、待って、せめて書くもの……」
横の女性から薄い木板を手渡され、読み上げられた数字を書きながらチラリと様子を見れば、横のミザールさんペアも同様のことをやっていた。
そして買い物しているお客さんは、身なりからして明らかに商人だろうな。
仕入れだとすぐに分かるくらい、大量の商品を荷車に詰め込んでいた。
(だからペアを組んでたのね)
元奴隷組は計算苦手そうだし、カウンターの外でお客さんの荷物をカウンターに置く係と、次々代金を計算していく係。
確かに効率的だが、切実に電卓が欲しいとも思ってしまう。
――そして十数分後。
「ふぅ~とりあえず落ち着いた?」
やっと並んでいる人がいなくなり、元奴隷組がお客さんの荷車を押して外に出ていくのを見届けながら大きく息を吐く。
横のカウンターにいるパイサーさんは商人風の男と話し込んでいたが、会計ではなく相談や交渉といった雰囲気なので、俺がヘルプに入るほどでもなさそうだ。
「さすがだね! ロキさんならできると思ったけど、めちゃくちゃ計算早い!」
「いやいや、それでも大変だねこりゃ。みんな凄い纏め買いしてるし」
「商人の人達がだいぶ増えてきたからね~。あ、この子雑貨屋の娘さんでマギーちゃん。急に忙しくなったから、店長から許可貰って助けてもらってたんだ」
「マギーです。お金の計算をできる人が欲しいって言われて来たんですけど、そこまで早くはできなくて……助けてもらっちゃってごめんなさい」
「あぁ~全然全然! 逆に助けてもらって感謝していますから。もし今後も可能なら、給金の交渉くらいクアドにしておきますので、ぜひこの商会を助けてあげてください」
「そ、そんな、雇ってもらえるならこちらからお願いしたいくらいです!」
散々人様のスキルを覗いてきたからな。
【算術】レベル3を所持し、計算が滞りなくできるという時点でそれなりに優秀だ。
先ほどの商人を見ていても急かすような素振りはなかったので、この世界であれば多少もたついたところで問題ないだろう。
ただ、今後も考えればもう少し人は欲しいか。
「ミザールさん、クアドはどこに?」
「店長なら奥で値付けやってるはずだよ。まだ全然終わってないからね~」
「なるほど……それじゃちょっと見てきますね。お二人とも頑張って!」
言われた通り奥に進みながら店内を見渡していると、たしかに陳列されている品はフロアの一部といった感じで、奥にはまだまだ物凄い量の商品が積み上がっていた。
そしてその横には、次々と元奴隷組が持ってくる品に、何か指示を出しているクアドの姿が。
「こっちは8万ビーケ、これは6万ビーケでも絶対売れるっすね! 虫にちょっと食われたくらいならまだまだ余裕っすよ」
近づくと値付けをしている真っ最中といったところで、すぐ小さな木板に値段が書かれて、麻紐っぽいもので堅く結ばれた商品は区分けされた陳列棚に運ばれていく。
ベッグさんは数人の仲間と工具片手に別の場所で陳列棚作ってるし、だいぶ店っぽくはなってきたけど、まだまだ時間は掛かりそうだな……
「お疲れ様~忙しいところごめんね」
「あ、ロキさん! 凄いっすよ! 想像以上に商人の動きが早くて、モノが飛ぶように売れていくんす! もう仕事が追い付かねーっすよぉ~!」
「そ、それにしては、気持ち良さそうな顔してるけど……」
「当たり前じゃないっすか! ギリギリを攻めた金額で、モノが次から次へと捌けていくんですよ!? こんな気持ち良いこと他にあるっすか!?」
「な、ないと思います」
なぜかクアドはどんどん快感に浸るような……深い恍惚の表情を浮かべていた。
かなり顔が気持ち悪いことになってるけど、この犬獣人は大丈夫なのだろうか。
このままではまったく話が進まないんだが……
「えーと、クアドさん?」
「へあっ、あ、大丈夫っす、それでどうしたっすか?」
「まず現状困ってるっていうか、こうしてほしいっていう要望はある?」
「ん~そう言われるとやっぱり人手っすかね。まだまだ棚は足りてませんし、俺っちも値付けと夜の帳簿に追われて、全然高級店の方は手が付けられていないですし」
「やっぱり人か……そこはクアドの裁量で、好きに人を雇っちゃっていいよ? カウンターにいた助っ人の女の子も、このまま働きたいって言ってたしさ」
「おぉ~そうっすか。それじゃあどんどん募集掛けちゃうっすけど、本音を言えば慣れた人も欲しいっすね」
「具体的には?」
「帳簿が付けられる人っすかね。そうすると値付け作業が一気に進められて、売り物も増やせるっすから」
「帳簿か……さっきお会計の仕事手伝ってきたけど、あの木板と売上金を照らし合わせるくらい?」
「っすね。ただ凄い量なんで、計算と金勘定が得意な人がいると助かるっす」
「あぁ、じゃあアマンダさん――」
そう言いかけて言葉が詰まる。
いやいや、駄目だな。
一番卒なくこなしそうな人だが、あの人にはあの人で、地球産の便利アイテムを本格的に開発したいという夢がある。
主に町の女性達の纏め役もやってもらっているし、いずれハンターギルドも作ればそちらとの兼用にもなってくるだろう。
数日のヘルプくらいなら問題無くやってくれるだろうが、帳簿なんて毎日の作業なわけだからとても――……いや、一人。
もしかしたらやってくれるかもしれない人がいるか。
あれからまったく会っていないが、元気にしているのかな。
「オッケーそれじゃダメ元で知り合いに当たってみるよ」
「そうしてもらえると助かるっす」
「あとここで2種類の地図も独占的に販売するから、人の募集を掛けるならそっちも一緒にやってもらえる?」
「え? どういうことっすか?」
「『未完大陸図』と『ハンターマップ』、この2種をここだけで売ろうと思ってさ」
そう言いながら現物を見せれば、クアドは大陸図の方に視線を落とし、すぐに目を見開いたまま固まった。
「ま、マジっすか……規模がそこそこの商人ならめちゃくちゃ欲しがるっすよコレ!」
「ふふ、どんどん更新されていく地図も面白いでしょ? 希少だけど【写本】か【自動書記】のスキルを持っている人、もしくは本や地図の複製でこれからも食っていこうとしている人なら、『女神様の祈祷』でスキルを覚えても良いと思う。必要なら俺がサポートくらいはするしね」
「羊皮紙の入手先は確保できてるっすか?」
「もちろん。その国の王に口利きしてもらってるから、よほどのことが無い限りは安定的に仕入れられるかな」
「は、ははっ……この時点で震えるんすけど……了解っす。それじゃ店の前にでも募集の立て看板作って人集めしてみるっすか」
「うん、給金は十分満足いくくらい支払っていいから、やる気のある人どんどん雇っちゃって」
最後に差し入れとして軽い食事と、買っておいた蒸留酒をまとめて置いておく。
拠点用のお土産がなくなってしまったけど、また行けばすぐに買えるからな。
「ちょー!? ロキさん、これ絶対高いやつっすよね!? 売り物にしちゃっていいっすかー!!」
「駄目、ここで働いている人達用に置いてくんだから、売り物にしたら死刑」
「てっ、手厳しーッ!」
後ろで大騒ぎしているクアドと、頭を抱えながら違う騒ぎ方をしている元奴隷組に苦笑いを浮かべつつ。
次は町長を探しに店の外へ向かった。