Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (525)
512話 人物像
普段なら見張りの兵以外は動く者のいない、夜更けの宮殿内部。
しかしこの日に限っては静まることもなく、慌ただしい人の出入りは王の執務室であろうと変わらなかった。
「陛下、そろそろお休みになられた方が……」
「何を言う。まだまだ問題は山積しているというのに、この状況で悠長に寝てなどいられるものか。それよりハーゼン、市街地はどうであった?」
今しがた入室してきた騎士総団長ハーゼンに、すぐさま用件を問うウォズニアク王。
「はっ、副団長マリクから報告があり、火災に次いで脱獄囚や偽装兵の暴動も概ね鎮圧が完了したと。尋問の結果、囚人を解放したのは人間と思しき2名の傭兵。また住民を金で雇い、偽装兵に仕立て上げたのが『パドン商会』であることも判明しました」
「傭兵はロキ王が既に始末している可能性も高そうだが、パドン商会か……関係者は捕らえられたのか?」
「いえ、それが商会に出向いたところ、人はおろか、棚の一つすらないほどもぬけの殻だったようでして。既に逃げた後と判断し、王都周辺を探索させております」
「そうか……となると、噂の出所はまだ断定できぬか」
「はっ、今のところパドン商会が絡んでいるかも不明、少なくとも10を超える箇所から同様の噂が生じておりますので、ロキ王を貶める狙いがあって組織的に動いていたことだけは分かっております。しかしそれも、許可を下ろしていただいたことで、すぐに払拭できるかと思いますが」
「左様であるな。許しを得たのであれば、私が直接民草に真実を語ろう。この街を――、いや、二分する国内の争いを解決し、ガルムという国を救ってくれたのは紛れもなくロキ王だとな」
何も公にするのは国外に対してだけではない。
ロキは外に向けての戦争予防策程度にしか考えていなかったが、ウォズニアク王とハーゼンは当然のように国内の統制にもその事実を利用しようとしていた。
「これで後は宰相殿が進められている内通者の炙り出しと、今後の学院がどうなるかですね」
「うむ。断崖の向こうを確認してきた者達からは、一部施設の破損や倒壊はあるにしても、ロキ王の指示で教師陣が全て防衛に回ったおかげか、図書院の蔵書に影響は一切無いと聞いている。なればあとは生徒達とその親次第だろう」
我が子に他では得られぬ知恵をつけさせたいという殊勝な考えで子供を通わせる者もいれば、近い年齢層の繋がり、人脈を作るために。
またはクルシーズ高等貴族院の卒業という、一定の社会的地位を得るために通わせている者。
中には今いる場所より安全だからと、子供だけでも戦地から避難させる目的で通わせていた、大陸西方の貴族達も数多くいる。
入学の理由など人それぞれなのだから、こればかりはどうなるのか、王といえどもはっきりとした答えは見えてこない。
しかしそれらもロキとハンスが許可を下したことで、大きく好転する可能性が高いと踏んでいた。
なにせ二人の異世界人に護られた街。
このようなことは大陸広しと言えど前代未聞であり、安全を買ってでも欲しいと願う者達にとっては、これからの『王都ゲルメルト』こそが安息の地と捉えられてもおかしくはない。
「いずれ、この恩には必ず報いんとな……」
「ええ、口を挟むべきではないと堪えましたが、あの程度で喜ばれていたことに、私は申し訳なさが先立ちましたので」
「確かに、宝物庫の中身を空にされても文句など言えんと思っておったわ」
数時間前、宝物庫の中で嬉しそうに小さな『玉』を握りしめていたロキの姿を思い返し、二人はふと思う。
ハンスとロキには貸し借りがあったと聞くが、ガルム聖王騎士国がロキから受けた借りはまだほとんどと言っていいほど返せていない。
だからこそ、ガルムの英雄にもし何かがあれば、全てを賭してでも、その力に――。
しかしそのような決意など、当の本人は知る由もなかった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
多くの者達が寝静まるような時間帯。
ようやく戻ってきたこの国の元首に、今か今かと帰りを待っていた一部の重鎮達が駆け寄る。
「戻ったぜ~こっちは何も問題なかったか?」
「…………はい、問題ありません」
「思っていた以上に時間が掛かったな。こっちはって、ボスの方は問題でも起きたのか?」
なにせ使役した巨竜を4体も引き連れ、他国へと出向いたのだ。
狼の獣人――サガンが心配そうに問うと、ハンスは苦笑いを浮かべながら冗談交じりに答える。
