Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (479)
469話 想定外
ご~ん、ご~んと、街中に鳴り響く朝の鐘の音。
その音を目安に一度作業を止め、確認のためにハンターギルドへ顔を出すと既にオムリさんは仕事をしていた。
「――というわけでして、正規に奴隷落ちして建物の中に残っている人達と、無理やり落とされて解放した奴隷の人達の手助けはお願いしますね」
「もちろんです。すぐに緊急依頼を出し、レサ奴隷商館にハンターと、念のため職員も数名向かわせましょう」
そう言って職員が呼ばれ、纏められた依頼内容を片手に退出していく。
見張りをしてくれているフェリンからは連絡がないので、早急に動けばまず問題はないだろう。
「それにしてもさすがですね。私が報告書をお渡ししてからまだ2日、たったそれだけの期間でレサ一家は崩壊し、幹部連中も全滅。加えて怪しいと踏んでいたアトスターク侯爵家まで取り潰しが確定するとは……」
ニコニコと、揉み手をしながら称えるオムリさん。
なんと白々しいことか、その姿に溜息を吐きながらも言葉を返す。
「どうせ分かっていたんでしょう? ここまで規模が広がることくらいは」
「いえいえ、まさか本当に侯爵家まで国を売るような悪事に手を染めているとは……可能性としてあり得ると、その程度でしたから」
この人の場合、表情から真偽は読み取れない。
でも最初の時点で、シャイニー・レサが生きているかのように伝えてきたのがおかしいのだ。
これだけ情報を握っている人が、10年近くも前に亡くなった主要人物の状況を理解していないわけがない。
レサ奴隷商館がマリーに乗っ取られていることも、その切っ掛けとなる侯爵との関係も概ね理解していた。
その上でバルニールの一件に首を突っ込んできた俺を、都合良しとばかりに利用して邪魔な存在を一掃、ついでに自分の名と功績をオスカー王に売った。
こう考えた方がよほど納得できる。
まぁ問い詰めたところで誤魔化すだけだろうし、こちらにも強烈なメリットが生まれたので文句を言うつもりはないが。
ただ今後も都合良く俺を利用できると勘違いされては困るので、面倒ではあるけれども、理解してもらうための一手くらいは打っておいた方がいいのかもしれないな。
「それはそうと、解放奴隷の中に一部……というほど少なくないかもしれませんが、うちのアースガルド王国に越したいという人達がおりまして」
「なるほど、この街にもう居場所がない者もいれば、他所から連れ去られた者達も相応にいるでしょうからね」
「ええ、なのでその手配をお願いできませんか? それこそ街に巣食う害虫駆除の礼ということで」
「その程度はお安い御用です。入り口の町ベザートでよろしければ、馬車に十分な護衛のハンターを付けて希望者を送り届けましょう」
「助かります」
あとはオムリさんに任せておけば大丈夫だろう。
礼を伝え、マリーからの余計な横槍が入るまでに全てを終わらせるため、俺はすぐに作業の続きを開始した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
未だ値付け待ちの品で埋め尽くされている、クアド商会の最奥。
「やほ~」
「……ボ、ボス!? って、なんでわざわざ壁を壊して現れたんだよ!?」
その壁を裏手の森側から壊して入ると、遠くでベッグと数人の元奴隷従業員がこちらに気付いた。
あぁ、丁度良いね。
手招きするとこちらに来てくれる。
「壊したというか、
繋
げ
た
んだけどね。どう考えてもこっちに入りきらない量の売り物を仕入れてきたから、今後は横の別区画を倉庫にでも利用してよ。今までより3倍くらいは広く作ってあるからさ」
「……え?」
「その分売り場までの距離は遠くなっちゃうけど、『新奇開発所』に運搬用トロッコの草案を伝えていけるか相談しておくから、たぶんこのくらいならいずれは解決すると思う」
「トロッ……は?」
「あ、こっちは全て売り場として機能するように、この辺りに溜まっている値付け待ちの商品は全部向こうに運んでおくからね」
「ちょっ、待て待て! ボス、一回店長呼んでくるからちょっと待ってくれ! 俺じゃ何言ってんのかさっぱり分からねぇ!!」
そう言い残し、焦ったように酷いガニマタで走り出すベッグを眺めながら、とりあえず荷物整理だけは先に進めておく。
商会の裏に追加で用意した巨大倉庫。
最初は複数回に渡って持ち運んだ商品候補の置き場に困って一時的に作ったようなものだけど、レサ奴隷商館のようにきっちりバックヤードを設けた方が、場所も広く使えて管理もしやすいだろうし、見た目的にもスッキリするからな。
