Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (522)
509話 語られる真実
影響しているのは、力量差か。
ついでとばかりにそのようなことを検証しながら、既に回復し始めている面々を眺める。
さすがに今回が初使用というわけではなく、【恐怖】は適当な野盗を相手に何度か試していた。
その結果、漏れなく白目を剥いて痙攣し、その場で意識を刈り取れることは把握していたが、如何せん野盗連中は途方もなく弱い。
強さがピンキリな反乱軍を相手に今回使用したことで、初めて影響の差というモノが見えてきたわけだ。
よく見る全身鎧を着た一般兵はピクリとも動かない中、派手な白金の鎧を着た連中はもぞもぞと、這いつくばりながら小刻みに身体を震わせているのだからまず間違いないだろう。
考えてみたら、俺もグリムリーパーから【恐怖】を喰らった時は、ビクンと身体が痙攣したくらいで済んでいたわけだしね。
「ロキ王! ロキ王ーッ!」
そんなことを考えていたら、後方から野太い声が。
視線を向けると、馬に騎乗した100名近い人影がこちらに向かってきていた。
先ほど【遠話】で事情を一方的に説明し、ここに来てくれと伝えた総団長のハーゼンさん達だ。
「ロ、ロキ王! 突如巨大な竜が飛来し、学院の子供達をどこかに!!」
「ああ、それは伝え忘れていましたね。応援要請したハンスさんが、安全な場所に避難してくれているだけなので大丈夫ですよ」
「んん? ハ、ハンスとは、あのエリオン共和国の……?」
「ですよ。なので今なんとかすべきはこっちの反乱軍です」
おいおい、大丈夫か?
ハーゼンさんも【恐怖】を喰らった後みたいにフラついているが、まだまだやることはたくさんあるのだ。
背中を押して強引に辺境伯の下へ連れていくと、なぜかウォズニアク王までその後ろをついてきていた。
え?
王の命が反乱軍の目的なのに、何やってんだこの人?
「えーと、王が外に避難してくるほど街の中も危ない感じですかね?」
「いや、各所の鎮圧はまだ続いているが、余を狙うような動きは見られぬ」
「じゃあ……」
「ハーゼンから反乱軍の鎮圧と、何やらのっぴきならぬ事情がありそうだという報告を受けたのだ。ならば余が直接話を聞くべきだろうと、そう思った次第である」
「うーん、全然まだ油断できないんですけど……」
マリー側の外部勢力がどこに潜んでいるのか分からないのだ。
一国の王様にしては随分と武芸が達者なようだが、どデカい範囲魔法なんかを撃たれでもしたら守り切れる自信はまったくない。
「ロキ王、こればかりはしょうがありません。陛下は王であると同時に一人の聖王騎士でもありますので、命の危険があるからと引くようなお方ではないのです。私も全力でお守りしますから」
「なるほど……そういえば、僕の時も直接会いに来てましたもんね」
はぁ、こうなってしまえばしょうがないか。
それに王がいるなら話が円滑に進むという利点もある。
ならばと気持ちを切り替え、
――【結界魔法】――『燐光』
辺境伯を中心に、僅かな範囲の状態を回復させた。
「まず初めに忠告を。必要だろうと判断してハーゼンさん達に来てもらいましたが、僕と、それに王政派の皆さんが求めているのはあなた方との対話です。この期に及んで強引な武力解決を図ろうものなら、後ろで寝ている人達も含めて全員を容赦なく殺しますから、そのつもりでいてください」
「ぜ、全員を……承知した……」
「それでとりあえず確認しておきたいのは、マリーが東部の戦線突破用に用意した外部戦力は今どこにいます? この軍の中に紛れているんですか?」
「いや、アレはあくまで突破のために用意された戦力で、事前に王都までは同行しないとマリーから知らせが届いていた」
そう言ってダムラット辺境伯は懐から手紙を取り出す。
中身を検めると、確かにそのような文面が記されてはいるな。
まぁマリーは全てを反乱軍に伝えていないので、この手紙の内容を完全に信用することはできないが。
それでも依然として探査系で反応は拾えないし、ここまでやっても攻撃に入る素振りが見られないので、この中に混ざっていない可能性は高いと判断しても良さそうである。
「では本題に入りましょうか」
一度言葉を切り、未だ苦しそうな辺境伯と指揮官の面々を眺める。
「ダムラット辺境伯、あなたはなぜ謀反を起こし、反乱軍を率いて王の命を狙ったのですか?」
