Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (599)
582話 座陣刃
【神聖魔法】――『癒せ』
負った傷を治しながらボスの死体を回収しようとし、今更ながらにふと思う。
「なるほどねぇ……」
先ほどまでは殺し切ることだけに集中していたので気付かなかったけど、ボスが死に、少しずつ落ち着き始めた水の流れはいつの間にか逆向きになっていた。
第一段階は背中を押すように水が流れていたのでまだボスから逃げやすく、段階が進むと正面から水が流れてくるため、逃げる力のない者からボスの口に放り込まれる――これが、このボスフィールドの特徴だったらしい。
まあ今となっては表ボスくらいなら力技で解決してしまうので、もう段階などあまり関係はないが。
んー……
転移を使ってあっさり来られる場所ではないし、海上から【広域探査】を使用しても湧きの有無を確認できる深さではない。
それならザンキさん達にここの情報を教えてしまって、今後は素材を俺が金で買い取るというやり方もありっちゃありだけど、問題はあの人達が安定してこいつを倒せるかどうか――。
ゴゴッ……。
「…………」
そんなことを考えていると、聞きなれない音を微かに耳が拾い、暫くして、海水が不自然に揺れたような、そんな気がした。
誰かが来た?
いやいや、そんなわけがないだろう。
こんな場所、【水中呼吸】を持っていなければまず辿り着けないし、魚穎番衆の面々はここに来られるほど途中の迷路を攻略できていないはずだ。
それに何かが動いたというか、ズレたような……そんな低く響くような音だった。
(どうする……)
ボスの死体を回収したら、もうここを出ようと思っていた。
正直に言えばまだ途中の迷路も、それにこのボスフィールドだって全てを把握しきれたわけじゃない。
ただ慣れない海中での行動は想像以上に負担が大きく、先ほどの攻撃で鎧の一部が裂かれたこともあり、中に入り込んだ海水のせいで寒さの限界を迎えていた。
だが、ボスの討伐後というこのタイミングでいかにも怪しいフラグが立つと、さすがに話は変わる。
(コレは明らかに違うしな……)
“海底の奥底から巨大な目玉が現れて連れていかれる”
ザンキさんの言葉を思い返し、再び目の前のボスに視線を向ける。
海底の奥底から現れるという点では間違っちゃいないけど、この魚が”目玉”かと言われると、そんな印象を持つ者などまずいないだろう。
ということは、いつ巷に広まり始めたのかも分からない。
子供の躾に使われる程度の怪しげな魔物が、本当に存在している可能性も出てきたということ。
そしてもし実在するのなら、それは――……
念のため暫くその場で待つが目玉の魔物は現れず、そのまま巨大な魚を収納したら、悩みながらも転移はせずに泳ぎ始める。
身体が震え、魔力は道中で燃費の悪い”黒玉”を使いまくっていたため、まだ半分程度しか回復してない。
とても万全とは言えない状況だが、それでも不可解な音の原因と、突入するためのルートくらいは突き止めておきたい。
そう考えると自然に身体は動いていた。
わざわざこんな状況で動かなくても、せめて一度休んでからにすればいいじゃん!
横にリステがいたら何も言わずに泣きそうな顔をし、フェリンがいればこんなことを言いそうだけど……
フェルザ様が表ボスを倒しただけでそのまま裏ボスを目の前に登場させてくれるような、そんな
ク
ソ
温
い
仕
様
にするわけがないからな。
もし仮にいるとしても、もう1つか2つ、何かに気付くかクリアしないと対峙できない。
そう判断して、ボスフィールドの途中に存在していた分岐点を調べていると――
ゴゴッ……。
再び、何かを動かしたような低く重い音が微かに響き、海水を揺らす。
「……ほらな、やっぱり」
たぶん、これは閉まった音……要は
時
間
切
れ
だ。
それを証明するかのように、ボスフィールドや手前の迷路を隈なく探索するも、どこかが開いたような怪しい箇所は見つけられなかった。
はぁ……
どうやらここも、再びボスが湧きそうなタイミングを狙ってリピート確定らしい。
▼
もう1回とエニーに強請られ、目の前でスキルを発動する。
――【座陣刃】――
「ほい、発動させたよ」
すると、食事中だというのに数名が周囲をキョロキョロと見回した。
「え~やっぱり全然分かんなくない?」
「ですよね……背後の家とか森も普通に見えてますし」
「これでどっかに大量の刃が仕込まれてるってんなら、俺は怖くてその場から動けねーよ」
カルラとケイラちゃんが揃って首を傾け、角度を変えて発見しようと試みる中、ロッジは早々に諦めジョッキを呷る。
「こうしてみると、やっぱりボスの持つスキルは特徴的というか、過激なモノが多いですよねぇ……」
そしてリコさんはと言うと、初めから探す気はないようで、俺が渡した追加の魔物情報を眺めながら感心したように声を漏らしていた。
「はは……ボスはそんなもんっていうか、本気で殺しにかかってくるから倒せば名誉になって評価されるし、見返りに大きな戦果も得られるわけだからね」
「じゃあ、今回出会えなかったという裏ボスはもっと凄いスキルを……」
「かもね。まあまだいると確定したわけじゃないし、今回の表ボスが再湧きてくれないと、出会うための最低条件すらクリアできないっぽいんだけどさ」
あまりにも情報が出回っていないからだろう。
ダークミストを倒して以降、知識欲から裏ボスに興味を持ち始めたリコさん相手にそんな話をしていると、横の唸り声が次第に大きくなってくる。
