Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (510)
497話 何卒女
以前ベザートの南西部に、なんちゃって貴族街として拓いておいた広大な土地。
その一角に、公衆便所が長く連なったような複数の長屋と、その手前にはクアド商会でもあまり売れ行きのよろしくない、倉庫の肥やしになっていた大量の家具が並べられていた。
もちろんやっつけ仕事で建てたのも、ゴッソリ運んできたのも俺である。
「えー皆さん、ここが一時的な借り住まい用に建造した単身用の”国営アパート”です。家賃はひと月に5万ビーケ、一人一室まで利用可能なので、ここにある家具を欲張らない程度に選んで使ってください。お金が厳しい方や個室は不要という方は、アチラに見える2つの大きな建物が無料なので、男女別に寝泊まりしてもらうことになります」
言いながら視線を向けた先には、体育館くらいの広さをイメージした、2つの似たような建物が。
それぞれ中は仕切りもなくガランとしており、こちらはお金がない人用の集合避難所といったところだ。
私物がほぼない人達ばかりなので、金がない、とりあえず雑魚寝で十分ということならこちらでいいだろうし、6畳程度の個室を求めるなら有料でも問題ないだろう。
敢えてダサく、それでいてそこそこの値段設定にしたのは、ビリーコーンのような宿の価格や大工の仕事を守るため。
リルが相変わらずユニコーン肉を大量に獲ってきてくれるので、今は贅沢言わなきゃ教会でタダ飯を食うこともできるわけだし、そう難しい金額というわけでもないはずだ。
「あくまで一時的な利用を想定していますので、皆さんそれぞれ得意なこと、できることでお金を稼ぎ、貯まったら川の向こうには大工の人達も多くいますから、自分の家を持つようにしてくださいね」
そう伝えると、やる気になっている者も多くいる中、不安げな表情を浮かべている者もチラホラと見かける。
最大の問題はここから仕事を見つけることだと思うが、それは今後の会議で詰めていく部分。
まだ具体的に話せる内容でもないので、まずは先に”ここの管理者”を紹介しておこう。
「では、皆さんにご紹介します。この一時的な移民区画の管理をしてくれるペイロさんです」
「ぺっ、ペイロです! 名簿管理、家賃の徴収、それに必要物資の配給など、皆さんがちゃんと暮らせるようこの場所の管理、支援をしていきます。何かあれば私に相談してください!」
そう言って、皆の前で挨拶をするカチコチのペイロさん。
度重なる来客対応でだいぶ肝が据わってきたダンゲ町長は、横にいたペイロさんの管理方法を十分把握していた。
ニューハンファレストができたことで対応もかなりスムーズになったようだし、もうあそこは町長一人に任せても大丈夫だろうと、新たな職場へ連れてきたわけだ。
今は緊張しているようだけど、ここなら身分を笠に着て横柄な態度を取るような人もまずいないだろうし、細やかな管理が得意なペイロさんの強みを最大限に生かせそうな気がする。
本人もそう感じたのか、道中にやってほしいことを伝えた時は案外乗り気だったしね。
たぶん、パッと見た感じでも500人近くはいそうな移民の方々。
話を聞いているとこれでも『第一陣』らしく、まだまだ強制奴隷にされた希望者がロズベリアに多く残されていると。
その話を聞いた途端、ペイロさんはハメやがったなって顔して俺を見ていたが……
ひとまず、ズラリと並んだその人達の名前や年齢、種族と、個室か雑居のどちらが希望なのかを確認。
そして今後かなり重要になる”得意なこと”、”就きたい仕事”をペイロさんが確認しながら記帳していき、俺はその姿を横目に『反応』を確認していく。
――【探査】――『間者』
(ん~ここには無しかな……)
この手の分かりやすい方法で全てを防げるかは分からない。
でもたまに、反応を拾えたりもするのだ。
やらないよりはマシだろうと、一通り確認していき――
「あれ?」
ここで特に見覚えのある顔を発見する。
向こうも俺を、今にも死にそうな顔して見つめていた。
「あ、あ、あの、いつぞやは、大変な、ご無礼を……」
あの時と比べれば、随分と謙虚になっているが……
ユッテ・モントーレ。
