Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (515)
502話 失敗
「ねぇロッキー、君って帝王学まで学びたいの? しかもだいぶ古そうなやつ」
「いや、まったく」
「じゃあ3番も無し。5番は――うん、やっぱり読んだことないかな。このまま置いといて」
「ざっす!」
いつもの流れ。
そのまま個室に籠り、2冊の本を眺めながら黙々と手を動かす。
そして閉館すれば夜の砂漠に繰り出し、合間合間に幽霊の役をやりながら、震える手で『正』の字を刻むのだ。
どうせ今日もSランク狩場は見つからず、指揮官の心が折れることもない。
それでもいつか来る日を信じて、ただ堅実に積み重ねていく1日が始まるはずだったが――
「ロキ王! ロキ王はおりませぬかッ!!」
生徒の出入りも増えてくる昼時。
個室に居てもはっきりと分かるくらい、バカデカい声が図書院の中に響き渡った。
おかげでビクッと硬直し、息を止めて様子を窺う俺。
声の雰囲気からして只事じゃない。
それは分かるが……ロキ王って。
隠さなきゃいけない名前を誰かに呼ばれ、どうしたらいいか分からず個室の中で縮こまっていると、
バン!
「ひっ!?」
バン!
「ふぉっ!?」
バン!
「なっ、なんだよぉ!」
次は何かを強く叩いたような音が、小さな悲鳴に交じってどんどんこちらに迫ってくる。
どう考えても個室のドアを強引に開けているとしか思えないんだが……?
というか、待て待て。
今開けられるのは、非常にマズい。
一目で複製品を作っているのがバレバレだし、脇からもう一本腕を生やしているのも見られてしまう。
「います! いますから! ちょっちょ待って!」
「ロキ王!」
もうしょうがない。
急いで片付け、隙間から覗くようにソッとドアを開けると、こちらを覗き込むようにデカく厳つい顔が、団子のように3つ並んでいた。
「おぶっ!?」
しかしよく見ると、その顔の1つはかつてウォズニアク王の後ろに佇んでいた、聖王騎士のトップ。
ハーゼンさんであることが分かる。
「えぇ……なんなんですか、これ……」
事情を知る知り合いなら尚更だ。
バラしてくれたことに文句でも言ってやろうと、そう思ったわけだけど。
「ロキ王、説得は失敗です」
「え?」
「東部反乱軍が全ての防衛拠点を突破、全軍がこの王都に向かってきています」
「……えっ?」
「だから、あなたの説得は失敗したのです!」
「マジ、ですか……?」
あまりに唐突で予想外な報告を受け、暫し俺はその場で固まった。
犯罪者とは違う。
が、事が事だけにこの場で話す内容でもなく、ゴツい兵に連行されるような形で図書院の出口へ向かう。
途中、本を読んでいた多くの生徒達が見守る中に、ユマ先輩もいた。
立ち尽くし、信じられないモノを見るような眼差しを向けられるが、今はどう声を掛けたらいいのかも分からない。
外は不穏の流れを表すかのように、分厚い雲が広がっていた。
「少し整理させてください。東部反乱軍というのは『オルナート』の街を拠点とし、東寄りの4ヵ所で王政派の防衛線を攻めていた連中で間違いありませんよね?」
「間違いありません。厳密には小規模な戦場や小競り合いの場なども他にありますが、主要な反乱軍はその者達です」
「そうですか……で、全軍が突破したと?」
「突破した上で集結し、一丸となってこちらに向かってきている模様です」
「到着予定日時は?」
「急報を伝えに寄越した魔鳥との速度差を考慮すれば、推定1時間~2時間ほどでこの王都まで辿り着くかと思われます」
車かよ。
内心そう思ってしまうほどの速度に、そりゃ高く取引もされるわけだと一人納得をする。
原因はどう考えても、魔物との配合によって生まれる『赤馬』だろう。
理由がはっきりしているのだから、その点はすんなり受け入れられるが……
問題は、なぜ足並みを揃えたように全軍がいきなり突破してきた――というより、
突
破
で
き
た
か
だ。
今日だって夜中に顔を出しており、久々に指揮官が全員揃っているなと思ったくらいで、目立つ異変や予兆のようなものは感じられなかった。
あれほど脅しを掛けたにもかかわらず、このような行動に移せるのか。
そんな疑問と驚きも当然あるが。
それよりも、数ヵ月と膠着していた戦場を1ヵ所だけでなく、4ヵ所全て突破してきたことの方が明らかに異常だろう。
「なぜ突破されてしまったかは聞いてます?」
だから聞いた。
すると、総団長のハーゼンさんは、眉間に深い皺を寄せながら答えてくれる。
「各所から一報は届いていますが、どれも定かな情報ではありません。共通していることは、今までにない特異な攻撃を受けて防衛線が壊滅したと、そう記されていました」
「なるほど……」
となると傭兵、もしくはバックについているであろうマリーが自国の戦力でも寄越したのか、まずそのどちらかだろう。
まぁ、どちらでもいい。
外部戦力の介入であろうことが分かれば、どちらでも。
「一応確認ですが、ハーゼンさんがわざわざ僕に事情を報告しに来たのは?」
「そ、それは……陛下からのご指示です。かつてロキ王が仰られた、学院にいるうちはついでに守るという、あのお言葉が真実かどうか……」
濁しちゃいるけど、要はしくじった責任を取れと、そういうことだろう。
