Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (575)
558話 当時の4か国
ギルドマスターの部屋に案内され、数度の会話を交わした後。
イーゴと名乗る、こんがり肌の焼けた初老のギルマスから差し出されたのは、少し年季が入った数枚の木板と1冊の本だった。
「こちらがかつて、魚人と取引をしていた頃にうちで扱っていた海洋魔物の記録と、あとは当時まだ案内人が常駐していた頃、ここの資料室に置いていた本です。倉庫から引っ張り出してきたので、埃塗れですが……」
「おお、ありがとうございます。それでは早速拝見を」
会話の中に、少し気になる言葉もあったが。
それでもまずは情報だと、渡された資料に目を通す。
「なるほど……やはり以前は沖にあるCランクの狩場も管轄されていたわけですか。それに当時の取り扱い品目を見ると、管轄外の魔物も混ざっているようですね」
「ええ、魚人は自分達が狩った魔物を広く――と言っても魚人種が住むミノ諸島を中心とした当時の4か国に対してですが、交易を目的に荷運び用の船まで作って卸していましたからね。別の地域のCランク魔物と、それにBランク魔物も稀に持ち込まれておりました」
「ほほぉ、Bランク魔物ですか」
俺が分かりやすく興味を示したからか。
正面に座っていたイーゴさんは、緊張した様子のまま身体をグイッと前に傾ける。
「さらに旧サターニア王国最大の港町『トマリ』には、稀にAランクの海洋魔物まで持ち込まれ、その度に競りが盛り上がったという話も過去には聞いております。つまりAランクまでは、東の海のどこかに存在しているということでしょう」
「どこかに……つまり、ギルドも詳しい場所までは把握されていないと?」
定食屋にいたゲンさんも、Bランク以上の狩場はまともに辿り着けないと言っていた。
だからダメ元の確認ではあったが。
「その通りです。いくつかあるCランクの狩場であれば、まだ大陸の地形や町などを目印にある程度の場所は把握しています。しかしそれでも遭難事故が多発するため、当時は大半のハンター達が主要な港町に常駐していた魚人の案内人を雇い、狩りの補助や先導の依頼をしていたのです。Bランク以上となればさらに沖へ出るのですからとても……私もそうですし、魚人が去るまでは『トマリ』に僅かながらいたとされる、Bランク狩場に出向いていたハンター達であっても、かなり大雑把な海域くらいしか分からないはずです」
「ん? それでも、多少は絞れるのですか?」
「彼らが新鮮な魔物素材だけを持ち込んでいたのは有名な話で、この町『ニッカ』にAランク魔物が持ち込まれなかったように、各町に運ばれる魔物素材の傾向ははっきりとしていました。それに当時管轄していた国や地域からも、狩場の位置関係をおおよそ絞り込めるかなと」
「さすが、当時を詳しく知っているからこそのやり方ですね。では分かる範囲で構いませんので、今から僕が描く簡易の地図を基に、各狩場のおおよその場所を示してもらえませんか?」
お手製の海洋地図ができれば、今後の狩場巡りが非常に捗る。
そう思っての提案に、イーゴさんは真剣な眼差しのまま深く頷く。
「レモラを卸していただけるのならば喜んで。ちなみに、情報の濃さで量が決まるというお話ですよね?」
「ええ、そのつもりです」
「でしたらこちらもおおよそにはなりますが、魚人種が住むとされるミノ諸島の場所もお伝えしておきましょうか。そうすれば聞き出せるかどうかは別として、最も詳しい者達に直接確認するという選択肢も得られるはずですので」
「おお、それはナイスなご提案……しかしその口ぶり、ミノ諸島の場所までは掴めていないのですか?」
ふと気になった疑問を口にすると、イーゴさんは眉間に皺を寄せながら答えてくれる。
「我々と交易をしていた魚人種がいるくらいなのですから、存在していることは間違いありません。ただ昔から辿り着けたという話を一切聞かなくてですね……近年でも交易の再開を目的に国が何度も使節団を送っているようなのですが、目的も達せないまま大半の人間はそのまま行方知れずに。命からがら戻ってきた一部の者達は、総じて怪現象に襲われたという話を聞いています」
「怪現象、ですか……?」
「ええ、何もない海上からふいに『歌』が聞こえてくるとか……とはいえ空を舞うロキ王でしたら、人間では辿り着くことさえ困難な場所でもなんら問題はなさそうに思えてしまいますけどね」
「歌……魚人で歌か……貴重な情報ありがとうございます。これは奮発してレモラを持ち帰らないといけませんね」
「ふふふ、楽しみにしておりますよ。町に住む多くの者達にとって、あれ以上に恋い焦がれる味というのは他にありませんから」
緊張も解けたのか、そう言って笑みを零すイーゴさんのその発言に、俺はおやおやと。
若干顔を引き攣らせる。
町に住む多くの人達とか、さすがにちょっと規模がデカ過ぎな気もするが……
でもまぁ言うてCランクの魔物だし、それなりにデカい魚ならなんとかなるのかな?
