Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (556)
541話 恐怖か、それとも興奮か
「懐かしいなぁ……」
旧ヴァルツ領西部の町、グリールモルグ。
目的地《イスラ荒野》の最寄りとなるこの町で、俺が真っ先に向かったのはハンターギルドだった。
いくら俺自身の立場があろうと、ハンターギルドは国と一定の距離を置く独立組織。
一時的とは言え、知り合いでもないハンター達の行動に制限を掛けるなど、やれ横暴だ、独占だと。
否定的な言葉も覚悟していたわけだが、面会を求めたギルドマスターに事情を伝えると、意外にもスムーズに俺の要望を了承してくれた。
“イスラ荒野の南端に凶悪な魔物が出現する恐れがある。念のための確認と、発見した場合の討伐を目的としているので、ここで活動するハンター達の安全を確保するためにも、本日の夜間はイスラ荒野への立ち入りを制限してほしい”
このように伝えたこともあり、大真面目な避難勧告と受け止めてくれたらしい。
まさか俺自身が故意に湧かそうとしているとは思っていないだろうけど、嘘は言っていないし、偶然にも条件が重なって別の誰かが湧かせてしまう可能性だってゼロじゃないのだ。
碌に草すら生えていないイスラ荒野の中であれば小さな村も存在していないので、誰もいない深夜にひっそりと実験をしておけば、距離のあるこの町に危険が及ぶこともまずないだろう。
ハンターギルドでの用事が済んだら、お次は町の傭兵ギルドへ。
俺のようにハンターと兼業の人間も多くいるわけだし、一応余計な被害が及ぼないようにと重い足取りで向かってみたわけだが。
「……」
当然と言えば当然か。
あの戦争で俺がヴァルツの傭兵を大量に殺しているのだから、中は閑散としており、人の姿はもちろん、中央の支柱に貼られた依頼も片手で収まる程度しか貼られていなかった。
罪悪感というほどではないにしても、旧ヴァルツ領の傭兵ギルドを衰退させたのは間違いなく俺。
だから自然とヴァルツの傭兵ギルドだけは避けていたので、こうして懐かしの人と目が合うと、なんとも言えない気まずさでいっぱいになる。
「お久しぶりです、ミルフィーさん」
「……まさか、ここに顔を出されるとは思いませんでしたよ、ロキ王様」
やっぱり、恨まれているのかな。
冷たく感じる眼差しと口調で言葉を返してきたのは、かつてお世話になった受付嬢。
以前はその容姿も相まって華やかな印象があったのに、今は俺を見つめる表情も含めて、どこか影のある雰囲気を漂わせていた。
そのせいで、余計に聞きづらくなるが。
「傭兵ギルドはあれから……」
ここが属国の治めている場所だからとか、そんなことは関係ない。
俺のせいで、ラグリースの蹂躙とはなんら関係のない人に大きな影響を及ぼしているのなら、それは真正面から受け止めるべきだろうと言葉を吐き出す。
「見ての通りです。あの戦争に参加した傭兵は、未だまったくと言っていいほど戻ってきておりません。国内登録傭兵の8割以上が参加したのですから、ヴァルツの傭兵ギルドはもう崩壊したと言っても差し支えないでしょう。ここの支店も今月で閉めますしね」
「え?」
「それでもラグリースからの新規登録者が少なからずいたので、まだ保った方です。他所はもっと早くに潰れていましたから」
「そう、でしたか……」
「ヴァルツの傭兵でいる限りロキ王様に殺されると噂が立ち、参加しなかった者達も多くが東へ逃げました。それに国内の傭兵ギルドを纏めていたオズワード公爵が王家と共に消息を絶って以降、ヴァルツの貴族達が恐れて後任すら決まっていなかったのですから、当然と言えば当然の結果なのでしょうね」
「……」
言われてふと見上げると、ずらりと並んでいた国内傭兵ランキングは全て木板が外され、今は収めるための枠だけが寂しく取り残されていた。
傭兵であれば多くが憧れ、そして目指すであろう
目標