報酬の一部として結果が出る前から本の複製を認めてもらっていたわけだし、そう言われても仕方ないが。
「確かにそう発言しましたけど、それだと王都に向かってくる反乱軍を僕が殺すことになってしまいます。仮に掃討が成功したとして、結果的に困るのはガルムでしょう?」
「しかし、説得が不発に終わった今、もうその方法しか……もちろん! 我が王政派の聖王騎士も兵を纏め、戦線に立つための準備を早急に進めております。なので何卒、お力添えを……!」
「何を言ってるんですか」
「え?」
「僕はまだ諦めてませんよ、説得。報酬の一部も前借りでいただいちゃってるんですから」
「いや、ですが、反乱軍は王政派の打倒を目的に掲げ、陛下の首を取りに来るわけでして……王都を目前に、今更説得に応じる可能性など皆無では……?」
「最終手段として、ここでも失敗したら戦うしかないんでしょうけどね。でも最後まで、やるだけのことは――」
――ドン!
唐突に。
遠くで聞こえた、鈍い衝撃音。
自然と音の鳴る方へ目をやると、それは南西の方角。
たぶん学院の外――市街地のような気がする。
「これってもう、反乱軍が到達してるんじゃ……」
「さ、さすがにそのようなことは……!」
否定するハーゼンさん。
しかし。
――ドン、――ドンッ!
立て続けに、しかもまったく違う方面から大きな音が鳴り響く。
うち1つはそこまで遠くない。
東……方面からすると、学院の敷地内か?
そのことを理解した時。
横で同じ景色を眺めていたハーゼンさんが、鬼の形相で吠えた。
「ただちに警護に当た『ちょっと失礼』うぇええええええええい!?」
だから、飛んだ。
二人して上空に。
「一度冷静に。多方面からの攻撃ですし、まずは状況を把握しておきましょう」
「ロ、ロキ王! 私、高い所だけはダメなのです! 高い所だけは!!」
「今はそんなこと言っている場合じゃないですって。それより見てください、学院の外周を」
「ハッ……ハッ……兵が、いない……」
「ですよね。4ヵ所の主戦場だけでも結構な数の兵がいたと思うので、ハーゼンさんの言っていた通り、まったく見当たらないなら反乱軍はまだこの王都に辿り着いてはいないはず」
「で、では、この攻撃は……」
「反応を確認したら、先ほど鳴った爆発音の一つと方面が一致したので、まずこの手の攻撃は単独行動を得意とする傭兵の仕業でしょう」
「傭兵……これから来る本隊のために、連中を陽動にでも使うつもりなのか……?」
「それは――、どうなんですかね」
何とも言えないところだ。
マッピングを進めながらガルム東部を巡った時は、各町に被害が出るようなやり方を取っている様子はなかった。
それこそ戦う意思を示した兵と兵だけがぶつかり合う、弁別のある戦争をしているように感じられたし、だからこそ俺が説得を続けていたというのもある。
まぁそんな綺麗事だけを言っていては本丸など叩けないと、今はそう思っているのかもしれないけど……
何かしらの不可解な介入が確定している時点で、これらの動きが迫る反乱軍の手引きによるものなのか。
まずそこから疑問が生まれる――と。
そう伝えれば、ハーゼンさんは暫し黙りこくっていたが、もう顔馴染みと言ってもいい指揮官の連中に直接確認すれば、この辺りの答えだって見えてくるだろう。
となると、問題は各方面で起きている散発的な攻撃をどうするか。
横にいるハーゼンさんに視線を向けると、同じことを考えていたのか自然と目が合う。
「ロキ王……」
「分かってますよ。この騒ぎをどうにかしろってことでしょう? 僕が追い詰め過ぎてこんな事態になっている可能性も否定できませんしね」
「追い詰め……どのような説得をされていたのかは分かりかねますが、できれば学院を――、学院にいる生徒を守っていただきたいのです」
「わざわざ学院の生徒を指定するのは、命の価値が重いからですか?」
「否定はできません。学院の子供達に大きな被害が及べば、大陸中から目の敵にされてガルムは瞬く間に沈みます。その事実を理解しているからこそ、反乱軍が学院に手を出すことだけはないと判断しておりましたが……ロキ王の仰る”不可解な介入”を示すように、今も学院への攻撃は続いている」
言いたいことは分かる。
攻撃を加えられていると言っても、今は学院の外周を覆う防壁付近に煙がいくつか上がった程度。
だからこうして状況把握に努めていられるが、もし東部の防衛線を壊滅させたような連中が纏めてここに来れば、事態はまったく違うものになるだろう。
ハーゼンさんを含む王政派もその意味を理解しているから、被害が出れば致命的になる学院を俺に託そうとしている。
そういうことだと思うが。
「……生徒数がどれほどかはご存じで?」
「7000人ほど、ですね」
「……」
なんせ学院は広大だ。
それこそ、ここの敷地だけで小規模の町がいくつも呑み込めるほどに。
そして敷地内に点在する施設を利用するため、生徒が広く分散してしまっている。
理想は東に面し、真っ先に戦場にもなり兼ねないこの敷地から可能な限り逃がすことだろうが……
反乱軍が到着するまでに散っている生徒を集められるとは思えず、それだけの数を安全な場所へ逃がすための魔力が足りるとも思えなかった。
かと言ってこれほどの広域に結界を張ったところで、いくら魔力をブチ込もうと秒で剥がされる未来しか見えてこない。
(ゼオ達に協力してもらうか?)
