Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (596)
579話 モデア海底谷
緊急の連絡用となる鳥を配置し、一通りの荷物もミノ諸島から持ってきた。
あとはクアド商会で見繕った生活物資と食料を適当な空き部屋に放り込めば終了だ。
「このくらいで大丈夫そうですか?」
「ええ、まだお渡しできるほどの漁獲もないというのに、いきなりこれほどの支援をいただけるとは本当にありがとうございます。早速これから周辺地域の探索を進めつつ、ロキ王に十分なお返しができるよう様々な素材を調達してきますので」
そう言って頭を下げる新町長のキリュウさんに、あまり畏まられてもなぁと思いながら苦笑いを浮かべる。
「せっかくこうして新天地で生活を始めるわけですから、まずは皆さんこの生活を楽しんでくださいよ。素材の調達はゆっくりでも大丈夫ですから」
望んで損をしたいとかそんな話ではなく、まだ海産物は売り始めてから日が浅く、需要がまったくと言っていいほど追い付いていないのだ。
ニューハンファレストのレストランではかなり好評という話を耳にするので、早くベザートの人達もその美味しさに気付いて、いっぱい食べてくれたらいいんだけどな。
まあ肉と違って海産物の知識を持つ人が、料理長のボーラさんとSランクハンターのノディアスさんくらいしかいないから、そう簡単な話じゃ――……
「……」
「ん? ロキ王、私の顔に何か付いてます?」
「いや、少し気になったことがありまして……魚人の人達って、やっぱり海産物を捌ける人は多いんですよね?」
「それはもう、私達は毎日海の幸を食べて生きていますから、幼子でもなければ大抵の魚人は捌けますよ。逆に獣の構造はあまり詳しくないので、兎や豚を捌けと言われても素材の多くを無駄にしてしまいそうですけどね」
なるほど?
となると、今お肉屋ペンゼさんの息子とインド人がボーラさん達に捌き方を習っているはずだけど、この隠れ家で希望者を修業させるか、もしくは魚人をベザートに連れていってもその動きを加速させることはできるわけか。
ふーむ……
「もし、ですよ。技術の習得を目的に、うちの国に住む人達を一部この隠れ家へ連れてくるとか、もしくは人間や獣人、あとはたまに見かけるドワーフと交流を図りたい魚人の人達なんかがいれば、一時的に内陸の町に滞在させるとかもできるんですけど……どう思いますか?」
「技術の習得、ですか……?」
「ええ、大陸に住む人達ってほとんどが海を見たことすらないですからね。魚人が兎や豚の捌き方に詳しくないように、海産物の捌き方も分からなければ、どの生き物のどこが美味しくて、どんなところを食べると危険なんてことも分かりません。だからせっかく皆さんが獲ってきてくれても、上手に活かし切れないなって思ってまして……」
「なるほど……」
「もちろんそれは逆も然りで、魚人の人達だって苦手な分野を学ぶこともできると思うんです。例えば獣の捌き方に詳しくなれば、近くにいる陸生の魔物や動物だって今後上手に活用できたりとか、ですね」
「……」
考えるのはリスク。
キリュウさんを含む、過去に人との交流があった人達は、皆が魚穎番衆という魚人の中でも戦う力に秀でた人達ばかりで、いざとなれば自己防衛だってできたわけだ。
しかし、この提案だとそうはいかない。
多くの魚穎番衆はBランクとAランク狩場があるミノ諸島に残っているし、こちらに回ってきた人達もあくまで狩り担当なのだから、主に戦う力のない魚人がその役割を担うことになる。
大昔に暴れ回ったプリムスの非道がこの時代にも伝わっているのなら、人に警戒心を抱くのは当然の話だし、無理強いなどするつもりはないが……
「まあ、お互いに得られるモノがあると思っての提案ですので、じっくり皆さんで検討してみてください。絶対にしなきゃいけないわけではありませんから」
「そうですね……狭い世界の中で生きてきた我々魚人にとっても、まず間違いなくプラスになることだろうと理解しています。なので少しだけ、皆の意見も聞きたいのでお時間をください」
そう答えるキリュウさんの周囲で、たまたま居合わせこちらの話を聞いていた人達の顔色を見ていると――
(案外、興味がありそうな人って多いのかな?)
