Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (551)
536話 職業斡旋ギルド
ベザートの町の南寄り。
と言っても今はこの辺りが町の中心部だろうという場所に、3階建ての『職業斡旋ギルド』は存在していた。
中に入ると、ムワッと熱気が漂うほどロビーの一角は人で溢れており、5つある真新しいカウンターにも人の列ができている。
見覚えのない顔ばかりだし、ロズベリアの奴隷とはまた違う移民の人達っぽいが……
(みんなが見ているのは――あぁ、日雇いね……開拓者の大規模な募集か)
人が増えれば見合った土地が必要なわけで、少しずつ中央の居住区が南に拡張されていることは知っていた。
伐採に木材や石材の搬出、整地など。
今までやっていた道の石畳計画以外にも様々な仕事が載っており、決して高給とは言えないが、数日働けば個室の国営アパートが借りられる程度にはお金も稼げるらしい。
これならご飯は教会からタダ飯が出ているので、この町で暮らすだけなら余裕だろう。
そして、横には長期雇用向けの木板もいくつか貼られていた。
『今までの経験、培ったスキルを活かしたこの町の仕事を紹介します。詳しくは受付カウンターまで』
ご丁寧にこのような案内板までデカデカと貼りだされているので、これを見てみんな自分の情報を登録しているんだろうな。
賑わっているロビーを横目に、俺はそのまま3階へ。
【探査】の反応が示すままに奥の一室で声をかけると、聞き慣れた声が返ってくる。
「ロキか。待っていた、入ってくれ」
「遅くなりました~」
言いながら部屋の中を見て、思わず苦笑いしてしまう。
ハンターギルドの時と同じかそれ以上だな。
大量過ぎる木板に囲まれ、仕事以外の要素がこの部屋にはまったく見当たらない。
「相変わらずですね」
「まったく、あまりの忙しさに目が回りそうだ。異世界人の名が及ぼす影響は凄まじいものだな」
そう言いながらも、ヤーゴフさんは珍しく笑っていた。
この人以上に町の拡大を実感できている人は、いてもダンゲ町長くらいだろうしなぁ……
「まさかヤーゴフさんが直接動かれるとは思いませんでしたよ。ハンターギルドの方は大丈夫なんですか?」
「向こうはサブギルドマスターのイリーゴに任せている。ロキも面識くらいはあるだろう?」
「ええ、数度会話をしたくらいですけど」
「数が多いとは言え魔物の処理に専念させているのだから、こちらよりは遥かにマシなはずだ。それにまだ、正式にギルド本部から認可されたわけでもないしな」
「たしか視察には来ていたんですよね?」
「ああ、あまり国や領主には興味を示さない連中が、珍しく幹部まで連れてロキに会いたがっていた」
「え?」
なんだ?
ハンターギルドの本部に知り合いなんていないはずだけど。
疑問に感じて首を傾げていると、ヤーゴフさんは溜息を吐きながら答えてくれる。
「ロキがハンターだからだろう。そしてクアド商会ができてから、ギルドに素材を卸す機会がめっきり減った。違うか?」
「あ……」
「良質な素材が得られていた大陸西部の狩場は、国による独占という形でいくつも封鎖されているんだ。現場が参ってしまうほど素材を卸すロキの存在は、ギルド本部にとって相当有難かったはずだ」
「そういえば、Sランク狩場の1つが帝国に占有されているって、ロズベリアのオムリさんも言ってましたね」
「帝国に所属する人間でなければ立ち入ることができず、素材も制限が掛けられ滅多に表へ流れてこない。となれば、本部がロキに様々な期待を寄せてしまうのもしょうがないと言えるが……その全てに応える義理も責務もロキにはない」
だから、視察時に俺を呼ばなかった。
そう言わんばかりになんとも言えぬ表情を浮かべたまま、手元の冷めていそうな紅茶に口を付けたヤーゴフさんを眺めつつ、さてどうしたものかと思考は巡る。
と言っても、ハンターギルドは今の段階じゃ答えに悩む必要もないか。
確かに俺が大量の素材をギルドへ卸せば、その地域を中心に資源が回り、多少なりは豊かになるのかもしれない。
希少素材となれば尚更だ。
だが、知り合いやこの国の人達が豊かになるならまだしも、その影響を受けるのは欠片も接点のない赤の他人。
わざわざクアド商会という基盤を作ったにも拘わらず、各地に素材をバラまき高値で捌くチャンスを棒に振るなんてバカげているし、精々俺に損がない程度で、ジェネやウィグに食わせている餌の中でも需要の高い余り素材があれば、それはしっかり省いて他所に流していこうという程度で十分だろう。
だが、問題は帝国だ。
ゼオから《夢幻の穴》の城内にいる魔物情報は確認しており、見覚えのない魔物や上級ダンジョンにいた魔物とは別に、素材として活用していた魔物の狩場情報も聞いていた。
ゼオはフェンリルと言っていたが、青白い狼は大陸北東のSランク狩場に。
アースドラゴンは大陸西部のSランク狩場に生息していると、確かにそう言っていたのだ。
帝国が独占できていると思っていた高位素材が、なぜか市場に流れ出す。
となれば、アースドラゴンの素材を売り出すことで反感を買う恐れはあるだろうけど……
(この手のタイプは変に気を使えば、余計調子に乗るだけだろうしな)
