Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (601)
584話 良くも悪く、普通じゃない国
「へ、へへ……恩赦、感謝する」
最後の一人が汚い笑みを浮かべながら町の外へ去っていく。
そんな姿をぼんやり眺めていると、心配そうな表情をしたニローさんが横でボソリと口を開いた。
「本当に良かったのですか? まだこちらはあの者達から何一つ情報を抜いておりませんし、最後の男などあからさまにロキ王様を舐めておりましたが……」
「良いんですよ。あとは町の入り口にも『間諜の類いは立ち入り禁止、これ以上踏み込めば地獄を見る』とでも看板を立てておけば十分でしょう」
リステにバレたら釣るなと怒られそうだが、この甘く見える対応が理由でベザートに直接危険が舞い込むとは思えないし、より町の安全を確保したいという狙いがあっての行動だからな。
早速二人して暗部の拠点に戻ると、人の気配が消えた地下には3人の男女が取り残されており、拘束具を付けられたままう~う~と煩く喚いていた。
「さて、始めますか」
ツカツカと近づき、順に口の布を解いていくと、喋れるようになった途端不満の言葉を漏らし始める。
「な、なぜ他の者達は解放されたのに、私達だけ残されたのですか!」
「そうよ! 私より長くここで動いていたやつらだって大勢いたのに!」
「そ、その通りです。もう二度と貴国には立ち入りませんし、国にもしっかりと伝えますので、私も早く解放して――」
おかしな話だ。
なぜか解放しないこちらが悪いような話になっているので、たまらず言葉を被せるように事実を伝える。
「いやいや、無理でしょう。あなた達3人は
2
度
目
なんですから」
すると、すぐに言っている意味を理解したのか。
1人はハッとした表情を浮かべ、他の二人もマズいと感じたのか、言い訳の言葉を並べ始めるが。
「ち、違います! 私は今回、初めてで……」
「私もです。2度目なんて、そんな……!」
「いやー残念、あなた達の顔や当時の所持スキルもしっかり覚えているんですよね。言ったでしょう? 次に入ってきたら殺しますよって」
「そ、それは……」
「でもあなた達3人
だ
け
は、僕の忠告を無視して再び入ってきた。だからもう、うちの長官が予定していた通りに情報を吐かせるだけ吐かせてから殺してしまってもいいんですが――……一応確認です。生きて再び故郷に戻りたいですか?」
このように告げると、先ほどいち早く察して焦っていた男が声を荒らげる。
「ま、まさか、俺に裏切れという話ではないだろうな!? もしそうなら断固としてお断りだ! 我が忠誠は祖国に対し――っがァアアアッ!?」
「「「!?」」」
「じゃああなたに用はないので、のちの拷問まで静かにしておいてくださいね」
逃亡防止とこちらの監視を楽にするため両足を切断し、【回復魔法】で止血だけしてから強制的に眠らすと、すぐに次の対象へ目を向ける。
「そこで転がっている男の言う通り、二重間者として今後知り得た情報を可能な限りこちらへ流してくれるようなら生かしますけど……どうします?」
「「……」」
これでこちらに靡く者は現れるのか。
悩むその様子を窺っていると、意外にも一番先に口を開いたのはニローさんだった。
「失礼ながら……なぜ、この者達を……?」
「一番手っ取り早くないですか? 個人差はあれど、諜報員としての経験とスキルはあるわけですし」
「それはその通りなのですが、二重間者など各国の諜報を司る機関が最も警戒するところ。特に国外の諜報を任された者達は、下手に口を割らぬよう【奴隷術】を掛けられていることが一般的なのです」
「へ~そうなんですか」
「へ~って……ロキ王様、だから二重間者などそう上手くはいかないですぞ。仮に泳がせても知り得た情報は碌に聞き出せませんし、何より寝返ったと見せかけてこちらの情報だけを都合よく抜き取られる恐れもあります」
ニローさんは必死にこの提案が意味をなさないと説得してくる。
しかし、本当にそうなのだろうか?