分別もまだのまま、ただ積み上げるように置かれていた一角をひたすら収納していると、ベッグに連れられたクアドが登場。
「ロキさん何事っすぅ――……、って、でかっ! この奥でか~~~ッッ!? ずっと地面から変な音がするなと思ってたら、こんなの作ってたんすか!? というか、なんすかこのとんでもない物の数は!? 尋常じゃないんすけど!?」
「19店舗抱える大きな商会の売り物を全部掻っ攫って、そこの商会長の資産と、あと商業ギルドの支局長が貯めこんでいた資産とか……悪い幹部連中の持ち物全部押収して、ついでに侯爵家の資産も別宅含めて丸ごと回収してきたから」
他にも飛びながら【広域探査】でレサ一家の残党を探し、呑気に家で寝ているところを片っ端から襲撃。
独り身であれば丸ごと強奪を繰り返していたが、まぁそこら辺は量が多いだけで、大した資産価値があるわけでもないのでいいだろう。
「19店舗って、あのキウス商会より断然大きいじゃないっすか!?」
「フレイビル王国で一番大きい商会だったみたいだしね」
「フレイビル……もしかしてサザラー商会っすか?」
「そうそう、色気のある女商会長の」
「オルトラン王国にも根を生やすミスリルランクの豪商じゃないっすか……それを、全部……」
「いや、店長。それより、さり気なく侯爵家の資産を丸ごととか言ってんのが怖過ぎるんだが?」
「商業ギルドの支局長っていうのも意味が分からないっすね……ロキさん、またどっかで戦争でもしてきたんすか?」
「ううん。ちゃんとフレイビルの王様に許可を貰って、悪い組織をぶっ潰してきただけ。俺もこんなに話が大きくなるとは思わなかったけど、何も問題になるようなことはないから安心していいよ」
「そっすか~、王様から許可貰ってんなら安心っすね!」
「そうそう、安心安心」
「「「……」」」
マリーが報復に出たら一番厄介だけど、脳みそ使って動くタイプだからこそ、その可能性は極めて低い。
俺はマリーが得意とする間接的な攻撃をしているだけだし、仮にその報復としてベザートに直接的な攻撃でも仕掛けようものなら、アルバート王国はヴァルツの二の舞。
本人は逃げ延びたとしても、俺は何があろうとアルバートを丸ごと潰すつもりで報復に出るので、マリーは築いた地盤や居場所、それに自国の資産を大きく失うことになる。
まぁだからこそ、こちらもアルバート王国を直接的には叩きづらかったりもするのだが……
弱小王国と世界の富を牛耳るほどの強国とでは、お互い本気でやりあった時の損失が桁違いなので、まだまだマリーが本腰入れて構えるような段階には入っていないだろう。
諜報などの裏工作くらいは当たり前のようにしてきそうだけど。
「これ、いったいどれほどの資産価値があるんっすかね……」
クアドの何気ない問い。
そんなの俺だって分からないが……
「少なくとも今回で1000億ビーケ近い現金も手に入ったし、そういう金持ち連中が対象だったから相当な額になるんじゃない? 家も意味が分からないほどデカいのばっかだったし」
「ぶっ! 1000億とか、多過ぎて想像もできないっすけど!?」
「俺も俺も。でも50億100億くらいならすぐ慣れると思うよ。今回は高く売れそうな家も持ってきたからさ」
「ん?」
「金持ち連中が住んでいた家、全部持ってきて町の奥に設置しておいたから、アレも商品だと思って高く売っちゃってよ。ははは、頑張れクアド不動産」
「「「んんんんんんん~???」」」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
コンコンコン。
「どうぞ」
「おや、ギルマスはもうお戻りでしたか」
そう言いながら扉を開けたのは、ハンターギルドロズベリア支部のサブマスターである男だった。
重要な会議があるという話を聞いていたので、もう戻っていたことにやや驚きの表情を浮かべる。
「ええ、商業ギルドの副支局長とは事前にこの事態を想定して打ち合わせていましたから。それより、レサ奴隷商館はどうでした?」
「解放奴隷達の対応はひとまず完了しました。中が随分とスッキリしていましたけど、犯罪奴隷と借金奴隷と思われる連中も約140名ほど残されていましたね」
「では国の指示が入るまで、その者達の生活支援はうちでするように。それと移住者の数はどうでしたか?」
「総勢254名、ですね」
この数を聞いた直後にオムリは書き物の手を止め、顔を上げながら確認の言葉を返す。
「事前調査だと奴隷総数はおおよそ450名を少し超える程度だったかと思いますが……解放組の8割ほども移住志願者が出たわけですか」
「一応理由も確認したところ、帰る場所が既に無いなどの想定していた理由の他、ロキ王に恩義を感じて移住を決意した者達も相応にいることが分かっています」
