Will I End Up As a Hero or a Demon King RAW novel - Chapter (607)
590話 異種交流の開始
「もうみんな揃ったから、そろそろ行こうか」
「は、はい……!」
緊張感の伝わるその返答を聞き、小さな肩にそっと手を触れ転移する。
向かった先は、魚人の隠れ家サントラス。
そこには町長のキリュウさんをはじめ、他の魚人や別の希望者達も待っていた。
「お待たせしました。この子が最後の希望者、ケイラちゃんです」
「よ、よろしくお願いします、ケイラです!」
兼ねてより進めていた異種交流。
魚人は好奇心が強いのか、表情は明るく期待に満ちている様子だが、ベザートから連れてきた8人は皆が揃って不安げな表情を浮かべ、キョロキョロと周囲や今来たケイラちゃんに目を向けている。
間違いが起きないよう、まったく戦えないような人を条件に選んでいるから余計にだろうな……
「では皆さん、事前にお伝えしていた通り、ひとまず3カ月ほどを目安に双方希望者の入れ替えを行い、他種族との交流を図っていただきながら新しい技術の習得に励んでもらいます。もちろん事情があって戻りたい場合は対応しますが、得られた技術がそのままのちの仕事に繋がるでしょうから、ぜひ楽しみながら頑張ってくださいね」
そう告げると、魚人側の代表であるキリュウさんが一歩前に出る。
「確かに9名、私が責任を持ってお預かりします。魚人側はこちらの希望者10名です。皆、今後に活かすための技術ももちろん大事ですが、同じくらいに他種族が織り成す文化や生活様式も見て学び、沢山交流を図ってくださいね。きっとその経験が今後の生活だけでなく、心も豊かにしてくれるはずですから」
その言葉に返事をする魚人の一団は、パッと見た感じだと若そうな人達が多い。
こちらは一番小さいケイラちゃんから、上はおばあちゃん一歩手前くらいの人までいるので、この辺りの人選には結構な差がある。
「若そうな人達が多いのは今後を見据えてですか?」
思わず問うと、キリュウさんは苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「それよりも体力重視ですね。魚人街と違って人間の住む町は水路など整備されていないでしょう? どうしても我ら魚人が陸地を移動するとなると、体力が必要不可欠なんです」
「あーなるほど」
かつて魚人の兵士が槍の石突を杖替わりに、尾ひれをくねくねと這わせて蛇のように移動していたことを思い出し、それもそうかと納得する。
小一時間掛けて多少は整備したつもりだが、あくまで町の一角。
なにぶん初めてのことだらけで、あとは実際に生活してもらわないと、どこに不備があるのかも分からない。
諸々の不安を抱えながら参加者の私物を出し入れしたり、貯蔵庫の物資を回収したり。
やるべきことをやってから広場に戻ると、最初は不安そうにしていたケイラちゃんの周りに、魚人の町でも俺とケイラちゃんに声を掛けてきた少年など、多くの子供達が集まっていた。
その様子を見て少し安心する。
「ケイラちゃん、そろそろ行くよ。今度はエニーも連れて、また様子は見にくるからさ」
「はい! ロキさん、私絶対に成長してみせますから!」
望んで魚人の人達と生活を共にしてみたいと言ったのはケイラちゃんだ。
少し練習すればなんでも卒なくこなし、スキルの習得を誰よりも喜んでいたケイラちゃんが、どのような結果を得られれば満足するのか。
それは分からないが、彼女だけは魚人の特性でもある【水中呼吸】を引き継いでいるため、期間の縛りなど設けず本人が納得するまで居てもいいと伝えていた。
もしかしたら、このまま魚人とサントラスでの永住を望むのかもしれないけど、それならそれで応援しようと。
そんなことを考えながら別れを告げ、魚人の希望者10名を引き連れベザートへと転移した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
一通りの作業が終わった頃にはもう完全に日が暮れていた。
それでもこのくらいの時間ならまだ間違いなくいるだろう。
そう思って職業斡旋ギルドを訪ねてみると、1階の受付業務は既に終わっていたが、目的の人物は建物の上階にいることを【探査】が示してくれる。
「こんばんは~」
声を掛けてから部屋に入ると、まるで倉庫のように積まれた木板の隙間からヤーゴフさんが顔を覗かせた。
「滞りなく済んだのか?」
「ええ、お陰様で。魚人の方は10名でしたので、早速新しい湖に案内しておきました。学び舎の方にも案内したら、皆が目を輝かせながらすぐにでも通いたいと言っていましたよ」