帝国の気質を想像すると、どうしてもそんな結論に行き着いてしまう。
近くに土地があるというだけで奪い、我が物としただけでなく独占して利益に繋げているわけで。
そんな図々しいやつらに遠慮なんて、ジッとしているのでもっと毟り取ってくださいと言っているようなもの。
そもそも俺は相手のテリトリーに踏み入って何かをしたわけではないし、全ての素材を得ているわけでもないのだから、これでイチャモンをつけてくるようならそれこそ『悪』でしかなく、そんな害虫は殺処分してしまった方が世のため人のためってもんだろう。
結果的にその選択がベザートの住民を危険に晒すかもしれないが……
土地を求めて侵攻を続けている以上、遠慮をしたところで結末は同じ。
それに稼げる時に稼いでおかないと、俺がこの町にお金を落とすこともできないしな。
「ちなみに、仕事は足りていますか?」
そう、まず何よりも見るべきは自分の足元だ。
表に出ている長期雇用の募集はさほど量があるわけでもなかった。
不足しているのなら、先ほど思いついた洗濯屋のように、他にも無い知恵絞って仕事に繋がりそうな案を捻り出すべきかと構えていたが。
「いや、逆で人手が足りていない。だからこの形がロキの想定している『職業斡旋ギルド』と相違ないか確認しておきたいのとは別に、この件も相談できればと待っていたのだ」
「ん……んん?」
まったく予想外の言葉が飛び出てきたせいで、なんと返せばいいのか、言葉に詰まってしまう。
下には人がいっぱいいたけど、そんな大規模な工事でもしようとしているのか?
「税を無くした影響が徐々に広まっているのだろう。この地で商売を成そうと考えている者が多く、人材を求める声に対して
技能
が追い付いていなくてな」
「あー……つまり、即戦力を求めているってことですか?」
「そういうことだ。早い段階で地盤を固め、他所を出し抜きたい。誰も彼も考えることは同じらしい」
「なるほど」
知識と経験のある優秀な人材は取り合いになり、箸にも棒にも掛からぬ人達は日雇いで食い繋ぐ。
地球にいた頃を想像すれば、それもまたあるべき姿なのかもしれないけど……
俺自身がいくら努力を重ねようとも抜け出せず、ただ生きるために心を殺して藻掻いていた立場だからこそ、なんとかできないものかと考えてしまう。
完全になんて、そんなのは無理だと承知しているけど、それでも才能に恵まれず、出遅れてたまま道が閉ざされている人達に少しでも光が当たるのならば――
「学校……養成機関、ですかね。今、この町に必要なのは」
「ふむ。具体的な中身は?」
「そう難しいものではありませんよ。一定の費用を支払えば誰でも通える、専門の技能を身に付けるための施設だと思ってもらえれば。【建築】でも【裁縫】でも、それぞれの分野で得意とする講師を雇い、学びたい人達に通わせればいいわけですよね?」
「なるほど……ロキが見慣れぬ服を着て、貴族院に通いだしたという話を耳にしていたのでな。話が早くて助かると言い掛けたが、誰でもということは、つまり若い連中だけではないということか」
「ですね。あの給金なら日雇いでもちゃんと働けばお金に余裕は生まれますから、そこから抜け出すために授業料を払ってでも、新たに技能を身に付けたいと思うかは人それぞれ。やる気のない人を救う義理はありませんけど、やる気があるなら大人であろうと老人であろうと、新しく道が開けたって良いと思うんです。集まった授業料の一部を講師の雇用費や維持費などに充てれば、差分はまた別の形で国の収益になりますし、技能の優れた人間が多く生まれれば、それもまたこの国の財産になりますしね」
貴族院でも近いことはやっていたけど、本当にその手の技能が必要なのは、身分という絶対的な武器のない庶民の人達だろう。
それに子供だけなんてもったいない。
そもそも絶対数が少ないし、即戦力が欲しいというのにいつ働けるんだという話になってしまう。
大人だからこそ現実を直視し、本気で学びにくる。
即戦力が欲しいなら分母は多いに越したことはない。
「となると、問題は教えられる人材の確保か」
「ええ、そこは適任者が見つかった分野から少しずつ始めていくしかないと思います。でも、結構面白いと思いますよ。広大な土地にいくつもの専門施設が立ち並ぶ、年齢も種族も関係のない学校。西区の奥に作っても、今ならトロッコ輸送での移動だって実現可能ですしね」
初期費用くらい、先行投資だと思って俺が出すのだ。
あとは教えられる人材がどれほど集まるのか。
マイナーな仕事やスキルほど時間は掛かるかもしれないけど、幸い移民者が真っ先に顔を出す職業斡旋ギルドは既にできているわけで、ここで大体的に公募すれば少しずつでも人は集まってくれるだろう。
いざとなれば、俺がどこかで勧誘したっていいわけだしね。
ただし――
「もしそんなものを作ったら、今まで以上にヤーゴフさんは忙しくなると思いますけどね」
まず間違いなく、訪れるであろう未来。
一応、忠告はするが。
「くくっ、面白い。音を上げたくなるほど多忙極まる発展がこのベザートに訪れるのならば、それこそ私の本望というものだ」
そう言って、やはりヤーゴフさんは笑っていた。