Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (489)
476話 ノアという女性
身の安全、潤沢な素材を活用した服の製作、今までできなかった自由な暮らし。
いくつか思い浮かぶ中で、ノアと名乗った彼女が一番に望んだのは、自分のデザインした服を多くの人達が着ている――、その姿を眺めることだった。
こういう思考はよく分からないが、それが一番ということであれば行先は決まっている。
「ここがベザートという町になります。家はまだこの建物の部屋がかなり余ってるので、そこの一室を自由に使ってください。お金が貯まったら自分で家を建てるなり、好きにしてもらってかまいませんから」
「……」
だいぶ混乱しているようだけど、とりあえず黙ってついてきてくれているならそれでいい。
クアド商会の横に設置した、少し古めかしい雰囲気の漂う木造家屋。
元々は使用人用の住まいだったと思われるそれは、完全に部屋の区切られた集合住宅になっており、誰も人の住んでいる気配がないならいいよねと、ついでに侯爵家から持って帰ってきていたのだ。
地図の複製作業で在宅勤務をしていた人達の仕事場として、あとは商会で働くみんなの寮や休憩所にでもなればいい。
その程度の用途しかなかったので、空き部屋に収納していたノアさんの私物を放出し、仕事道具や衣類の素材は置き場に困って隣の部屋に置いておく。
貴族家の所有物だけあって作りはしっかりしていそうだし、案外この建物は今後も役に立ってくれそうな気がする。
「さ、さっきから、いきなり場所が変わったり、モノが突然現れたり……いったい何が起きてるの……?」
「ここまで移動してきたのも荷物を別の空間にしまっていたのも、どちらも【空間魔法】ってやつなんで、あまり気にしない方がいいですよ」
「あーそういうこと。こんな映画の中にしか出てこないようなスキルを願った異世界人が、自由に外を歩けるわけか」
「それはまったく否定できないところですね」
言いながら、改めてノアさんのスキルを【心眼】で見通す。
「でも【裁縫】【細工】【加工】がレベル10のトリプルチーターも相当凄いと思いますよ。それに良いか悪いかは別として、ノアさんは幼少の頃からずっとその腕を磨き続けているわけですし」
「トリプルチーター……確かに3つだね。戦闘の役にはまったく立たなかったけど」
それは3つともボーナス補正が『技術』だから。
狙った所に当てる、逸らす、ぶつけるといったテクニックの面で影響はあるにしても、筋力や防御力と違って数値が上昇したことによる恩恵は体感しにくい。
その代わり、本業の服飾ではかなりの効果を発揮していたはずだが。
「まぁこれからは戦闘なんて考える必要ありませんよ。そのために少しテコ入れしますから、僕についてきてください」
そう伝え、荷物を置いた後に向かった先は町の中にある教会。
移動しながらノアさんの職業が<服飾師>であることや、魔物の討伐経験はないこと。
それに祈祷によるスキル取得やレベル上昇の経験がないことも確認し、状況を理解した上でいつか異世界人を保護した時用に考えていた手順を踏んでいく。
「トレイルさん、この女性に職業選択をお願いしたいんですけど、今日はいけます?」
「おやロキ王、まだ大丈夫ですよ」
「それじゃあお願いします。僕も横で聞いてますんで」
「「え?」」
二人とも驚いているけど、いちいちこんなところで解説していたら終わらないからな。
それこそ王様特権発動で真横に居座り、狙っている職業の一つが出たところでトレイルさんのお告げを止める。
よしよし、技術値が高いおかげか、無事候補に挙がってくれて助かったな。
「ノアさん、職業は中級職の<
襲撃者
>にしてください」
「はぁ? せっかく<上級服飾師>もあったのに、なんで私がそんなわけの分からない職業に就かなきゃいけないのよ!?」
「まぁまぁ、細かいことは後で説明しますので、とりあえず言う通りにしておいてください。終わったらすぐに移動しますからね」