「そうか。まさか『グラーツ養成学校』最初の生徒が、書物でしか存在を知らなかった魚人になるとは、世の中本当に分からんものだな」
職業斡旋ギルドと並行して進めていた、仕事に通じる技能を得るための学校。
国の公共事業として、ニューハンファレストよりもさらに西側の森を広く拓いていたわけだが、ジョブ系は当然として、武術や魔法系統の各スキルにも極力対応できるように。
そして大量の移民の人達にも仕事が回るようにという副次的な目的もあり、初めからかなり広大な規模で建造が進められていた。
なのでまだグラーツ養成学校と名付けられた施設は未完であるものの、それはあくまで全体像を見た時の話。
いくつかに分けられた棟の一部は竣工していたため、使えるところから先に使い始めていこうという話は、先日魚人をこの町に連れてくるとヤーゴフさんに伝えた時から持ち上がっていた。
「ちなみに講師希望者はどれほど見つかりましたか?」
「ロキが条件に加えた職業加護込みでスキルレベル6以上の到達者だと現状6名、スキルレベル5まで落とせば約20名ほどだな。その中にはスキル被りもあるから、各スキルにつき講師を1名と考えた場合はさらに減る」
「ん~やっぱりそう上手くはいかないですよねぇ……」
本音を言えばそんなものかと思ってしまうけど、こればかりはしょうがないこと。
レベル6以上のスキル所持者というだけでもだいぶ該当者は絞られるのに、さらに講師への転職も求めているのだから、尚更に条件は厳しくなってしまう。
手に職がある時点で、職業斡旋ギルドの募集要項など見ていない可能性の方が高いだろうしなぁ。
「でもまあ、魚人のためだけに講師を雇うというのも勿体ないですし、講師の雇用条件をスキルレベル5に引き下げてでも始められるところから始めちゃいましょうか。それでも未経験者からすれば得られる知識や技術は多いでしょうし、スキルレベル6以上の講師に対しては兼業しやすいよう高位技能に限定した短時間の特別枠でも作って、その枠はより高めの授業料を別に設定してもいいでしょうしね」
「そうすれば、高レベルのスキルを持った講師に対して見合った報酬も支払いやすくなるし、後進の育成にも参加しやすくなるか」
「ですね。あとは職種にもよるでしょうけど、直接教えて人材を見定められるわけですから、自分好みの即戦力を捕まえやすくなるんじゃないですか? 学ぶ側だってその形態にすれば、既に基礎知識があって仕事に就いているような人達でも、自分の知らない応用技術だけを学ぶために特別枠の授業だけ参加することができると思いますし」
「なるほど……ふふ、ふふふ……やはりロキとこの手の話をするのは非常に面白い。心が沸き立ち、まるで若返ったような気分になる」
「そ、それは良かったですね……」
鋭い眼差しで不気味に笑っているヤーゴフさんはちょっと怖いが、たぶん楽しんでいるのだろうから放っておくしかない。
そう思って最近アルバートで発見した、お気に入りのデコポンみたいな巨大ミカンをそっと渡し、自分も一人で黙々と食べていると、正気に戻ったヤーゴフさんが巨大ミカンの皮を剥きながら口を開く。
「昨日のうちに町長と西の湖を見てきたが、魚人は水辺から満足に出られないのだろう? 滞在するに当たって何かしらこちらで支援が必要なのか?」
「あーその辺りは少し様子を見てみないとなんともですけど、問題なく生活できるようにはしたはずですよ。湖から延びる水路はクアド商会の脇を通ってセイル川に繋げてあるので、必要物資の調達はその水路を使ってできるでしょうし、先ほども移民区に出来始めた屋台の料理を大喜びで食べていましたしね」
「む? 魚人の生活様式はまったくの無識だったが、彼らは金を持っているのか?」
「昔は人間相手に交易もしていたくらいですし、生活の一部としてお金は持っているけど、でも少額でしたね。なので彼ら、まずはここで小舟を作ってから商売するみたいですよ」
「は?」
ヤーゴフさんが驚くのも無理はない。
あくまで一時的な滞在だし、当初は移民区で動いているペイロさんとユッテさんペアに頼んで、食事は教会の炊き出しを手配してもらおうと思っていた。
が、とりあえずということで俺が奢った屋台の料理を食べて、どうやら彼らの考え方が変わったらしい。
移民者相手にズラリと並んだ屋台の料理を制覇したいと言い出し、貝殻を加工して作った自分達の可愛らしい財布の中身を見て絶望。
買い食いするためにここでお金を稼ぎたいとか、どこかの女神様みたいなことを言い始めたのだ。
そのせいで俺は、彼らを送り届けたあとも細かい作業に追われていた。
