Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (571)
554話 揺らぎ始めた大国
場所はアルバートの中心地、王都『ロミナス』。
城塞都市でもあるこの街の宮殿内部には今、ある者の声に応じて50を超える貴族達が集まっていた。
そして呼びかけた貴族達の若き中心人物――レオン・フォート・セルリック侯爵が、周囲を一瞥してから渋面を作るビーネ宰相に口を開く。
「前例にないほどの重大な事案だとお伝えしたはずですが、それでも陛下はこの場に来てくださらないのですか?」
「いくらセルリック卿の頼みとはいえ、あまりに唐突だったものでな……それで、これだけの数が集まって何用なのだ?」
そう問われ、諦めの混じった溜息を吐きながら、セルリック侯爵は数枚に渡って書き記した羊皮紙を渡す。
「まずは、こちらを」
「む? これは……」
目にした瞬間、僅かに声を漏らすも続く言葉はなく、暫しの間、眉間に深い皺を寄せながら報告書を眺め続けるビーネ宰相。
そして、何かを悟ったようにハッとした表情で顔を上げた。
「ま、まさか、ここにいる者達が皆、子を襲われたというのか……?」
「正確にはこれでも一部です。確認が取れていない貴族は他にもおりますし、学院に子を通わせていた我が領内の商人や騎士からも同様の報告を受けております。例外なく、生徒全員が襲われたという話のようなので」
言いながら、セルリック侯爵は目を細める。
この事実を、予め宰相は知っていたのか、否か。
しかし――
「……その様子、ビーネ宰相も元凶となるマリー侯爵からはなんら報告を受けていないようですね」
「当然だ……というよりガルムからもこのような報告など受けていない。これ見よがしに二人の異世界人から助力を得て、内部に紛れた虫は一掃したと。それに内紛の解決や学院が安全であることを――ん? そういえば、なぜか学院は安全になったと強調しておったな……」
「つまり、我が国との抗争を恐れ、直接の言及は避けたということでしょう。しかし子供らは正直だ。こうして手紙や傍につけていた供を伝い、すぐに情報は広まります」
「……」
「ビーネ宰相。この件を受け、マリー侯爵に対する処遇は如何様にされるおつもりか?」
この時ビーネ宰相は、セルリック侯爵のあまりに険しい顔つきに。
いや、背後にいる貴族達の中には怒気を超え、殺気を感じるほどに目を血走らせている者もいることで、この事態が偽りや謀の類いではないことをすぐに理解するが。
「陛下にはこの旨、ありのままに伝えると約束しよう」
それでも、どこまで引き出せるのか。
おおよその結果が見えてしまうだけに、この程度の言葉しか返すことができない。
だがセルリック侯爵は、その返答を見透かしたように抑揚のない声で問うた。
「つまり、伝えはするが、陛下は動かれないと?」
「……セルリック卿こそ分かっていよう。元より賛否があることは承知している。特に卿のような歴史ある大貴族にはな」
人によっては棘を感じる言葉。
セルリック侯爵は僅かに視線を鋭くさせるが、ビーネ宰相はその眼差しを正面から受け止めた上で言葉を続ける。
「しかしこの国が大陸有数の強国と称されるほどの立場を築けているのは、マリー侯爵の力によるところがあまりに大きい……もし下手な処罰を理由に離反でもされたらと、私でさえ考えてしまうのだ。陛下であればなおのこと慎重にもなるだろう」
「……聡明な陛下であれば、今回の一件でよりマリー侯爵がこの国を利用しているだけだと、お分かりになるはずですが?」
「仮にそうだとしてもだ。現に兵を損耗させることなく領土は拡大を続け、国は大きな蓄えを残したままより強く、そして豊かになっている。それに対外的な牽制や抑止という面でも、4強と言われる一角が国に属しているという事実は大きい」
この言葉に多くの貴族達は、悔しさを滲ませながらも納得するしかないといった様子で小さく唸るが、北西部に広域の領地をもつ大貴族、セルリック侯爵は一人、片眉を上げて異を唱えた。
「抑止という面でも一人、まったく効いていない者がいるようですけどね」
「ふむ……そういえば、真っ先に報告を寄越したのはセルリック卿だったか。ならば丁度いい。各方面に急ぎ指示書を手配する予定だったが、ここに集まった者達には先に伝えておこう」
言いながら宰相の視線は、セルリック侯爵の肩越しに佇む多くの貴族達に向けられていた。
そして放たれる、衝撃の事実。
「今現在、第五の異世界人ロキが、我が国の領内に足を踏み入れている」
「「「!?」」」
この発言に場がどよめく。
この場にいる貴族達は、大なり小なり学院を含むガルム王都『ゲルメルト』の襲撃を――生徒の立場であった異世界人ロキが、その襲撃に対処したことも聞いていたのだ。
対立の気配が濃厚になってきている中での来訪に、目的は? 今どこに?