事実なら俺の思い描く計画も変更しないといけないが、障害が【奴隷術】だけであればそこまで支障をきたすとは思えない。
「でもニローさんは、そんな【奴隷術】の掛かった相手から情報を引き出そうとしているわけですよね?」
「え、ええ。どれほどの制約や制限を掛けられているかは、人によって違いますからな」
「ですよね。限りあるコストの中で、各国に散る諜報員それぞれに多くの縛りを設けるなど現実的ではないでしょうし、かと言ってあまりに縛りが大枠過ぎては機能しない。だから『自分の素性を話すな』とか『自国に関する情報を喋るな』とか……この辺りが一般的なんじゃないですか?」
マリーに縛られていた奴隷達は、どれも必要最低限という感じだったのだ。
言いながら間者の二人に目を向けると、二人共が勢いよく目を逸らす。
「その通りです。もしや、ロキ王様も【奴隷術】を……?」
「ほとんど使うことはありませんけどね。でもまあ、それなら――というより奴隷契約を結んでいるからこそ、より情報を抜きやすくなるんじゃないですかね? 相手は奴隷化しているというだけで油断しますし、彼らは『間者』なわけですから」
「ん? どういうことですかな?」
「泳がせれば、彼らは監査院のような自国の諜報を司る機関にいずれ戻るわけでしょう? そしてそこには各国から拾い集めた情報が集まっているわけですから、彼らは各方面の情報を得やすい立場にあると思うんです。奴隷契約時の制限が掛かりにくい、別の諜報員が調べた第三国の情報を」
「それは確かに、その通りですな……い、いやいやしかし、危うく納得しかけましたが肝心の腹の中は見えませんぞ。本当に寝返ったのかどうか、奴隷化されていてはこちらが【奴隷術】で強制力を持たすことも叶いませんし、今はその気があってもいずれ心変わりをするなんてこともあり得ます」
行動に移すことはできても、抱えるリスクが段違いに高い。
そうニローさんは説くも、あくまでそれは一般的な国の話。
うちは良くも悪く、普通じゃない。
「…………腹の中、見えるんですよね」
「「「え?」」」
「実際はどう思っているのか。心の中も、それに人の記憶も見えるので、寝返ったかどうかなんてすぐに分かるんです」
「じ、冗談、だろ……?」
「そんなの、聞いたこともない、けど」
「い、異世界人とは、そんなことまでできるのですか……」
「まあ、その役目は僕じゃないですけどね」
やるのは当然、ニューハンファレストの屋上で毎日暇と戦っている女神様しかいない。
驚愕しているニローさんは未だリルを俺の姉だと思っているだろうし、必要な場面でここに登場させてもなんら違和感は生まれないだろう。
リルも買い食いしたくてお小遣いが欲しいと言っていたしな。
「それにたぶんですけど、心変わりはそんなにしないと思いますよ。ちゃんと動いてくれているなら余計な干渉をするつもりはありませんし、僕の目的はうちを含め、どこかで起こりそうな戦争を未然に防ぐことであって他国侵攻ではありません。あなた達の祖国や大事な人達を奪おうなんて気はさらさらありませんから」
このように告げると、目の前で膝を突いていた二人の顔色が変わる。
「……一つ、確認をさせていただきたい」
「なんでしょう?」
「なぜロキ王は、自国ならまだしも他国の戦争まで未然に防ごうとするのですか?」
この質問にどんな意図があるのかは分からないが、酷く真剣な眼差し。
ならば俺も真剣に答えよう。
「自分は高い位置からふんぞり返って戦争を起こし、他人の命で身勝手な都合を押し通そうとする生ゴミが死ぬほど嫌いだからですよ」
「ふ、ふふ……ふはは! どんな偽善者ぶった答えが返ってくるのかと思いきや、これはこれは……失礼を承知の上でですが、逆に好感が持てましたよ、ロキ王様」
「……私も一つだけ。西で起きている大規模な戦争に介入されない理由は?」
「うちが実害を被っているわけではありませんし、そもそも西側で異世界人同士がなぜ戦っているのか、僕はその理由すら知らないのですから、このタイミングで介入するほどの動機がないんです。それにどこぞの権力者を数人始末すれば回避できるような戦争と違って、規模も質も、それにうちが抱えるリスクだって段違いに大きくなるでしょうからね」
「つまり自国に被害が及ばないなら、他所でどれほど人が死のうと構わないと?」
「随分な暴論ですねぇ。構わないとは思いませんけど、自分が守るべき対象を蔑ろにしてまで動く義理も理由もないというだけです。僕は神様でもなければ勇者でもありませんので」
「……」
たぶん、この女は西側から。
敢えて口にした勇者という言葉に僅かながら反応があったことを考えても、勇者タクヤのいる国か、もしくは協力関係にある国の可能性が高そうな気もするが……
こちら
はまだ、判断できるほどの情報がない。
そう受け止めてくれたなら、この手のタイプは率先して西側の状況を伝えてくれるはず。
そう思っていたら、ニローさんが先ほどまでとは違う、どこか納得したような表情で口を開く。
「……先ほど多くの者達を解き放ったのはそのためですかな?」
「ええ。あれだけいれば大概の国には伝わるでしょうし、まず間違いなく人を替えるなりして戻ってくる。でも次からは捕まえれば強制的な二択です。これで即戦力となる諜報員もある程度は確保できるでしょうし、結果的にこの国やラグリースだって安全を拾えるんじゃないかなって」
「ふ、ふふっ……まず間違いなく、他じゃ真似をできないやり方でしょうなぁ……」
「なのでニローさんは間者の捕縛と、あとは本気でこちらへ付く気になった人達の管理や情報の集積と精査をお願いします。拒絶した者や偽った者の後始末は全て僕が請け負いますので、好きに尋問や拷問はしてもらって構いませんけど、くれぐれも殺さないようにしてくださいね」
「というと、生かしたまま何かの策に組み込まれるのですかな?」
「いや、僕が綺麗に食べちゃおうかと思いまして。…………冗談ですけどね」
「「「……」」」
あれだけ人としての扱いはしないと忠告したのだ。
それでも踏み込み、尚且つこちらに協力しないというのならもはや害でしかなく、そんな存在は心置きなく捻り潰せる。
そのためにも、まずはリルに事情を話して、直接ここへ転移できるようにして……
「ん?」
暫し段取りを頭の中で考えていると、再び視界の端が青く点滅する。
いやいや、ベザートにいるんだからすぐに向かえるけど、最近本当に多いな。
今度はどこに――
『ロキ、緊急だ、すぐに私の下へ来い。明らかに普通じゃない者が現れた』
――頭の中に響く切迫した声。
それは今しがた考えていたリルのモノだった。