Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (537)
522話 スチア連邦のその後
魔物使いベッグが爆誕した後。
馬車置き場の横にある小屋で溜まった手紙を確認していると、俺が渡したお土産の茶を啜りながら、ダンゲ町長が声を掛けてくる。
「一つの手紙にそこまで時間を掛けるとは珍しいのぉ……」
「そりゃそうですよ。最重要とも言える隣国からの、その後を記した手紙です。場合によってはそのまま異世界人同士の戦争に発展するかもしれないんですから」
「ふーむ、前回は一月くらい前じゃったか」
「ですね。あの報告があったんでそれなりに安心はしていたんですが……」
ハンスさんからの手紙はこれで2度目。
一度目は学院通いをし始めた頃に届いており、俺の調査から予想されていたことは概ね事実で、持ち回りで首領になっている兎人族を筆頭に、猪、リザード、それに虎の代表4種族がマリーの傘下に下ったと渋々ながら認めたこと。
また唐突の訪問であるにも拘わらず、総じてマリーからの支援を受けているだけで、ハンスさんが治めるエリオン共和国に対して攻撃の意志はなく、また支援を受けている事実をとやかく言われる筋合いもないと。
そう告げたようで、ハンスさんとしても上げそうになった拳をひとまず引っ込めることになったと、このような一報が届けられていた。
そして今回はというと、さらに時間を掛けて各方面を調査した詳しい内容が記されており――、なるほど。
マリーの手口や狙いも、この報告内容に目を通すと薄っすらとではあるが見えてくる。
きっかけはガルム同様、マリーの投降を促す勧告から。
アルバートに下ったとしても一方的に不利益を被るということはなく、むしろ生活が豊かになるという常套句であろう言葉と共に、まずマリーは大量の魔道具を無償でばら撒いたという。
ハンスさん曰く、魔道具はどこにでもある使い古されたようなモノばかりだったようだが、大半は森の奥地で未だ物々交換が当たり前の原始的な生活をしている連中だ。
その程度でも大きく生活が向上したことは間違いなく、マリーに求められたノルマを満たせば、さらに性能の良い魔道具を分け与えてもらえる。
加えて魔物塚を筆頭に、獣人達ではあまり活用できない魔物素材を食料や日用品への加工が容易な素材に交換していることから、傘下に下ったことを認めた4種族は、どこもこの支援を好意的に受け止めていたという。
真っ直ぐに提案しただけなら牙を剥く連中を、魔道具や食料というアメで懐柔させただけ。
その程度なら双方が認め合った関係性なので、さほど否定する話でもないと思うが……問題はここからで。
なぜこの条件でも下っていない種族が半分以上おり、また下った4種族もその事実を納得しながら伏せていたのか。
ハンスさんも当然疑問に思ったらしく、踏み込んで聞き取りをした結果見えてきたのが貢献と選別、そして切り捨てだったらしい。
スチア連邦には今後も変わらずに自治権を与え、最も貢献した種族長に持ち回りではなく、継続的な首領を任せたい。
その場合、今ある代表種族は12も不要で、半分か、多くても8あればいい。
マリーが各種族長へこのように伝えたことで、族長や長老という立場の者達に大きな衝撃が走り、未だかつてないほど種族同士の関係性がギクシャクしているという。
誰もがスチアの代表種族は自分達であると疑わず。
だからこそ揉め事が起きないよう、首領は持ち回りとして種族間の均衡を保っていたというのに、その関係性が崩れ――というより敢えて崩す流れを生み出し、付け入る隙間をマリーが作ったのだろう。
それこそ今は、どの種族が代表に選ばれるのか、選考中の段階。
「自分達が首領になってから公表するつもりだった」
そんなことを、後々の立場も考えて我先にと下った4種族は口走っていたというのだから、これが餌に釣られて真っ先に転がされた阿呆の代表種族ということなのかもしれない。
そして慎重になっている種族はというと、魔道具や食料の供給は有難がっているようだけど、貢献と呼ばれるその内容が気に食わないらしい。
まぁ、そう思って当然というか、そう思わない先の4種族が問題だと思うが……
「ここでも人集めねぇ……」
マリーの言う『貢献』の内容は不透明だ。
ハンスさんの手紙にはそう記されており、周辺狩場の環境が異なるせいもあってか、各種族に対して言っていることが共通していないらしい。
邪推すれば――、というよりマリーならきっと、見えないゴールの中でより種族間を競わせ、自分達が従属の立場であることを刷り込もうとでもしているんだと思うけど……
ただ各種族に共通して明かされていることもあり、それが『人の手配』だったという。
各代表種族には下につく種族もいると羊獣人のドズルさんも言っていたのだから、ノルマに合わせ、下部の種族から人を売り払うように引き渡す判断をしたのが先の4種族であり、慎重になっているのが残りの8種族。
しかし縄張りとも言える一定の土地を管理、守護する12の代表種族を減らすというのが慎重派にも重く圧し掛かっているようで、顔色から折れてマリーに下る種族は今後も増えるだろうとハンスさんは手紙に記していた。
そして――。
「何もしないハンスさんと、人間至上主義の国を守り、多くの獣人を斬り捨てながら東へ侵攻している俺か……」
マリーがこのように触れ回っているため、特に俺がスチア方面で身分を明かす際は気をつけろと、そのような忠告も残されていた。
説得の材料に、さぞ俺は都合が良いのだろう。
今のラグリースには獣人だって普通に出入りしているが、森の中から出てこない連中がそんな事実を知るわけがない。
俺を仮想敵と見做して危機感を煽り、いずれスチアという土地が高い確率で戦場になるのだから、今のうちに付くべき相手を見定めろというマリーの言い分は、確かに口車に乗ってしまうことで現実に近づくのかもしれないけど……
「随分な言われようじゃな」
「ほんとですよ……でも否定する者がいなければ、戯言だろうと真実になってしまう。まったく接点がなかろうと、想像力だけで敵意はいくらでも育ちますしね」
「……言葉に、妙な重みがあるの」
「たくさん、経験しましたから」
土地を求めているであろうことは当然として、狙いは代表種族の懐柔、戦力の確保、それとも敵に回った時を想定しての分断か。
全てとも言えそうだし、ここには記されていないが、かつて沼地を徘徊していた者達の行動を考えれば、まだ他にも狙いがあるのかもしれない。
この手紙ではその程度のことしか分からないけど、しかし間違いなく言えるのは、マリーが都合良くアメだけをバラ撒くなんて、そんな善人染みたことをするわけがないということだ。
となると、やはり――。
国が豊かになったという話だけ聞いていたテリア公国は、果たしてマリーに何を要求されているのか。
俺は大きな不安を抱えながら、その地へと向かった。