「うぅ……ううーっ!」
「エニーよ、何も分からんのか?」
「全然! ってか、師匠はどこにあるのか分かってるの!?」
「正確な場所というわけではないが、方角くらいはな。ロキよ、スキルの発動――というより『設置』に、目視による場所の指定が必要なのだろう?」
俺に向けられたゼオのこの言葉に、さすがと思いながら軽く頷く。
「正解。厳密には場所と面の範囲指定のためにも、発動時は必ず目を向ける必要があるって感じかな」
今回の目玉である【座陣刃】は、詳細説明だとこのようになっていた。
【座陣刃】Lv5 一定範囲内に、発動した者以外には不可視の刃を設置する 密度と強度はスキルレベルによる 効果時間3分 魔力消費140
だが、実際に食らった経験も踏まえて試していくと、多少は応用が利くことも判明していた。
それは設置面の変化だ。
何も気にしなければ、10メートル四方程度の平面が生まれ、その中で散らばるように、俺だけが見える大小様々な刃が出現。
宙に浮いたまま一切動くことなく、触れた者を傷つけて行く手を阻んでくれる。
が、この面はある程度であれば操作――というよりはイメージによる調整が可能で、形を円にしたり横に長く引き伸ばしたり、表面積が大きく変わらなければ変化を加えられることも判明していた。
こんなの、広範囲に渡って顔面から血を流していたあのボスを見ていなければ、ずっと気付けないままだったかもしれない。
「エニーよ。対人の基本は”視線”だ。相手が何かを狙う時、多くは目が連動する。己の知識で補えない何かが来ると思ったら、最低限狙いの位置や範囲だけでも特定しろ」
「えー急にそんなこと言われても、私魔物としかちゃんと戦ったことないし……ロキ、もう1回! もう1回やって!」
「ん? まあ、いいけど…………【座陣刃】」
このスキルは重い燃費さえ気にしなければ、さらに発動させて設置個所を増やすことも可能だ。
言われた通りに追加すると、今度はエニーがしたり顔で明後日の方向を指さす。
「分かった! 今のはあっちの方でしょ!」
「ぶーハズレ」
「え?」
「そして戦い慣れた者ほど、相手が気付いたことを利用して”間”をズラし、逆手に取って罠に嵌める。また一つ勉強になったな、エニー」
「うぅ……うぅうううーっ! 目なんて見なくったって分かるし!!」
「「「え?」」」
プルプルと震えだしたエニーは突然立ち上がると、両手を天にかざして大声で叫ぶ。
『降り注げ、”村雨”!』
すると雨雲があるわけでもないのに、バケツをひっくり返したように降り注ぐ大雨。
「お、おいおい! まだ食ってる最中だってのに、飯が水浸しになるじゃねーか!」
「あああ! 洗濯物だってまだ干したまんまだし、向こうで革もいっぱい干してんだけど!?」
「時と場合を考えんか、このバカモンが!」
「ひぎゃー!」
いきなりズブ濡れにされて周囲は大騒ぎだが……なるほど。
こうして広く一帯に降り注ぐと、そこだけ宙で不自然に水が跳ねるため、すぐに何かがあることくらいは分かってしまう。
水で満たされ、勢いよく流れていたあの時では気付けなかった、不可視の罠の弱点か……これは使う前に知れて良かったかもな。
そして得意の【火魔法】ではなく、ここですぐに【水魔法】を選択するあたり、この小娘はバカなのか頭が良いのかよく分からない。
「はぁ……エニーよ、不可視の罠を判別する方法として、今のやり方が決して悪いとは思わないが、なんのために強い魔導士になりたいのか、その目的を忘れたのか?」
「そんなの忘れるわけないし! みんなを守れるようになるためにも、私は大ばあちゃんみたいに強くなりたいの!」
「ならばこの程度のことで逃げようとするな。一番の脅威となり得るのは自然災害でも魔物でもなく『人』だ。その脅威から守りたいモノを守るためにも必要不可欠な技術なのだから、1日でも早く要領を掴んで自分のモノにしろ」
ゼオのこの言葉に、エニーは「ほんと?」とでも言いたげな表情で俺を見るので、少し考えながらも軽く頷く。
「自然災害も魔物も……それに疫病だって、全部大変なのは間違いないけど、それでもあっという間に数万人という規模で人は死なないでしょ。でもラグリースで起きた戦争は、たった数日で百万人以上が死んだんだから、人が一番の脅威というのは俺も正解だと思うよ」
「そっか……」
「だからもし人との戦いを不得手と感じているようなら、今後ベザートやラグリースに危機が迫ったとしても、エニーをその場には連れていけない。足手纏いになり兼ねないから、いくら魔物相手なら強かろうとここでお留守番だよ」
敢えて不得手と纏めたが、それは強さに直結する技術的な部分もあれば、魔物とは別種の覚悟を問われる部分だってある。
かつての自分を重ね、中途半端な気持ちでは足手纏いになるか、最悪は敵に利用されてさらに被害を拡大させる可能性だってあるわけで。
エニーなら大丈夫だろうと、内心そう思いながら強い視線を向けると、予想通りの反応が返ってくる。
「絶対嫌だし! 経験したことがなくて分からないだけなんだから、苦手とか勝手に決めないで! ほら、カルラ! すぐ特訓だよ!」
「え、ボク!?」
「カルラだって分からなかったでしょ! 血ばっかり飲んでないで早く!」
そう言ってズルズルと引き摺られているその表情を見て――
(どちらかというと、危ないのはカルラの方か……?)
なんとなくだがそんなことを思いつつ、今日ここに来た一番の目的。
ほげーっと二人のやり取りを眺めていたケイラちゃんに、サントラスという魚人の隠れ家ができたことを伝えた。