「え? どこに?」
「クオイツです。今から竜を倒しに行きますよ」
「……あんた、頭のネジぶっ飛んでるって言われない?」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
約4時間後。
ニューハンファレスト内のレストランでガツガツ飯を食っている女性がいた。
そう、狩場から帰還して急激にバージョンアップしたノアさんである。
最初は散々振り回したせいで不貞腐れていたが、戦利品の竜の肉で作ってもらったステーキにやられたらしい。
「こ、こんな美味しいお肉、食べたこと、ないわよ、ほんとに」
「竜のお肉って言ったら高いけど絶品で有名ですし、作っている人の腕がいいですからね。あ、ちなみに若返りのお肉とも呼ばれてるみたいですよ」
「マジ?」
「マジです」
「それじゃいっぱい服作って、毎日食べられるようにならないと!」
「ふふ、そうですね。これでノアさんが異世界人と断定されることはなくなりましたし、存分にこの世界の生活を楽しみながら、好きなだけ服作りに没頭しちゃってくださいよ。ここからノアさんの作る服が広がっていくことを楽しみにしていますので」
「まさか私が【隠蔽】までレベル10になるなんてねぇ……」
「Aランク狩場だと、祈祷を使ってもレベル9までしか引き上げられないですからね。シーフ系の職業加護で得られる【隠蔽】ボーナスはレベル10にもっていくなら必要ですけど、そのうちSランク狩場を見つけたらそのボーナスにも頼らなくて済むようになるはずですから」
「そうしたら職業を<上級服飾師>にして、さっき言ってた【転換】っていうスキルで他のスキルを上げていくんでしょ?」
「他のスキルを上げるか、【転換】をさらに上げて効率を伸ばすか、ですね。もう【転換】もレベル2まではさっき上げましたし、あとは好きな服作りをしていたら勝手に余剰経験値が溜まっていきます。そこから何を伸ばすかはノアさんの自由ですよ」
「了解。それにしても、よくこんなややこしそうな話を把握できるわね。これもゲームに慣れてるからなの?」
「ん~それもあるでしょうし、無駄を省いて効率を考えるのが好きだからというのもあると思います」
「そう……そんな人が私のために時間を割いてくれたんだから、感謝しなくちゃね」
そう言って食事の手を止めたノアさんは、背筋を正して俺を真っ直ぐに見つめる。
「本当にありがとう。最初はここに来ても半信半疑で、騙されてるんじゃないかって不安でいっぱいだった。けど、町の人達があんた――いえ、ロキさんに向ける視線とか、気さくに話しかけている姿を見て、大丈夫なんじゃないかって、この町なら私もやっていけるんじゃないかなって思えてきて……今となってはあの時勇気を出して良かったって、本気で思ってる」
「一度大きな傷を負うと、なかなか人を信用できなくなりますもんね。ちなみにノアさんを囲って利用していた連中はどこのどいつなんです?」
ロッジの時と同じ。
一応把握しておき、いつか機会があれば探ってみようか。
その程度の軽い気持ちだったが。
「それなりの貴族だったっぽいけど……たぶん、もう無いわよ?」
「え?」
「戦争があって、私が監禁されていた屋敷も燃やされたから。それもあってあの地下から抜け出せたわけだけど、後から聞いた話じゃもうその国はなくなっちゃったみたいね」
「国がない……もしかしてノアさんは、大陸西側の出身ですか?」
「そうよ。それで戦争と追っ手から逃げるように東へ移動して、命からがらあの自由都市に辿り着いたってわけ」
ここまでの話を聞き、なぜ奴隷であったはずの彼女が自由都市の地下にいたのか、その流れをようやく掴むことができた。
攻め込まれた可能性が高いとなれば、帝国の攻撃が逃走劇の切っ掛けか。
そして隠れるように、それでいて夢は諦めきれないまま、あの地下でひっそりと身を隠しながら服を作って生活していた――。
30代半ばくらいに見えるノアさんの見た目や、西側の戦争が活発になった時期を考えれば、まだ身を隠して数年といったところ。