「ふむ、抱えるリスクを減らすために公表しない可能性が高いと踏んでいたんですけどね……彼は名乗りましたか」
「いえ、厳密には寒さに震える解放奴隷達の姿を見兼ねたロキ王が、何も無い空間から木材などを取り出し火にくべたことで気付いた者がいたらしいですね」
「なるほど……救出者が異世界人であり、一国の王ともなればその影響力は甚大。想定より遥かに多いですが、彼との約束もありますので馬車の手配と護送用のハンター募集を進めてください。1台6名乗車の計算で進めていけば問題ないでしょう」
オムリはそのように結論付け、用件は終わりとばかりに手元へ視線を戻したが、なぜかサブマスターは退室しなかった。
「まだ、何か?」
「はっ、それとは別口で移住希望者が1階に集まっているようですが、そちらは如何しますか?」
「……どういうことでしょう?」
「主に侯爵家で抱えられていた奴隷達のようですね。見目麗しい者も多いので、例の悪趣味で囲われていた者達かと思いますが」
「そちらの奴隷ですか……数は? どのくらいです?」
「既に60名ほど、強引な奴隷化から私兵や使用人をやらされていた者もいるようですし、数は増え続けております」
この言葉を聞き、オムリは動揺を悟られないようにしつつも大きく息を吐く。
まさか侯爵家に買われ、既に囲われている連中まで面倒を見ることになるとは思いもしなかったからだ。
腐っても侯爵家、私兵や使用人の数だけで言えば優に2000は超える。
当然全てが強制的な奴隷落ちで構成されているわけではないにしても、いったいどれほど数が膨らむかはオムリを以てしても想像できなかった。
「ふぅー……止むを得ません。約束ですから、その者達も手配するしかないでしょう。希望者が溜まらないよう、10の馬車を用意できたらそれを一団としてすぐ出発するようにしてください。このままでは馬車の数も心許なくなりますので」
この言葉に同意は示しつつも、サブマスターは怪訝な表情を浮かべながら言葉を返す。
「承知しました。が、先ほどからギルマスが言われている『約束』とは……?」
「ロキ王との約束ですよ。あのクロイスが守護し、複数のランカー傭兵まで出入りするレサ一家を殲滅するなど、彼の助力無しでは到底叶いませんからね。その礼に、アースガルドへ向かいたいという者達の旅の手配をこちらで請け負ったのです」
「……それはもしかして、費用面も、ですか?」
「そうですが?」
この時オムリは、サブマスターの表情が急激に曇る様を見て取り、直感的に何か大きな問題が起きていることを悟った。
「で、では、大丈夫なのでしょうか……?」
「何が、ですか?」
が、それがなんなのか。
分からず問いながらも答えを探し――、恐ろしい予測に辿り着いたところで、サブマスターの聞きたくもない報告が耳に入る。
「ギルマスが商業ギルドの副支局長と打ち合わせをされている間、ロキ王がこちらに来られていたようなのです。私もレサ奴隷商館に向かっていたため、対応したのは受付の職員ですが……」
「……」
「マリーに悪用されないよう裏鉱山を全て潰し、麓に連なる鉱山街も一通り『選別』してきた。『白』の解放奴隷は中心にある侯爵家跡地に全員移動させておいたから、あとの対応をよろしく頼むと」
「そ、それは……いったい、何人いるのですか……」
「わ、私は裏鉱山なるものを初めて聞きましたので、規模はなんとも……ただ正規の鉱山だけを見ても、それはもう凄まじい数としか……」
「ぼっ……」
「ぼっ……?」
「ボサッとしてるんじゃありません! 今すぐ侯爵家に向かって調べてくるのです!!」
「は、ははっー!」
普段まず見ることのないオムリの剣幕に驚き、勢いよく部屋を飛び出ていくサブマスター。
その姿を確認したあと、一人になった自室でオムリは全身から生気が抜け切ったように深く腰掛け、ぼんやりと天井を見上げていた。
馬車の数は当然として、このままでは護衛の数も足らず、最悪は過剰とも言えるAランクハンターまで護衛依頼の対象に含める必要が出てくるかもしれない。
そうなれば費用は莫大な上、クオイツの魔物獲得資源量が減るためギルド収益にも大きな影響を及ぼしてしまう。
しかし、向かわせる時期を延ばせば、相手は解放直後の奴隷達。
そもそも住む家がないから向かう者も多いわけで、延びた分だけ衣食住の面倒を見る必要が出てくる。
そうなれば、数次第では今回の転送収益など軽く消し飛ぶほどの金が飛んでいくのではないか……
そんな考えが脳裏を過ぎった時。
「これほどの規模になるなんて、聞いてませんよ……ロキ王」
思わず漏れた、心の叫び。
しかし言葉を返す者も、ましてや慰める者もこの場にはいなかった。