レサ奴隷商館の4階にいた、旧ヴァルツ領にあるモントーレ伯爵家の次女だとか言っていた女だ。
「なぜ、あなたがここにいるんですか? 散々家まで送れと騒いでいたのですから、帰る家はあるんでしょう?」
当然の疑問。
問いかけると、目の前の女は膝から崩れ落ち、ゴンと鈍い音が鳴るくらい額を地面に打ち付けた。
「誠に申し訳ありませんでした! あ、あなた様が宗主国の王だとはつゆ知らず、救っていただいたのにあるまじきご無礼を……本当に……本当に申し訳ありません!!」
結果、俺を含めてドン引く周囲。
どう考えても、俺が悪の大王みたいな雰囲気になってしまっている。
なんなんだよ、これは……
「ちょっ……つまり、ユッテさんは謝りに来たんですか?」
「左様でございます……私はどうなっても構いません……何卒、モントーレ家には……家族にはご容赦下さいますよう、何卒……お願い申し上げたく……」
「いやいや、元から何かする予定なんてありませんし、まず気にしてもいませんでしたから。そんなに心配なら早く家に帰ってあげてください」
顔を見るまで忘れていたくらいだし、こちとら舐められることには慣れているのだ。
間者とは違う意味で変なのが混じっていたことに肝を冷やすも、なぜか目の前の女は土下座したまま動かなかった。
「えっと、もう、大丈夫なんですけど」
「……」
「……まだ、何かあるんですか?」
「あの……私をここに、置いていただけないでしょうか……」
「え」
「これ以上ないほどの無礼を働いた私を、父は絶対に許しません……もう、帰る家も、ないのです……」
「いやいや、僕がわざわざ言いふらすようなことは――」
咄嗟に言葉が衝いて出るも、周囲には多くの観衆が固唾を飲み、この状況を見守っていた。
ビックリするくらい無音の目撃者達。
まるで今がオンステージの劇場である。
「なんでもやります! やらせていただきますので! 何卒! 何卒っ!!」
先ほどから何卒と連呼している何卒女を前に、俺は思わず空を見上げる。
どうしたよ。
さっきまで自分はどうなっても構わないとか言ってたのに、めっちゃ生に執着してんじゃん……
まぁ生き延びられるならそうしたいってのは分かるけど、貴族家の女など、どう扱えばいいのか分からないのだ。
歳はたぶん、二十歳くらい……家に帰れないって言っている時点でまず未婚なのだろう。
スキルは何かが特別際立っているわけではなく、ただ貴族としての教養を受けているからか、全体的に幅広く伸びたバランス型。
そして見た目は、かなり良い部類となると――、うーん。
……あり、なのかな。
「一つ、重要なことを」
「はい」
「これは他の皆さんにも言えることですが、アースガルドには貴族がおらず、身分差というものも存在しません。他所の王侯貴族だろうと周囲に害を振り撒けば、容赦なく魔物の餌にする――そんな国です。なのでここに住むとなれば、貴族という立場を捨てることになりますけど、それでいいんですか?」
「もちろんです。もはや私に、貴族という身分は存在しておりません。その上でできることをさせていただきたいと、そのように考えております」
「そうですか……じゃあ早速、ユッテさんはここの補佐についてもらいましょうか。ペイロさーん!」
「「え?」」
多分、大丈夫だろう。
話している内容は本心っぽいし、何かの罠であれば、あの時点で既に奴隷落ちしていたことが不自然になる。
反省し、もうここでしか生きる道がないと覚悟を決めたのなら、あとは見守りながら応援するだけ。
元貴族という立場なら管理は得意分野だろうし、これからさらに増えていく中で一人では苦しそうなペイロさんの補佐をさせておけば、良い相乗効果が生まれるんじゃないかな。
早速独身三十路男のペイロさんが、前髪弄りながら今まで見たこともないキメ顔作ってこっちを見ているし。
「じゃあ、ここは任せましたよ。僕は仲魔を1匹こちらに回したら、もう少し拡張したり物資調達を進めてきますので」
各個人の情報収集は、得意なペイロさんがやってくれる。
ならば、俺は俺にしかできないことを。
(今日はもう、複写作業はちょっと厳しそうかなぁ……)
そんなことを考えながらマンティコアを1匹移動させ、余りまくっている家具や衣類を調達しにクアド商会の倉庫へと向かった。