Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (572)
555話 宰相の苦悩
「陛下、今しがたセルリック卿を中心とした西方の貴族達が帰りました」
「ほむ。で、何用だったのか?」
「それが……一応、こちらを」
約束は約束だ。
ビーネ宰相はセルリック侯爵に渡された報告書を差し出すと、手に握っていた菓子の汚れも気にせずに王は掴み取った。
そして――
「こほほっ! マリーめ、また無茶をしよって!」
なぜか王が腹を抱えて笑ったことで、ビーネ宰相は頬を引き攣らせながらも本題に移る。
「本日集まった総勢50名を超える貴族達は、皆が学院に通わせている我が子の命をマリー侯爵に狙われたと憤慨しておりました。厳正なる処罰を求めての嘆願でございましたが、如何いたしますか?」
処罰とは言うが、あの者達もマリー侯爵を排除できるなどとは思っていない。
多くがセルリック卿の派閥に属する者達であったことを考えても、実際はあまりにも強いマリー侯爵の影響力を削ぐことが目的だろう。
ならば陛下に事実を伝えることが何よりも重要であり、さらに一部に対して事実の公表と本人からの謝罪、それに多少の見舞金でも引き出せれば僥倖か。
宰相がそのように考えていると、王から唐突に質問を返される。
「ちなみに、何人だ?」
「え?」
「何人死んだのかと、そう聞いておる」
「それは、学院の生徒達全体で二名のようです。我が国に限定すれば一名、オーリッジ子爵の嫡男が賊に腹を裂かれて死亡したと」
「こほっ!? こほーっほっほっ!! なんと、騒ぎ立てた割にはたったの一人か! それで処罰とは片腹痛い……あやつらは余を笑わせにでも来たのか?」
「い、いえ、決してそのような雰囲気では……」
戸惑う宰相をよそに、異様なほど肥えた腹を激しく揺する王だが、ひとしきり笑った後は人が変わったように真面目な表情を宰相に向けた。
「宰相よ、全ては結果なのだ。策を弄してガルムを落とそうと攻め動き、その結果こちらにも僅かな被害が出たということだろう? だが軍を用いて正面から攻め入れば、万という兵が当たり前のように死ぬ。正攻法とは比較にもならぬほど我が国の被害は少ないわけだが、その状況で余は何を罰しろというのだ?」
「……」
子供と軍人では前提が違う。
ビーネ宰相はそう思うも、決して言葉にはできない。
何よりも実利を求めるマリー侯爵の影響が強く、仮に口を開いたところで真意はまるで伝わらないだろうという確信があった。
だが、これだけは伝えねばならないと、意を決して宰相は重い口を開く。
「最も損失の少ない策を進められているということは理解しております。しかし彼らの、あれは単純な親心でしょうな……だからこそ簡単には解けないあの感情を蔑ろにされては忠義が薄れ、今後の領地運営にも影響を及ぼしかねません。何か上手い落としどころを作れればと、そのように考えておりまして――」
が、瞬く間に興味が薄れ、再び菓子に手を伸ばし始めた王の様子を見て、やはり無駄だったかと。
そう諦めかけた時、王がまるで独り言のように言葉を吐き出した。
「マリーのことだ。どこまで策が進んでいるのかは分からぬが、次はガルムか、それともグリニッド辺りか。もしくは魔境の一角を刈り取ってくるなんてこともあり得る……また余の与り知らぬところで軍も金も使わずに土地を奪い、諸々の美味い手土産を持ち帰ってくるのかと思うと……こほほっ、あれほど優秀な人物を手放せるわけがなかろう」
「……」
「宰相よ。先ほど忠義が薄れ、領地運営に影響を及ぼしかねないと、そう申したな?」
「え、ええ、左様でございます」
「こほっ、そのような釣り合いのとれぬ材料で余から譲歩を引き出そうなど……お前も
耄碌
したものだ」
「そ、そのようなことは……」
咄嗟に顔を伏せて否定するも、頭の中を巡るのは釣り合いのとれぬ材料という言葉。
「そうなれば切り捨てるだけ。仮にアルバートの貴族全員を天秤に掛けたとしても、余は迷わずマリーを取るぞ?」
「ッ……」
「余の視界に収めてほしくば、まずは結果を、存在価値を示せ。土地を、金を、人を……ありとあらゆるモノを、余の下に持ち帰ってこい。そこで初めて、一考の余地が生まれる。それは宰相、お前もだ」
「し、承知、しました」
難しいであろうことは分かっていた。
それでも、何かしら彼らが納得し得るモノを引き出せればと、そう思っていた。
しかし、弔いの言葉すら得られず、これほどのことがあってもマリー侯爵を信じて疑うことがない。
これでは、あまりにも――。
「ケイオス様、豊かさとは、なんなのでしょうか……」
追い出されるように執務室を出た後、かつて仕えた先代の王の名を呟き、ビーネ宰相は物思いに耽る。
果たしてこの国に、誰もが笑い合える未来は訪れるのか。
大きく溜息を吐いてから自室へと戻り、酷く失望させると知りながらも、セルリック侯爵に結果を伝えるべくペンを執った。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「えーと、ここがビガート要塞で、こっちがカッセル川第二鉄橋と……」
表示させた地図に、町での情報収集で仕入れた要地の名前を加えていく。
行商を装い、背にデカい籠を背負って仕入れをしながら聞いて回ると、楽にこの手の名称くらいは手に入れることができた。
すぐに役立つ内容ではないけれど、何事もコツコツと。
少しずつアルバートの輪郭を捉えていく地図を眺めながら、これは想像していた以上かもしれないと思わず唸ってしまう。
「うーん、やっぱりデカいよなぁ……」
既に50以上の町に寄り、国境の要所と思われる建物だっていくつも越えてきたが、それでも大陸の東端には辿り着けていない。
東に進んでいるはずが気付けば豪快に北上し、ようやく東に国境線が延び始めたと思ったら、なぜか西へと大きく逆戻りをしてから再度北上する。
建物の雰囲気に大きな変化を感じて確認すると、案の定十数年前までは別の国だったというのだから、隣国を吸収し続けた結果がこの他所にはない歪な国の形を作り出しているのだろう。
それでも、市場に少しずつ変化が起きているのだから、たぶんもうそろそろ。
話を聞く限りでは、目の前に広がる山をいくつか越えれば、きっと……
そう思いながらマッピングを続けること数日。
空を飛んでいると、不意に谷間から覗く青い景色が。
「うおっ……やっときたか!!」
高度を上げると地球となんら変わらない、群青の海原が視界の先には大きく広がっていた。