Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (503)
490話 呪いの言葉
移動しながら【探査】を繰り返し、道中教師と思われる大人にも確認しながら『本』の反応が強い場所へ。
すると中央にある本校舎の北側。
見通しの良い丘の上に王立図書院は存在していた。
蔦や苔の茂った赤レンガ造りの大きな建物で、周囲にはあまり人もいないし、少し先には巨大な池も広がっていて、なんだかとっても雰囲気の良さそうな場所である。
(コーヒーでも飲みながら外で本が読めたら最高じゃん)
そんなことを思いながら中に入ると、入口に入ってすぐに行われたのは数人の守衛による持ち物検査だった。
まず求められたのはオリエンテーションで配られた学生証で、誰が中に入っているのかしっかり記録しており、その管理は厳重そのもの。
【広域探査】だと反応が拾えなかったので、阻害して本の所在も多少は隠すようにしているんだろうな。
「魔道具や武器、それにインク類の持ち込みは厳禁です。本の持ち出しも固く禁じられているので、閲覧は図書院の中でのみとなります。破損には十分注意してください」
「分かりました」
そして大きな扉の先へ。
(ふぉ~っ!?)
すぐに周囲を見回し、驚きと興奮で暫しその場に立ち尽くす。
中は薄暗い照明が灯っており、吹き抜けの高い壁際は湿気対策なのか?
2階部分に所狭しと書物が並べられていた。
日本にいた頃の図書館とは比較にもならないが、それでも想像していた以上に量が多く、規模感で言えばうちの図書館より5倍……いやいや、背後の壁面にまで本が並んでいるところを見ると、10倍近い量がここに所蔵されているのかもしれない。
そして1階は中央に広く並べられた机と椅子が。
数人の守衛が見張る中、10人程度の生徒達が静かに本を読んでおり、奥の1階壁面にはズラリと古めかしい扉が並んでいた。
ウォズニアク王から聞いていた通り、アレが俺の狙っている場所。
外で読んでいる生徒もいるのに……いけるか?
不安に駆られて素早過ぎる徒歩で突撃していき、扉の前に掛けられた札を順に凝視していく。
(使用中、使用中、使用中、使用中……あったぁ~空室!)
ガバッと開けると中は2畳程度の小さな個室で、ハンターギルドの資料室と似たような感じ。
机と椅子が備え付けられているだけだが、個室さえ押さえられればもう俺の勝ちは揺るがない。
適当に見覚えのない本を2冊調達し、内側から簡素なカギを掛けたら準備完了だ。
書物用にカットされた羊皮紙やインクを取り出し、早速本の複製に取り掛かる。
――【自動書記】――【写本】――
本来は禁止されている行為。
しかし俺の場合は特別だ。
なんせここの王様から許可を貰い、個室さえ確保できればバレないだろうという相談までしているからな。
“所蔵する本の複製許可を得ること”
これが傭兵として殺さずの依頼を請けたもっとも大きな理由であり、俺が最優先して求めた対価の一つでもあるのだから、ここからは全てをコンプリートするつもりでひたすら手を動かすのみである。
「ふふ……ふふふっ……あとはスキルを併用したとして、どれくらい複製に時間がかかるかだな……」
一人そう呟きながら、リコさんに用意してもらったうちの蔵書リストに新しい1冊を書き加えた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
ガルム聖王騎士国の東南東にはダンヘイル砦と呼ばれる要塞が存在する。
山間の峠道を塞ぐように作られており、西に進めばそのまま王都まで通じる交通の要所。
内紛が始まって以降、東の侵攻が止まらぬことを危惧した王政派が先々を見据えて建造した巨大防衛施設であり、現在4か所で展開されている大規模戦地のうちの1ヵ所でもあった。
そんなダンヘイル砦を落とすべく、親アルバート派の一角として指揮を執っていたのが、若くして第3聖騎隊の隊長を務めていたロイト・シュトラングという男。
その求心力と統率力は、打倒王政派を掲げる東部でも非常に大きな存在感を示していたが……
周囲は寝静まった深夜。
一際大きな天幕に明かりを灯し、籠城され、得意の騎馬部隊が思うように使えぬ地形に頭を悩ませながら、如何様に攻略すべきか攻め手を検討していたところで――、
カタッ。
僅かな、音を拾う。
小石が跳ねたような、そんな音。
「……」
陣を敷いているとは言え、場所は山中だ。
夜間に鳴き声が聞こえることもあるのだし、見張りを立てているとはいえ、野生の動物が入り込むくらいはあるだろう。
そう思ったが――。
ロイト・シュトラングはすぐさま【気配察知】を使用し、続けて【探査】で『王政派』の存在を確認する。
