Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (516)
503話 防衛戦の開始
できれば避けたいことだった。
俺の一番の目的はガルムを救うことでも、学院の生徒を助け出すことでもなく、ここに集められた本の知識を得ること。
この場を乗り切ったらゴールなどというわけでもなく――、というより乗り切れた場合は尚更に、本の複製権利を行使すべく図書院へ籠ることになる。
それが求めていた対価の1つなのだから当然だ。
俺がここの生徒だからという建前はあるにしても、発覚すればマリーへの敵対意識は少なからず煽るだろうし、目立てば今後が確実にやり難くなる。
そう思っていたが……ユマ先輩を含むあの場にいた生徒達にはバレたわけで、こうなってしまえばどうしようもない。
もう、開き直るしかなかった。
はぁ……
本当に、面倒な仕事だ。
――【拡声】――
「緊急事態です。現在この学院は外部からの攻撃を受けており、1時間もせずに大規模な戦場へ変わる可能性があります。学院の敷地内にいる生徒、及び教師は、直ちに中央付近にある第一修練場へ集まってください。繰り返します。生き残りたければ、直ちに、第一修練場へ集まってください」
これでどこまで伝わり、どれほどの数が動くのか。
それは分からないが、漫画やアニメのように都合良く全員を生かせるとも思っていないのだから、危機感を覚えたやつから動き始めていればとりあえずは問題ないだろう。
どうせこの後、嫌でも動くことになるだろうしな。
さて、いくか。
収納から取り出したのは、ばあさんの遺品でもある破天の杖。
それを天に掲げ、上空から唱えた。
『精霊よ、生み出せ、”
断層
“』
かつてラグリースの戦地に突如として現れ、その後ゼオに教わり理解した、土属性による広域魔法。
まずはこの地を、隔離するために。
学院の外周を眼下に収め、既に攻撃を受けている東側から、侵入など不可能なほどに地面を持ち上げる。
想像するのは、拠点を上下に隔てる断崖絶壁。
ズズズズズズズズズズズズ………
――うん、高さは十分。
あと必要なのは、大規模魔法でもそう簡単に打ち砕かれないほどの幅か。
そこまで細かい範囲指定はできないので、外周の石壁や塔のような施設は一部が無茶苦茶になってしまっているが……
ハーゼンさんにちゃんと許可は取ったのだ。
この程度は大した問題でもないだろう。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
『緊急事態です。現在この学院は外部からの攻撃を受けており――……』
「……なんだ? 拡声魔道具か?」
「え? 今、外部からの攻撃って言ってませんでした?」
突如として響いた謎の避難勧告。
誰が発したかも分からないソレは、外の衝撃音に気付いていなかった屋内の教師陣にも伝わった。
しかし前例がなく、そしてあまりにも唐突な出来事であったため、誰もが状況が呑み込めずに呆然とするばかり。
そんな中で、職員室に初老の女性が走り込んでくる。
「何をしているのです! 早く! 生徒の避難誘導を始めなさい!!」
怒鳴り散らしたのは、クルシーズ高等貴族院の学長を務めるセトナ・フォン・ニケラート。
教師陣の中で唯一国から知らせを受け、ロキの入学に関する件や、素性を隠す理由などを聞かされていた人物である。
だからこそ、先ほどの避難勧告を誰が行ったかすぐに理解し、職員室へ駆け込んだのだ。
「が、学長! これは、いったい……?」
「私も詳しいことまでは分かりません。ただ、これが遊びや冗談の類いでないこと、くらい……?」
その時、誰もが動きを止め、不気味な音に耳を傾けながら、ゆっくりと己の足元を見た。
自分の足が、そして地面が震動している。
さらに、ズンと。
大きく揺れたと同時に、外から明らかに異常だと理解できるほどの悲鳴やどよめきが聞こえてきた。
「「「……」」」
この時、この場に居合わせた教師陣は、呼吸も忘れてその光景が出来上がる様を。
天変地異かと錯覚してしまうほどの現象を、ただ静かに見つめていた。
王都全域を覆う20メートルほどの石壁などちっぽけに思える巨大な壁が、地鳴りを轟かせながらいくつも同時に生み出されているのだ。
それは一見すれば山脈のようで、今自分の足が、先ほどの震動で震えているのか、恐怖で震えているのかも分からないほどだった。
だが、真っ先に我に返った学長が再び叫ぶ。
「聞きなさい! 外周部に近い場所で授業を行なっている生徒達も多くいるはずです! 騎士科の先生方はただちに救助と誘導を! 魔導士科、官吏科の先生方は第一修練場へ集まった生徒に混乱が起きないよう纏めるのです! 国際問題にならぬよう、一人も死なせてはなりません!!」