「あ~いろいろあり過ぎだ。まさか俺が”おっちゃん”と呼ばれ、悪ガキ共に圧し掛かられるわ、髪の毛を引っ張られるわ……もう散々だったぜ」
「は?」
「…………これは、戦争ですか?」
「バカ言うなよ。ガキ共と少し遊んだだけでそんな
大事
にするか。でもまぁ、借りを返す目的とは言え、行った意味はあった。それは間違いねーな」
「ダカラ、ソンナニ上機嫌ナノカ?」
一般的な人のソレとは明らかに違う声。
歪な言葉を発したのは、少し離れた位置で床に寝そべる銀色の獣だった。
「くははっ! さすがシグ、相変わらず鼻が利くっつーか鋭いじゃねーか。ウチの得になりそうなネタが転がってたから、ついでに拾ってきただけだけどな」
「フム……アノ小僧ガ絡ンデイテカ」
「だからだ。衆目の中でロキと行動を共にした――その事実があのクソババアに対して大きな牽制になる」
「お、お待ちください。ガルム聖王騎士国の内乱は、片方がマリーを担いでいることが原因のはずですが……まさか、現地にあの女がいたのですか!?」
どよめく場。
大陸の4強と呼ばれ、普段からいがみ合っているような者達同士が鉢合う。
そのような事態、一歩間違えれば大陸の覇者を懸けた頂上決戦の勃発だ。
借りを返すためとはいえ、そこまで危険な場所に出向いていたのかと、慌てたように山羊の獣人ドズルは問うも、違うとばかりにハンスは首を横に振った。
「いや、だから外に向けて発信させることにした」
「え?」
「ん?」
「ヌ?」
「…………ガルム聖王騎士国に、ということですか?」
一瞬、意味が分からないとばかりにその場の会話が止まるも――。
長考していたのか、それともいつもの癖か。
溜めたように言葉を吐き出したメイビラの言葉にハンスは頷く。
「そういうこった。あの女の性格を考えりゃーどこかで見ていた可能性もなくはないだろうが、どちらにせよこれでクソババアも相当動きにくくなるだろ」
「確かに、異世界人二人が相手となれば、今まで以上にマリーも警戒するのだろうが……」
「マサカ、アノ小僧ト組ムツモリカ?」
唸るように吐き出した、腹に響くほどの低い声。
この場にいる者達が気にするのは銀毛の獣が示すこの反応であり、ハンスを含め、一斉に視線を向ける。
「組みやしねーよ。ただ他所からは組んだように見えちまったんなら、ついでにその状況を利用しちまった方がいいだろう? まだ見えてねーってだけで、ババアがウチにちょっかい掛けている可能性だって捨て切れねぇわけだしよ」
「グルゥ……」
「シグ、ロキの存在がそんなに不安か?」
「ナゼカハ分カラヌガナ、アノ小僧ヲ見ルト心ガザワツクノダ」
「ふーむ。シグ特有の感覚も十分参考にはなるでしょうが……ハンス様、ロキ王の様子はどうだったのですか?」
参考にはなるが、特異過ぎてその感覚を誰も共有はできない。
ならば先ほどまで直接行動を共にしてきた人物が目の前にいるのだ。
聞いた方が早いだろう――そう思ってのドズルの問いに、ハンスは少し考える素振りを見せながらも答える。
「至って普通――、いや、どちらかというとかなりお人好しの部類だろ。生徒という立場で巻き込まれたからっていうのもあるんだろうし、クソババアを嫌う個人的な感情だってあるんだろうが、ついでで他所の国内紛争まで解決しようとするか? しかも国の後々を考えた綺麗なやり方でだ」
「ないな、と思ったが、ロキ王がわざわざウチに影響のありそうな不穏な動きを知らせてくれたから、今回の貸し借りに繋がったんだったな」
「ああ、俺じゃ間違いなくやらねーようなことも、アイツは誰かのためと思えばやっている節がある。しかも見返りなんて二の次でだな」
「なら――」
「だが、シグが危ぶむ理由もなんとなく分かる。俺でも何をやったのかさっぱり分からねー能力で、数万という規模の軍兵を制圧していたからな。あれがもしかしたら『魔物の力』なのかもしれねーが……シグが警戒してんのもそこだろ?」
「グルゥ……」
そう問われ、銀毛の獣は首を僅かに傾げる。
薄っすらと何かを感じる、匂うという程度の感覚に、はっきりとした答えなど見えてはこない。
しかし、時間も時間。
その強さゆえにシグも警戒しているのだろうという空気感が漂う中、ハンスの解散という一声により、場はお開きとなったわけだが――。
なぜ、ハンスが初めてロキを連れてきた時は、何も感じることがなかったのか。
それが強さという理由になるのだとしたら、人はこうも急激に強くなれるものなのか……?
まるで守護獣のように、誰もいなくなった宮殿の入り口を陣取る銀毛の獣は、横たわりながら見えない疑問の答えを探し続けていた。