――そんなことを思いながら、魚人の人達が『サントラス』と名付けたこの隠れ家をあとにした。
▼
一度ベザートで細かい用事を済ませ、ウズウズしながら明るいうちはアルバート国内のマッピングを。
そして夜になり、ザンキさんに教えてもらった方面をフラフラしていると、俺の【広域探査】でもギリギリじゃないかと思えるほど深い位置から魔物の反応を拾い始める。
よしよし、とりあえずはAランク狩場 《モデア海底谷》に無事到着だ。
いつものように氷島を海面へ浮かべ、まずは様子見とばかりに海中へ。
相変わらず水圧の影響をさほど感じないまま潜り続けていると、【夜目】を通して見える視界の先で、海底谷と呼ぶに相応しい不気味な地形が徐々に姿を現す。
かなり幅広い海底の亀裂は一層深い暗闇が広がっており、底がどうなっているのか、この段階ではまったく確認できない。
だが、魔物の反応はこの奥から確かに拾えるのだ。
今更苦戦するとは思わないが、このAランク狩場の魔物情報は一切手にしていないからこそ――
『割れぬ、光玉よ、行け』
――生み出した無数の光源を穴の底へ放り込むと、次第に光玉は数を減らしていき、いったいどこへ消えたのか。
数分後には、再び底の見えない暗闇の谷間が静かに広がっていた。
「……」
とはいえ、等高線通りであれば、底は深いところでも推定2000から2500メートルくらいで止まるはずだ。
この段階で身体に異変を感じられないのなら、まだある程度は潜っても問題ない。
そう判断して谷の底へ向かうと、暫くして出迎えてくれたのはワニをより凶悪にしたような巨躯な魔物だった。
「エグっ……」
所持スキルは既知のモノばかりでハズレだが、底から大口を開けて迫ってくる姿と、避けた俺の横をゆっくりと通過していくその巨体は表ボスとなんら遜色のない風格が漂っており、その大きさは30メートル近くあるだろうか?
なんなら戦った魔物の中では一番大きいアースドラゴンと同じくらいの体躯をしていた。
こんなの、今は始末の仕方を面倒に感じるくらいで済むけど、駆け出しの頃に出会っていたら失禁確定レベルの怪物である。
「ふん!」
「ゴガァアアッ……!?」
動きが素早いわけでもないので横から雷撃付きの腹パンをかまし、さすがにこの深さじゃなぁと思いながら【水魔法】を使用。
魔物の死体を強引に海上へ押し上げていく。
Bランク狩場までは好んで取っていたこのやり方だが……
「あー無理無理、時間掛かり過ぎだわ」
さすがにこの巨体と、それに海上までの距離を考えるとあまりに非効率的。
ならばと海中での『収納』を試みると、やはり纏わりつく水が邪魔して時間は掛かるが、それでも40秒ほどでこの巨大なワニの回収に成功した。
まあまだマシというくらいで、それでも時間が掛かり過ぎだけどね。
そして収納後、次にこちらへ迫ってきたのは巨大なムカデっぽい魔物だ。
スキルを覗くと新規ではないが、かなり久しぶりに見る個性の強いスキル持ちで、どう使うのか興味津々で見守っていると、ムカデは硬そうな外殻の切れ目を自ら切り離し、3分割に分かれた状態で身体を回転させながら襲ってくる。
「うおー生物で【分離】って斬新だな……」
今までこのスキルを所持していたのは、エントニア火岩洞にいたフレイムロックのみ。
時間の無駄なので、今回はその姿を見る前にとっとと始末してしまったけど、このムカデも同じように【結合】を所持しているので、放っておけばまた1つに戻ったりするのだろう。
「ん~想像以上に微妙かなぁ……」
海の狩場は他が良かっただけに、なんともこの《モデア海底谷》は旨味が薄い。
新規スキルはおろか、スキルのレベルアップも見込めなさそうだし、素材も価値はあるのだろうけど乱獲に適した環境ではないので、1度来れば十分なのではと思ってしまう。
ワニもムカデもやたらとデカいから、それぞれ10匹ずつでも狩っておけば素材量は十分そうだし――……
潜りながら、いるはずのもう1種を探していると、ふいに俺の視界から光が失われていく。
それだけ深く潜ったのだと、最初はそう思っていたが、冷静に考えれば俺は【夜目】を使用しているわけで。
暗がりでも視界をある程度は確保できるスキルのはずなのに、こんなことがあるのだろうか?
そんな疑問を感じ始めた時。
反応を捉え、向かっていた魔物の手前で、不思議な黒い球体らしきモノが薄っすらと海中に漂っているのを確認した。
間違ってもダークミストみたいなヤバいタイプじゃないことは分かるが……
近づくほど視界から色彩が失われ、球体っぽい何かが闇の中で溶け込むように同化していく中で、その後方。
当初から魔物の反応があった箇所に目を凝らすと、壁と一体化したように動かない謎の魔物を発見し、覗いたことで見えた所持スキルに目を見開く。
「…………【月喰】って、なんだよ、そのスキル」