「……」
このように問うも、辺境伯はジッと地面を睨み、一切口を開こうとはしない。
案の定かな。
そう思っていると、先に言葉を発したのはウォズニアク王だった。
「ロキ王がそのように問うということは、マリーに唆され、その後の地位や金に目が眩んだわけではないと?」
「それは違うでしょうね。地位や金が目的なら、僕があれだけ呪い殺すと、実害付きで脅したんです。いくらマリーから命令が下ろうと、そのような状況下でわざわざ死地に出向くとは考えにくい。地位も金も、どちらも生きてこそ意味のあるものですから」
「呪い……いや、余計な詮索はよそう。つまり、自らの死を覚悟してでも成し遂げるべく目的があり、余の命を取りに来たということか」
「ええ、でもこうして王都まで攻め込まずとも済む選択はあった。そうですよね?」
「左様……そなたが……いや、そなたでなくとも、マリーに比肩する力の持ち主が、ガルムの後ろ盾となってくれれば……」
これで、確定だろう。
あれほどの脅しにも屈さず、強い意志を持ち。
会話の節々から、下手をすれば王以上にガルムの未来を憂いているのではないかと、そう感じさせるほど辺境伯の言葉には重みがあった。
にも拘わらず反乱軍を纏め上げ、後ろ盾が現れれば手を引けるというのならば、もうこれくらいしか出てこない。
「辺境伯。もしかして、あなた方が王を討って傀儡にでもならねば、アルバート王国が強硬策に出るとでも脅されていませんか? もう落ちているパルモ砂国からアルバートの軍を移動させることは可能なわけですし」
そう伝えると目を見開き、驚いた表情で辺境伯は俺を見つめる。
「パルモ砂国の内情を、知っておったのか……?」
「ええ、ヘルデザートで掘り起こされた遺物の流れが明らかに不自然でしたから」
「そうか……」
「……」
間違ってはいない。
そんな感触だが、まだ何かが違うような反応も窺える。
だが、これ以上は……
そう思っていると、横から口を挟んだのはシュトラング子爵。
どうやらこの人も喋れるほどには回復したらしい。
「辺境伯、我らがこうして敗れた今、内情を口にしても結末は同じ。ならばもう、よろしいのではありませんか……?」
この言葉に瞳を閉じ――。
5秒、10秒……大きく一呼吸を置いてから、辺境伯は意を決したように言葉を発する。
「確かに、敗れたならば、もう同じか……正確には2ヵ国だ」
「え?」
「南東のパルモ砂国と、北東のテリア公国。ガルム東部と隣接する両国が既にアルバート王国の手に落ち、我が領土を攻め入る準備ができている」
この爆弾発言に、ウォズニアク王とハーゼンさんが目に見えて動揺する。
俺もテリア公国という国の由来を何かの書物で見た記憶があるため、二人ほどではないが驚きを隠せないでいた。
「な、なんという……パルモ砂国の王家は健在であるし、テリアに至っては我がガルムの古き王家から枝分かれた血筋だぞ? 属国に下ったなどという話も聞いておらぬし、なぜダムラット辺境伯はアルバートの手に落ちていると、そのような情報を掴めたのだ?」
「それは約2年前の夏、東部を中心とした貴族会合に突如マリーが現れたからです。パルモとテリア、それぞれの軍部を総括する将軍を引き連れて」
そこから静かに、ゆっくりと語られた辺境伯の言葉に、王も、俺も、ハーゼンさんも。
誰もが口を挟むことなく、様々な感情を抱きながら暫し聞き入った。
「ワシはガルム最東の地を守る立場でありますから、両国の将軍とも面識があり、そのどちらもが本物であることはすぐに分かりました。そして言ったのです。表向きは何も変わっていないように見えるが、パルモもテリアも、アルバートとは既に従属の関係にあると。
この2国がアルバートの強力な支援の下ですぐにガルムへ侵攻、東部から余すことなく蹂躙もできるが、できれば手荒な真似はしたくないとも言っておりました。だからワシに――、いやその会合の場にいた者達に向かってガルムの政権を奪えと。要はワシに傀儡の王になれと、そう言ったのです。代わりに成し遂げればガルムという国も残し、物資が多く出回ることによって、今よりも豊かな生活が送れるようになるだろうと。
……その話には、確かにと思わせるほどの信ぴょう性がありました。パルモもテリアも、国が荒廃したという話は聞いておらず、それどころか生活の水準が向上したなどの噂を耳にしておりましたので」