何か大きな被害は出ているのか?
衝いて出た疑問が場をざわつかせる中、ビーネ宰相は軽く手を上げ、予め用意していたかのように言葉を続ける。
「静まるのだ。あの者がいずれこの地に辿り着くことくらい予見はできていた。断片的な追跡情報ではあるが、今のところは北から東へと進路を取りつつ、各町の市場で買い物をする姿と、あとは一部の狩場での目撃情報が上がっているくらいで、特段目立つ問題行動は起こしていない」
この言葉に多くの者達が目を瞬かせる。
話を聞くだけならただの観光、もしくは武者修行でも行う放浪の旅人だろう。
大きな争いに発展していないことでにわかに安堵の空気が漂う中、セルリック侯爵は一人、冷めた眼差しをビーネ宰相に向けていた。
「空を舞うと噂の彼が、この世界に地図を生み出していることなど今更な話でしょう。つまりビーネ宰相は我が国の地図が作られ、そして世に出回ることを問題視されていないように聞こえましたが?」
「そうまでは言っていない……が、マリー侯爵も既に異世界人ロキの情報を掴み、その上で派手な動きなどできやしないのだから放っておけと指示が出ている。地図は黙って作らせておいた方が今は利点が多いのだそうだ」
「……販路が拡大し、その利点を最も享受できる者にはそう見えるのでしょう。しかしこの一件で間違いなく我が国は多くの敵を作った……いつ攻められるかも分からぬ西方の地を守る私としては、自国の情報をみすみす外部に漏らすなど、正気の沙汰とは思えませんけどね」
「言葉を慎め、セルリック卿。この件は既に陛下も納得されていること。そのお考えを愚弄する気か?」
「……」
「話が逸れたが、陛下からのご命令である。第五の異世界人ロキとの不要な接触、揉め事は一切禁ずる。他の者たちも、急ぎ戻り領内に周知徹底させよ」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
宮殿を出た貴族達はセルリック侯爵家の王都別邸に再び集まったものの、先ほどのやり取りを目の当たりにしていたため、用意された軽食にも手を出すことなく各々が不満を漏らしていた。
「くそ……ビーネ宰相に任せて本当に大丈夫なのか?」
「陛下に直接進言する機会を与えられぬのだからしょうがないだろう」
「もし揉み消されでもしたら、厄介なことになるな……」
宰相の言う通り、確かにマリーがアルバート王国に与えた功績は大きく、この国を強く、そして豊かにはしている。
だが、王が心酔と表現しても差し支えないほどマリーに傾倒し始めてからというもの、王だけでなく国そのものの様子までおかしくなってきているのだ。
この件を切っ掛けに、少しでも目を覚ましてくれればと、そう願っていたが……
「宰相はたぶん、まだ飲まれていない。でもあの様子じゃ、あまり期待はできないだろうね」
この屋敷の当主であるレオン・フォート・セルリックがこう発言したことで、より重苦しい空気が漂う。
「しかし、このままでは到底納得が……」
「その通りです! アルバートの将来を担う子供達だというのに……!」
「これでなんらお咎めが無いようでは、あまりに我らを軽視し過ぎていると言わざるを得ません」
さして気にするほどでもない、不安混じりの言葉。
しかし――
「軽視……うん、そうだね。確かに、軽視だ」
この時、セルリック侯爵の独り言のような呟きを耳にした周囲の者達は、大貴族という立場だからこそ、癇に障ってしまったのではないかと肝を冷やした。
自らを異世界人と呼ぶマリー侯爵がこの国で台頭し始めてから、みるみると王家に重用されていた大貴族が力を失い、地方へと追いやられたためだ。
歴史の古いセルリック家もその例に漏れず、中央の要職から外され、西の辺境で国境を広く守らされていた。
なんと声を掛けるべきか、周囲の貴族達はお互いに視線を交わしながら様子を窺うも、続く予想外の言葉に目を瞬かせる。
「軽視されているのなら、軽視できないようにすればいい、か……」
「セ、セルリック侯爵……?」