元から隠れる生活が当たり前だったからなのか、最初にスキルを覗いた時点で【隠蔽】がレベル5まで上がっていたことには少し驚いたけど、それでも人によっては突破してくるわけだし、間に合って良かったな、本当に。
そんなことを考えていたら、食事を終えたノアさんが先ほどまでとは違った顔付きでこちらを向く。
「さて、それじゃ本格的にお礼をしないとね」
「?」
「服よ。あんた、それが目的で私のところに足を運んだんでしょ」
「あ、あぁ、そうでした。素材は横の巨大商店にいろいろと置いてありますから好きに選んでもらって――、って一応確認ですけど、男の服も作れますよね?」
「え? なんでよ?」
「いや、そういえば紹介って、女性だけに限定されてたよなーと思って」
「あ~それは女性だけにしておけば貴族とか権力者とか、無理やり何かしてくるようなヤツらがだいぶ減るかなって、それだけの理由よ。レディースしか作れないわけじゃないわ」
「おぉ! それじゃあ、ぜひカッコいいやつをお願いします!」
「カッコいいって、もっと具体的に教えなさいよ」
「具体的? えーと、威厳があって強そうで、あと機能性は確保しつつも黒くてヒラヒラしてる感じ? あ、髪型が強制的にオールバック風になりそうなので、その髪型に似合う雰囲気のやつがいいです」
「………あんた、もしかしてバカなの?」
「ッ!?」
これはビックリ。
侮られない服を作ろうと思っているのに、案を出したら侮られるどころか可哀そうな子を見るような視線を浴びていた。
「そんなんで分かるわけないでしょ! えーと書くモノは……」
「あ、はい、どうぞ」
「準備が良いわね。ヒラヒラってロングのトレンチコートみたいことを言ってるの? それならこうして、こんな感じで……それにその幼さが残る顔で威厳って言ったらちょっと顔を隠した方がいいだろうし、今の時期ならロングストールでも巻いて、あんたの言うヒラヒラを表現してもいいんだろうけど」
サラサラと、木板に描き起こされていくそれっぽいデザイン。
それを見て、直感的に思う。
これはやべぇ……よく分からないし結構毒舌だけど、この速度、この精度は間違いなく本物だ。
今までの人生で欠片も接点の無かった本物のプロが目の前にいる。
「すごっ……あ、この辺りからベルトのようなモノでヒラヒラさせるともっと好みに寄るといいますか、僕の心が限界突破しちゃう感じがしますし、あと夏場の着用も考えるとストールよりフードを付けてしまって、怪しさも同時に醸し出してしまうという案も……」
「……一応確認しておくけど、あんた、中身いくつ?」
「……32歳、あ、もう33歳になってます」
「そう………………お互い、大変よね」
「いや、本当に」
そう言いながらも、目の前で羽根ペンを動かすノアさんは、初めて見せる柔らかい笑みを湛えていた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
自由都市ネラス、地下5番街。
緑の花の近くにある鉄扉には、一枚の木板が立て掛けられていた。
『誠に勝手ながら、アースガルド王国に居を移すこととなりました』
この内容を見て、プルプルと震えながら頭を抱える女性が一人。
「ノ、ノア様が転居っ!? 大変……っていうか、アースガルド王国っていったいどこなのよ……?」
この世界では唯一無二とも言える革新的なデザイン性。
それでいて女性のみの紹介制度という間口の狭さから、店の入り口に立つことすら困難であったため、出回る流通量は非常に少なく、真似できる<服飾師>などまともに存在していなかった。
ここでなければ購入できない逸品。
おまけに値段が明らかに安いとなれば熱狂的なファンと化し、ノアを教祖のように崇めるような女性達までいたわけで。
「皆に伝えなきゃ……こうなったら、そのアースガルドって国に移住も……」
紹介だからこそ急速に広がる、転居の事実。
自由都市ネラスの小さなネットワークが決起集会の如く賑わっていることなど、ロキとノアは知る由もなかった。