一瞬、そんな考えが頭を過ぎるも。
想定される敵戦力を考えれば、どうしても躊躇いが生まれる。
特にゼオは、力が戻ってきているとは言ってもまだBランクかAランクのハンター程度。
万の敵軍に風穴を開けられるような連中が相手では、さすがに分が悪すぎる。
それでも、仕事として引き受けた以上は、なんとかするしか……
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
目を強く瞑り、情けなくも股間を強く握りしめながらの降下中。
「ふふ……ははは……」
「ロ、ロキ王……?」
突然の乾いた笑い声に、ハーゼンはギョッと目を見開く。
中空をぼんやりと眺め、気でも触れたかのようにフツフツと笑う姿は異様で、思わず上空から自身が落ちていることすら忘れてしまうほどだった。
それは地上に降りても変わらずで。
「ほ、本当に大丈夫、ですか?」
「ええ、もう諦めたというか、開き直ったというか……そんな感じです」
「い、いやいや、ロキ王! ここで諦められてしまっては……!」
咄嗟にハーゼンは口を挟むも、違うと言わんばかりにロキは首を横へ振り――
「ああ、そういう意味ではありませんから、ご心配なく。人の数で言えばアチラの方が遥かに多いでしょうし、どうぞハーゼンさん達は王都の市街地防衛にでも回ってください。というより却って邪魔になりそうなので、学院側には誰も応援など寄越さない方がいいですね」
――そう言って気だるげに周囲を見回した。
いったいなんなのだ……
様子が先ほどまでとは明らかに違うが、それでも今は任せるしかない。
早く……早く、戻って確認しなくては。
先ほど上空から確認した時、南西で大きな煙の上がっている場所は、街の『収容所』と方角が一致していた。
遠目からでは不確かだが――、もしあそこが反乱軍の狙いなのだとしたら、市街地は大混乱に陥る。
改めて悩み、思考に耽るほどの時間などハーゼンには残されていなかった。
「し、承知しました。では学院の方はお願いいたします」
あとはお互いにやれることをやるだけ。
そう思いながら、部下と共に急ぎ宮殿へ戻ろうとした時。
「あぁ、そうだ。事前に2つ、確認しておきたいことが」
「はい?」
「僕が説得を試みるのは、あくまでガルムの反乱軍に対してだけ。それ以外の学院に踏み込む『侵入者』は好きにしちゃってもいいんですよね?」
その問いに、ハーゼンは迷うことなく頷く。
当然だ。
王都を、そして学院に攻撃を仕掛けた連中を生かす理由はない。
何かしらの介入があって動いているとなれば、尚更である。
その答えにロキは軽く笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「それと、生徒や教師を生かすためなら、あの辺りの景色が変わっても許してくれますか?」
「え?」
しかしこの問いに対しては、返答に詰まる。
学院内には想定訓練や様々な環境下での授業が行えるよう、森や川、小高い丘などの多様な地形が人の手も加えられて作られているが、生徒の命と天秤に掛ければ、多少の地形変動や建物の損壊くらい止むを得ないと普通は判断することだろう。
金と時間を掛ければ修繕、回復できるのだから、他国に問題が広がる事案よりは遥かにマシと言っていい。
だがハーゼンはこの時、自分の想定している戦闘と、ロキの想定している戦闘の規模がまったく違うのではないかと、直感的にそう思ってしまった。
ハーゼンも際立った強者であるがゆえに、常識のだいぶ先を想定できてしまったと言い換えてもいい。
異世界人が本気で防衛に回ると、この地は――学院はどうなってしまうのか……
しかしハーゼンにはやはり、ここで悩み、思考に耽るほどの時間など残されていなかった。
人命と、その先に繋がる国の存続より大事なことなどない。
ないのだ、きっと。
そう判断し、黙って頷くしかなかった。