「ああ、ごめんね。独り言だったけど……まあでも、そういうことでしょ、結局」
「え?」
「えーと……?」
「ど、どういうことでしょう?」
あまりに断片的で、周囲はとてもじゃないがついていけない。
その様子を見て、セルリック侯爵は苦笑いを浮かべながら補足した。
「ビーネ宰相の動き次第だけど、あの感触だとマリー侯爵の信用を削ぎ落とせるかは怪しいわけでしょ?」
「え、ええ、そうでございますな」
「でも、陛下が目を覚ましてくれなければ状況は好転しない。仮に大陸の覇権を握ろうと、このままでは傀儡の国に成り果てるか、もしくは王家も消されて直接マリー侯爵が次代の王として頂点に立ってしまう。まず、間違いなくね」
言われ、その言葉を耳にした貴族達は揃って大きく頷く。
どこに居を構えているかも不透明な者が侯爵という立場を与えられ、余計な口を挟む者達は外へ追いやりながら国を作り変えているのだ。
既に実権を握っていると言っても過言ではなく、その結果多くの民にとって恩恵が得られているのであればまだ納得もできようものだが、劇的な変化を肌で感じたのはもう20年以上も前の話。
今となってはその動きも鈍化しており、領土を広げ、西の戦争が激化していく中で稼いだとされる富はいったいどこへ消えているのか、誰も把握などできていなかった。
そして、今回の件である。
「ならば、マリー侯爵に頼らずともなんとかなることを証明するしかない。丁度我が国最大の脅威とも言える異世界人ロキがこの国に踏み込んできているわけだしね」
「つ、つまりそれは、我々で第五の異世界人ロキを倒すと、そういうことですか……?」
この言葉に周囲の貴族達は顔を見合わせ、なんとも言えぬ複雑な表情を浮かべる。
それはそうだ。
子供達から学院の顛末は少なからず聞いている。
つまり、生徒達を――我が子を守ったのが異世界人ロキであることも、ここに集まる貴族達は把握していた。
マリーを擁するアルバート王国の所属である以上は敵ということになるが、それでも子の命を救ってくれた恩人だ。
そのような相手を倒すということに、できるできないよりも以前に躊躇いが生じる貴族達だが、その様子を眺めていたセルリック侯爵は首を横に振った。
「さすがにそんな物騒なことを前提に考えたりはしないよ。何も殺し合いだけが解決の方法じゃないでしょ?」
「それは、確かに……」
「うちの子からも、ロキという名の異世界人に助けてもらったと聞いているし、下手を打てばそのまま戦争に発展する恐れだってある。だから候補として除外まではしないけど、あくまでいくつもある選択肢の一つ……本音を言えば話の通じそうな相手だし、まずは直接腹を割って話してみたいかな。各町を巡っているようなら、いずれはうちの領都か、この王都にだって立ち寄るんだろうからね」
「し、しかし、セルリック侯爵。それでは先ほどの命令に背くことに……」
ビーネ宰相は確かに、陛下からの命令であると言っていたのだ。
勅令に背くことがどれほどの罪になるものか。
場は張り詰めた緊張感が漂うも、当の本人は片肘を突いたまま薄く笑みを零していた。
「はは、気が抜けていたのか、それともわざとなのか知らないけど、宰相はマリー侯爵の
指
示
って言っていたでしょ? つまり陛下を介してはいるけど、余計な接触をして邪魔をするなというマリー侯爵の本音がここに表れているわけだ。となれば、思い通りになんてさせないでしょ。もはや私達の敵は、マリー侯爵なのだから」
「「「……」」」
「子の命を危険に晒されてでも泥船にしがみつきたい者は、このまま黙って行く末を見守っていればいい。だけどね、宰相の返答次第では全てを……それこそ、命を懸けてでも私は動くよ。次代を担う子供達に豊かで明るい未来を残す、それが私達貴族の務めなのだからね」
そう告げた途端、貴族達の瞳に闘志とも呼べる強い光が灯り始める。
揺らぎ始めた大国アルバート。
反乱の火種がより大きなモノとなるかは、王の導き出す答え次第であるが……
セルリック侯爵はこの時、既に飲まれているであろう王の返答を予測していた。