「先ほど湖の畔にいくつかお店を作っておいたので、そこで夜間限定の屋台をやるみたいですよ。魚介を使った料理は彼らの得意分野でしょうし、幸いその材料はクアド商会に行けば大量にありますからね」
「海の幸を使った屋台か……ならば近いうち食いに行ってみるか」
「ええ。僕も魚人の料理は食いそびれていたので、暫く通おうと思っています」
西区と呼ばれるセイル川より西側のエリア。
その入り口付近にあるニューハンファレストやクアド商会のやや南側に位置する移民区と、ドデカい家がいくつか置かれている以外は広い空き地のままになっている高級住宅街。
その西側に大きな湖を作り、クアド商会の西側で現在建設が進んでいるグラーツ養成学校の付近までその湖を広げていた。
魚人用というだけならここまで大きくする必要などなかったが、高級住宅街やニューハンファレストの上階からもよく見えるので、景観という目的もあれば、学校で水を使った様々な実習もできるように。
また西区の方にもいずれ農地が広がった時用の農地用水として、今後この水を広く活用できればという狙いもある。
湖の中央付近に孤島を作り、そこに魚人用の簡易的なアパートを建てているので、これなら物珍しさから何かを企む人間が現れたとしても、そう簡単には近づけないだろう。
「ではそろそろ狩りに行きますので、学校の方はよろしくお願いしますね。一応僕が少し通ったクルシーズ高等貴族院と、それにかつていた別世界の学校がどのような内容だったかはこちらに纏めてありますから、運営の参考にしてもらえれば」
職業斡旋ギルドにしろグラーツ養成学校にしろ、動かすために必要な人材は好きに雇用してくれと伝えている。
なのでさほど運営面の心配はしていないが、学校の方まで纏めるとなると、もうおじいちゃんと言ってもいいヤーゴフさんの身体はもつのだろうか。
いやしかし、他に校長先生みたいなポジションを担える人なんて思い浮かばないし、本人楽しそうだしな……
そんなことを考えながら席を立つと、背後から思い出したように呼び止められる声が掛かった。
「そうだロキ、2つ相談しておきたいことがある」
「え?」
「ハンターギルド本部から、正式にベザート支店としての運営認可が下りたと報告があった」
「あ、そういえば本部からの視察があったって、前にヤーゴフさんが言っていましたね」
「ああ。それに伴い、元サブマスのイリーゴをギルドマスターとして運営に当たらせようと思うが、問題はないか?」
「もちろんです。その辺りはお任せしますけど……ちなみに支店として認可を受けると、どんな利点があるんですか?」
素朴な疑問だ。
ハンターとしての実績や預け金が他所のギルドに移っても引き継げるようになる。
パッと思い浮かぶのはそのくらいだが、ベザートはFランクとEランク狩場が管轄の小規模ギルド。
かつての俺のように、より上位の狩場を目指してマルタなどの外へ出ていく人達はいるだろうけど、支店として認可されたからという理由でこの町が得をするイメージは出てこない。
そんな疑問に対し、ヤーゴフさんは軽く頷きながら答えてくれる。
「ロキがいるお陰で感覚が麻痺してしまいそうになるが、商人が間に入る前にギルドの支店同士で素材取引を直接行えるというのは大きな利点だ。それにこうして認可が下りれば、今後は情報も入ってくる」
「情報……」
「ハンターギルドは大陸の広域に存在しているからな。それこそ戦火にでも巻き込まれて閉鎖に追いやられれば、すぐにその情報がギルドの各支店に共有される」
「おお、特に西方の戦線を把握する上では大きいですね。暗部のニロー局長にその手の情報は共有しておいてもらえると助かります」
「承知した。それともう1つだが、この国に移住できそうな回復能力持ちの知り合いはいないか?」
「ん? 先ほどの講師とは別件でですか?」
「うむ。ここ最近、大規模な建設作業を進めていることもあって、事故による怪我人が多くてな。治癒所や診療所の類いを求める声はだいぶ増えてきているというのに、任せられるスキル所持者が一向に見つからないのだ」
「あーなるほど。ポーションだけじゃ治せる傷にも限界があるでしょうしね……」
言いながら記憶を掘り起こす。
ヒーラータイプの知り合いはいないこともないが、ただそのうちの一人は東に向かうと聞いただけ。
今どこにいるのか、居場所すらはっきりとしていない。
「分かりました。一応知り合いがいるにはいるので当たってみますよ」
そう告げて職業斡旋ギルドをあとにする。
思い浮かぶ二人の顔。
どんな返事が返ってくるかは分からないけど……
(元気にしてるのかな)
それでも心なしか、会うことが楽しみになっている自分がいた。