が存在していない。
そんなことは各国を回っていても初めてだし、それだけでヴァルツの傭兵ギルドがまともに機能していないであろうことは理解できる。
ラグリースには元々傭兵ギルドなどなかったのだから、余計に必要性が薄いと感じて後回しにされているのかもしれない。
「だから見納めにでも来られたのかと思っていましたが、違ったのですか?」
「違いますよ。別件の、お願いがあってここに来たんです」
「こんな何もないところに、今更? ……って、ごめんなさい。非は明らかにヴァルツ側にあったと、もう分かっているのに、つい……本当に、ごめんなさい……」
言いながら、両手で顔を覆って俯くミルフィーさんを見て、どうしたものかと思考は巡る。
気持ちは分からなくもないのだ。
手にしていた職を、もう少しで失う。
にも拘わらず、戦争に向けて多くを吸い上げられた影響はまだ色濃く残り、ここに来るまで少し眺めただけでも町には貧しさや侘しさが強く表れていた。
たぶん、この雰囲気は次の職も決まっておらず、先がまったく見えない不安に駆られているのだろう。
この人だけに限った話じゃないと、分かってはいるが……
「ミルフィーさんさえ良ければ、ここを閉めた後にでも一度、アースガルドに足を運んでみませんか? きっと、あなたに適した仕事が――、というより、僕が個人的にぜひやってほしいと思っている仕事もありますから」
領土内に傭兵ギルドを再建させるかどうか。
それはラグリースのヘディン王が考えることであって、俺が関与する話ではない。
だが、
アースガルド
には傭兵ギルドがない。
だからこそ、癖のある傭兵連中をその美貌と話術で上手く転がしていたミルフィーさんには、任せたい仕事が多くある。
無理に傭兵ギルドを建てなくても、職業斡旋ギルドの一部として近いことを担ってしまえばいいわけだしな。
混乱しながら、それでも俺が訪れた目的を聞き入れてくれたミルフィーさんにお礼を伝え、これで下準備は済んだとばかりにイスラ荒野へ移動。
黙々と一人、条件であるポイズンクラウドの魔石を回収していった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
途中からは【夜目】を使用したので視界は明瞭だが、時刻はもう23時を回っていた。
月明りが照らす乾いた台地に一人佇み、霧を纏わせ動き始めたポイズンクラウドに、用意していた魔石の欠片を少しずつ放り込む。
以前に怪しい挙動を示した時の魔石量は、市販の皮袋に収めていたのだからおおよそ把握できていた。
これだけあれば、あの時と同じ反応も引き出せるだろう。
ふぅ――……
《嘆きの聖堂》のように、可能性を追うのとは違う、本物の反応。
今でも忘れることのないあの感覚は、それくらい気持ち悪くて異質だった。
ほぼ、間違いなく出る。
裏ボスは出現する。
だからか、異様な緊張感に襲われ、魔石を掴む手にも汗が滲む。
だが、この日、この時のために。
まずは裏ボスを打倒しようと、今日まで積み重ねてきたのだ。
あくまで通過点。
目指すのはさらにその先だ。
ならば、なんとしてでもここは越える。
越えてみせる。
そして――
盛り上がるように舞い上がった霧が次第に黒く、そして小さくなり始めたところで手を止め、その動きを静かに見つめる。
【洞察】は使えない。
あまりにも大きなステータス差があった場合、その反動は俺にとって致命傷になる。
だから代わりに使用したのは【心眼】だった。
これならスキルだけではあるが、敵の動きを多少は予測できる。
そう思っていたからだろう。
霧はずっとポイズンクラウドのスキルを示していたのに、次第に収束し、霧というには濃密過ぎる黒い塊が上空から降りてきた時。
「あぁ……これは……」
突然レベル9の【心眼】が弾かれたことで、俺の身体は恐怖によるものか、それとも興奮からなのか。
自分自身でもよく分からないまま、ブルリと強く震えた。