王政派は防戦に徹し、決して攻めに転じない。
幾度となく対話による解決を求められ、戦力の削り合いを避けようとする目的があることは理解していたが、しかしこの場の指揮官である自分の首を取りに来る可能性は常にあると覚悟もしていた。
3秒、5秒、10秒――。
息を殺し、周囲の様子を窺うも、何かが動き出す気配は感じられない。
ならば、気のせいか。
静かに息を吐いて視線を戻し、改めて斥候に作らせた周辺地図に目を向けた時。
ススッ……
次は、布が擦れる音だった。
咄嗟に脇へ置いていた剣を握り、反射的に天幕の入り口へ視線を飛ばすと――。
その存在は、既に天幕の中にいた。
「ッ……!?」
余りの出来事に、ロイト・シュトラングは声にならない呻きを漏らす。
肩をゆっくりと左右へ揺らしながら佇むソレは、間違いなく、我らと同じ聖王騎士の甲冑を頭部まで身に纏っていた。
一瞬、砦を守護する王政派の暗殺かと疑うも、何かがおかしい。
その者は霞がかったように輪郭がぼやけており、よくよく目を凝らせば、僅かに、背後が透けているようにも見える……
「……ッ……ッヅァアアアッッ!!」
まったく理解できないことを、理解した。
その瞬間には不思議と身体が動き、ロイト・シュトラングは纏わりついた感情を吹き飛ばすかのように声を張り上げながら、手に持つ剣を投げつけるも――
「!?」
――その剣は身体をすり抜け背後の天幕を突き破り、闇の森へと消えてゆく。
対して目の前のソレは何事もなくその場に佇み、甲冑の隙間からロイト・シュトラングを眺めているようだった。
そして、存在を証明するかのように語り掛ける。
『貴様の決断で国が大きく割れ、どれほどの同胞が死に絶えた……結果、得られたモノはなんだ……? これから、得られるモノはなんだ……? 武器を、放せ。過ちを悔い改め、肥やした私財を擲ち、ガルムに忠義を尽くさぬ限り、我は貴様らを許さぬ……絶対に、許しはせぬ……』
「…あぐッ………な、なんという……」
『貴様らが、我ら同胞に武器を向け続ける限り、必ず、何を以てしても、全員を呪い殺してやる……地獄の苦しみを……死を願うほどの、生き地獄を……覚悟せよ……我らが同胞を、国を裏切っての栄光、充足など、絶対に許しはせぬ……』
目の前で吐き捨てられる、積年の恨みが煮詰められたような呪いの言葉。
ロイト・シュトラングは、ただその言葉を聞くしかなかった。
止める手立てなどなく、しかしこの場を逃げ出すわけにもいかず。
荒い呼吸のまま、顔の伏せられたソレを眺め、聞き続けるしか――。
しかし目の前のソレは、突如として黒い瘴気のような何かを纏わし、煙のようにその場から消えてゆく。
「はっ……はぁっ……ふっ……」
「なっ……何事……今のは、いったい……し、シュトラング子爵!! ご無事でありますかッ!?」
そして、天幕の入り口にはもう一人、取り乱した目撃者が。
奇声で異変に気付き、様子を見に来た部隊の副官だった。
「エ、エキネ……おまえも、見たのか……?」
「は、はっ……聖王騎士の、姿が……黒い、霧に覆われながら、溶けるように……」
「……エキネ、このことは他言無用だ……広まれば部隊の士気を大きく乱すことになる……な、何が、呪い殺すか……そんな、もの……」
「承知、しました……しかし――、………いえ、なんでもありません……」
魔物にも近しい存在がおり、吟遊詩人の歌に登場することだってあるのだ。
どの国にも『悪霊』などという、実在するかも疑わしい存在くらいは認知されていた。
しかし、この二人が真に恐れたのは霊そのものに対してではない。
二人は理解していたのだ。
貴族としての身分を有し、武芸だけでなく相応の知識を持ち合わせているからこそ、『呪い』は確かに、実在することを。
人間が扱った記録はほとんどなく、対象に何かしらの『害』を与える程度のことしか二人は把握していなかったが……
死者が『呪い』を扱うなど、果たしてあり得るのだろうか?
事態が呑み込めずに沈黙が続く中、騒ぎを聞きつけ、こちらに走り寄る複数の足音が聞こえ始めたことで、ロイト・シュトラングは纏わりつく怖気を隠すように首を振った。
「さぁエキネ、おまえも周囲を鎮めたらもう寝ろ。ここを破れば王都にも手が届くのだ。他の部隊も足並みを揃えようとしている中で、我らが攻め手を緩めるわけにはいかぬのだぞ?」
「はっ……勝ちましょう、絶対に」
気丈に振る舞い、それに答える副官。
二人ともが経験にない恐怖を味わったが、しかし目前に死が差し迫っているわけではないのだ。
出血もなければ痛みもない。
となれば大きな志を持って動く彼らの気持ちが、そう簡単に折れることはない。
だからこそ、謎の現象が東部で広がりを見せていくことに、まだ彼らは気付けないでいた。