そんなことを考えながら、イーゴさん監修のお手製海洋地図を作り上げていった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
クアクアと、綺麗な白い鳥が空を飛び、先日作っていた送風魔道具と雰囲気の近しいモノを備えた漁船がプカプカと浮かぶ港の一角。
そこで俺はたこ焼きという名の、たこを鉄板の上で焼いて塩辛いタレをつけた、たこ焼きだけど焼きだこな気もする食べ物を齧りつつ、先ほど出来上がった海洋地図を眺めていた。
今も普通にハンター達が通うDランク以下の狩場を除外すると、目の前に広がる大陸東部の海に存在するのはCランク狩場が2か所、Bランク狩場が1か所、Aランク狩場が1か所の計4か所。
こう聞くとCランク狩場が思っていたよりも少ないように感じてしまうが、同じ魔物構成の狩場が広域に渡って複数個所存在しているようで、それらを同一と見なした場合は2か所というだけ。
実際には10か所近くの上位狩場が点在しており、この地図にも一定範囲を囲うように塗り潰した狩場の予測場所が描かれていた。
まぁこの辺りは、先ほどイーゴさんから説明を受けていたのでいいとして。
今こうして改めて見ていたのは、本当にあのマリーが魚人の件に絡んでいないのか。
会話の中で何度も出ていた、当時の4か国がどのような並びで存在していたのかも目の前の地図に表されたことで、ふつふつと疑念が湧き上がってしまったためだ。
位置で言えば、今俺がいる『ニッカ』は現アルバート王国の最北東に位置しており、港町でありながらすぐ北にあるグリニッド王国の玄関口にもなっているため、町の規模としてはそれなりに大きい。
また南には旧サターニア王国でも最大の港町『トマリ』があり、ここが僅かながらに通う者達もいたとされるBランク狩場 《アムスト海域》の管轄であったため、目的の狩場はその東から南東にかけての沖合だろうとイーゴさんは予測していた。
そしてさらに南にはマラガ王国という、かつてはこの辺りで最も大きかった国が。
当時、通う者すらいなかったとされるAランク狩場 《モデア海底谷》の管轄国がマラガであったため、重点的に探すのならばこの地の東ということになり、逆にニッカよりも北のグリニッド王国。
そして元々は旧マラガ王国の南部に存在していたというアルバート王国寄りの海域は、どちらもCランク狩場までしかない上に魔物は他と重複しているので、探し回る利点は限りなく薄いだろうとも教えてくれた。
となると、明らかに弱いのだ。
海に対して、当時のアルバートが。
その分、内陸にAランク狩場を1つ抱えていて、資源としての価値は非常に高いようなことをイーゴさんは言っていたけど……
当時の力関係は統合されてしまった旧マラガ王国の方が上だったというのだから、それだけBランクやAランクの新鮮な海洋魔物を運んできてくれる魚人の存在は大きかったということ。
マリーからすれば力のあったマラガ王国は疎ましい存在で、かつその源であった海洋資源は喉から手がでるほど欲しかっただろうし、魚人に対してなんらかの行動を起こす動機は十分過ぎるほどにあると言える。
だからマラガ、サターニアという良質な海洋狩場を抱えた国がアルバートにのみ込まれ、Cランク止まりのグリニッド王国は20年近く経った今でも後回しにされたまま、マリーの目は西へ。
海から内陸に向かったとすると、辻褄が合うような気もするが……
「うーん……動機は十分、土地を奪ったところまでは成功しているのに、それでも魚人との取引を復活させない理由はなんだ……?」
マリーが海洋魔物の資源を独占しているというのならまだ分かりやすい。
しかしゲンさんもイーゴさんも、魚人達が去って以降はレモラを含むCランク魔物が稀に上がるくらいで、Bランク以上などまったくと言っていいほど市場に流れていないというのだ。
裏で手を引いていたと仮定しても、最後の部分でしっくり来る答えに辿り着けない。
実際は関与していないのか。
それとも復活させない……もしくは復活できない理由でもあるのか。
「まあ、行けば、何かは分かるのかな」
自然と目は地図の端。
Aランク狩場の予測場所付近に付けられた印に向く。
旧サターニア王国と旧マラガ王国の間にあるとされるミノ諸島。
国としての体裁は整えておらず、当人達からすれば”縄張り”というくらいの認識のようだが……
今、この場所はどうなっており、魚人種はどのような生活を営んでいるのか。
「さーて、順番に巡ってみますかね!」
考えれば考えるほどワクワクしてしまい、まずはこの辺りの狩場からだと。
勢い良く立ち上がった俺は、尻をパンパンと叩きながら遠目に映る白い砂浜を見つめた。
ハイペースな更新はここで一旦終わり、次回からまた週一更新に戻ります。
と言っても、またストックが溜まればどこかで放出するかもしれませんので、引き続きWEB版と、それに別の世界線を進む書籍版をまったりお楽しみください。