国際問題という、その言葉を聞いて。
今どれほどの危機に直面しているのかを改めて認識した教師陣は、焦りも隠さず外へ駆け出していく。
ただ一人。
学長以外にも密かに事情の一部を知る、この男を除いて。
「副学長! ニトイ副学長ッ! 何を呆けているのですか! 私はすぐにこの事実を王都へ知らせに向かいますから、現場の陣頭指揮はあなたが執りなさい。身を挺してでも生徒達の命を守るのです!」
「そ…んな……」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
現実を直視したのか。
下からは僅かにどよめきが聞こえる中、【探査】で人の反応を確認しつつ【精霊魔法】を連発して即席の防壁を築き上げてゆく。
するとそれなりに数の多そうな傭兵連中も動くわけだが、予想に反して学院から逃げていくような者はおらず、中へ中へと、こんな状況でも内部へ潜り込もうとしていた。
軽く暴れ、王都の守備兵を動かす程度を目的とした陽動ならば、まず取らないであろう動き。
学院の内部に踏み込まなければ、達せない目的がある――、そう感じた時には、眼下でいくつかの悲鳴が聞こえ始めていた。
「キャアアッ!!」
制服の形状からすれば魔導士科だろう。
逃げ惑う複数名の生徒に狙いを絞り、武器を振り上げて迫る一人の傭兵と思しき男。
素早く動く小さな的は狙い難く、急ぎ滑空するが――
「ああ゛っ!」
――間に合わず、少女の背中が斬られた直後に、俺もその男の腕を斬り飛ばし、首を潰す勢いで掴み上げる。
「ぐ、ヴぉ、ェええ……えッ!」
そして、空いた手で唱えた。
――【神聖魔法】――『癒せ』
だいぶバッサリいかれているけど、傷がそこまで深そうには見えない。
この程度ならまだ間に合うだろう。
ならば今はこの男だ。
「あなた傭兵ですね。依頼者と、依頼内容は?」
「誰、が……ふざ……『風』、ぐげ、ッああ!?」
「足先から少しずつ細切れにしていきます。時間がないのでとっとと答えてくれませんか?」
「いっ、異世界人のマリーだ! 王を討りやすいように、東から反乱軍が抜けられる通り道を作って……いでぇ……ッ! 戦力になっちまうここの教師や生徒達も殺せるだけ殺しておけって!」
「なるほど。ちなみに規模は? 何人くらいこちらに来ているんですか?」
「そこまでは俺だって知らねーよ! そ、それより早く、止めてくれ……!」
「そうですか……お疲れ様でした」
「ぁ……ッ!」
これはたぶん、本当だろうな。
巨大な街の中心部にある宮殿や王宮を目指すなら、下手に市街地を潜り抜けるよりはこの学院を突っ切ってしまった方が軍の移動も楽だろうし、何よりあっさり街の中心部へ近づける。
赤馬の性能を活かせば尚更だろう。
それに騎士科や魔導士科というくらいなのだから、教師は当然として、生徒の多くも普通の人間よりは戦える。
才能だけで入学したあの少女のように、中には軍部で言う華級クラスや、中にはそれ以上の実力を持つ子供だっているのかもしれない。
そう考えれば戦力にはなるのだろうが……
しかし教師は別としても、子供達が反乱軍と戦うことなど想定するものなのか?
「あ、あの! ありが――」
「早く、第一修練場へ」
まぁ、いいか。
目的がはっきりしてきたのであれば、こちらも動きやすくなる。
念のため、ハーゼンさんに確認を取っておいて本当に良かった。
――【拡声】――
『これより、学院の敷地内に踏み込んだ侵入者は、生徒や教師に危害を加える目的があると判断し、誰であろうと『執行』の対象とします。死にたくなければ入ってこないでください』
あとは制服から付与を施してある武装用の服に着替えているとはいえ、魔力が保つかどうか。
そこは傷を負う生徒の数と、第一修練場に張った結界の持続具合。
それに今のところ目立つ強者はいないように思えるが、この場面での肝と言えるコイツで殺しきれない侵入者がどれほどいるか次第だろう。
――【闇魔法】――
『侵入者だけを、追尾しろ』
かつてカルラに教わり、ギニエの黒猫相手に試した名も無き魔法。
あの時はできなかったことも、スキルレベルが上がり、【闇魔法】の知識が増した今では可能だと確信できる。
対象を――、学院の敷地に侵入してくる者だけを、できる限り素早く追尾し、そして殺す。
それまでは無害な魔力の状態に止め、暗殺者クロイスの鎖をすり抜け身体だけ拘束したように、生徒や障害物は通過させてしまえばいい。
周囲に浮かぶ、拳程度の無数の黒玉。
「殺せ」
それらは、弾けるように飛散した。