「だから、反乱軍を率いるという選択を選んだわけか」
感情の定まらない瞳で、静かに問うハーゼンさん。
「その選択を選ぶしかなかったのです。拒絶すれば侵攻は始まり、我が領土から順に西へ西へと踏み荒らされていく。多くの民は死に、いずれガルム聖王騎士国の歴史は潰え、アルバートに名が変わる……そのような選択をワシは選ぶことなどできなかった」
この辺境伯の言葉に、黙って聞いていた他の指揮官達も、自らの責任を求めるように追随していく。
十分、納得できる言葉だ。
部外者ではあるが、辺境伯の立場を考えれば、その判断が最良ではないかとも思ってしまう。
しかし――、
「なぜ、辺境伯は主であるウォズニアク王に、そのことを相談されなかったんですか?」
一つだけ、腑に落ちない点。
相談すれば、自国の兵士達が潰し合うという、不毛な争いをしなくても済んだのではないか。
そう思ったが。
「マリーはワシに話を持ち掛ける前、穏便に済ませるためにアルバートへ下れと、陛下に何度も打診していると言っていた」
こう返され、ウォズニアク王に視線を向ければ、険しい表情のまま僅かに首肯する。
そういえばそうだったな。
当時は中立派だったということもあるだろうが、本の盗難疑惑で苦しめられた過去があり、ガルムの王は何があってもマリーにだけはというくらい拒絶している節があった。
「だからだろう。マリーはこの件に関して、陛下を含む王政派へ絶対に情報を漏らすなとワシ達に口止めをした。漏れた時点で破棄と見做し、軍事侵攻に移るとも。それに内部からすぐに情報は拾えるから、漏らせばすぐに発覚するとも言っていた」
「ッ……」
「内部から、か」
「なるほど、てっきり家族でも人質に捕られているのかと思っていましたが……家族どころか領地の住民が人質のようなもので、ガルムという国を残すため、そして住民の命と生活を守るために謀反を起こし、王政派の兵を倒してでも進むという選択をしたわけですか」
「……だからとて、罪が消えるわけでもない。この手で――、ワシの指示で多くの同胞を葬ってきたのも事実。陛下……全ての責は反乱軍を纏め、指揮を執ったワシにございます。いかような処罰も受ける所存でありますれば、ガルム存続のため、他の者達の命だけは、どうか……お救いいただきたく……」
そう言って額を静かに地面へ擦り付けた辺境伯。
外野が口を出すべきではない。
それは分かっているが、これはあまりにも――。
「ロキ王、案ずるな。そのような圧を放たずとも、分かっておる」
「え?」
「この一件、余にも落ち度はあるのだ。ガルムの歴史に縛られ、中立という立場に拘り過ぎていたこともそうであるし、説得は続けていたというのに情報が回るのを恐れ、お前たちにその立場を崩したことも伝えられなかった。良し悪しは別として、勇者タクヤの後ろ盾は得られるとでも伝えておけば、何かが変わっていたのかもしれん」
「……」
「お互いに、国を守ろうとしたのだ。ガルムという国を、あのアルバートからな。ならば余がすべきは粛清などではなく、国の存続を願いながら亡くなった兵達へ報いるためにも、一丸となってガルムを守り通すこと。そうであろう? ダムラット辺境伯よ」
王の言葉に辺境伯は、暫し項垂れたまま微動だにしなかったが……
顔を上げた時には先ほどと変わらない、大きな覚悟を背負った目をしていた。
「……陛下のお命を頂きに参ったのです。如何なる極刑をも覚悟の上でございましたが、もし許されるのならば、これから始める可能性の高い東部侵攻を死地とし、 万の兵を道連れにすべく死力を尽くしましょう」
よく見れば、他も顔つきは同じ。
結局辺境伯と、それに指揮官連中も死に場所を求めて、これからの戦に備えようとしている。
生徒でいる代わりに学院を守り、東部反乱軍を説得するという、傭兵としての仕事はこれで果たせたと思うが……
なんとなく。
この人達にはあまり死んでほしくないなという気持ちと。
知らずとは言え、精神的にだいぶ追い詰めてしまったことへの罪悪感と。
それに、高みの見物を気取って何かを狙っていたマリーへの苛立ちや気持ち悪さと。
でも下手に大きく動いて、ベザートの皆を危険には晒したくないという気持ちと――。
他にも、様々な感情が入り混じる中。
手薄である今が最も危険だからという理由で、フラつきながら東部へ引き上げていく元反乱軍の後ろ姿を、俺はハーゼンさんから声が掛かるまでボンヤリと眺め続けていた。