Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (108)
一ノ瀬兄妹
浮気は最低な行いだ。全てが明るみになった時に誰も幸せにならない。倫理的にもアウトだし、だったら最初からそんな事すんなって話。浮気相手と交際相手が友人関係ならさらにヤバい事になるのは間違いない。バレるケースは様々───スマホの中を覗き見ちゃった、通知画面に表示されちゃった、寝言で名前を口にした、怪しまれて調べられた、友人から教えられた……等々。
「ぁ……佐城さ───え?」
そして、”鉢合わせちゃう”というのも一つのパターンだ。後からバイトを上がり、古本屋から出て来た一ノ瀬さんは俺に目を向けると、他にも人が居ることに気付いて目を向け、固まった。
俺を間に交差する一ノ瀬兄妹の視線。先輩の方は”やっと会えた”的な視線を妹に向けていた。そこで気付く。これよく考えたら浮気でも何でもなくただの兄妹の再会だったわ。そもそも付き合ってすらねぇし何なら友達関係ってのもちょっと怪しい。そう、ただのバイトの先輩と後輩。つまるところ赤の他人。だから今すぐここからダッシュで離れて良いでしょうかっ……!
「…………」
「
深那
………ここでアルバイトしてたんだね。母さんも口止めしてたみたいだし、自分で見つけるのは骨が折れたよ」
口火を切った先輩は優しい口調で一ノ瀬さんに話しかけた。それだけならただの優しいお兄さんなんだけだけど……その、炎天下のせいかスゴい汗というか、クマさんのような体型も相まって、出待ちというこの状況が余計なお世話なんじゃねぇかってくらいマッチしちゃってマジ怪しい人。
いや知ってんのよ?先輩が頼りになる風紀委員の黒一点という存在な事くらい。前に重いもん運んだ時だって汗スゴかったし、でもその分頼りになるパワフルな一面を見せてくれたし、その力量と比例するくらい優しくしてくれた尊敬できる先輩だ。うん、モテる要素だらけだわ。
「ハァ……ハァ…………」
頼むから汗拭いてくださいお願いします。どうしていかにもオールシーズンのジーパン履いて来ちゃったんすか!
あれだ、クマさん体型って大きい体格で頼りになるからモテるんだろうし正直羨ましく思ってたけど、夏場の炎天下だと折角のアドバンテージもビハインド極まりないな。多分これが冬場で俺がここに居なかったら最高のシチュエーションになってたと思う。
「今がちょうど上がりみたいだね?そ、その………
偶
には外食でも───」
「ゃ……!」
「ぅわっちょいエエッ!!?」
男、佐城渉。人生で初めて他所の女の子から背中に隠れられました。服を掴まれております。姉貴に掴まれるのと別の緊張感。逃げられません。繰り返します、逃げられません。もうこんなの大声上げるしかないじゃない……。
「み、深那っ……!」
「ああああれですよ先輩違いますからね!?俺と妹さんは先輩と後輩の関係で、いやまぁ学校じゃ同級生で歳も同じなんですけど!先輩後輩って言うのはこの店でのアルバイトにおける関係でしてね!?決してこの前お世話になったばかりの先輩に黙って妹さんとそういう関係になったりなんかはしてまへんので───あヤベ京都弁みたいの出ちゃったごめんなさい噛んだだけですッ!」
「ごめん佐城くん、今はちょっと
退
いてくれないかな」
「あ、はい───」
って、そうだ。後ろで掴まれてるから退けないんだった。ほら一ノ瀬さん、大好きなお兄さんだよ?せっかく会いに来てくれたんだし、これを機に仲直りして───うわああああっ!?めっちゃうるうるした目で見上げられてるッ……!また前髪のピン外し忘れちゃってるよ!お目々大っきいのね!
………や、ちょっと待てよお前どっちの味方なんだよ佐城渉。一ノ瀬さんは何で俺の後ろに隠れた?お兄さんのこと大好きなはずなのにここまでの反応をしてんだぞ。俺がここで
退
いて『はいどうぞ』っつってもどうにもならないんじゃねぇの?俺がフォローすべきなのは誰よ?てか暑い、マジ
暑
っちんですけど。
「………や、どっか涼しいとこ移動しません?」
「佐城くん、今はそんな───」
「ぶっちゃけここで話したって何も変わりませんよ。それに妹さん、炎天下に晒したままで良いんすか?」
「………………………わかったよ」
「行きましょ。直ぐそこに落ち着けるとこあるんで」
◆
最初はファミレスに入ろうと思ったけど、諸事情のためコンビニの2階にあるイートインスペースに入る事にした。こういった作りのコンビニは
駅近
にしかないから運が良い。申し訳ないけど先輩には先に上に上がってもらい、俺と一ノ瀬さんは後から付いて行った。今この兄妹を二人きりにさせるのはマジヤバみ。
「───先輩、とりあえずこれで拭いてください」
「あ、うん………ありがとう。お金払うよ」
「………はい。あいや、別に後日でも大丈夫なんで」
見ていられないほどの発汗量。真っ昼間で人も少なく、リーマン的な人達は隅にある喫煙室に用があるようなのでそのまま買って来たタオルで堂々と拭いてもらう。座るのも気持ち悪いだろうから、とりあえず一ノ瀬さんは座らせて俺は『暑いっすよねー』なんつって扇ぎながら立ったまま場を繋ぐことにした。空調効いてるわー。
「ごめんね佐城くん………その、ちょっと冷静さを欠いてたよ」
「いやぁ、気になさらないでくだせぇ」
敬語に慣れてなさすぎて変な言い回しになってしまった。それでも先輩は真面目に謝っている。申し訳ない気持ちは有りつつも、きっと心中では一刻も早く一ノ瀬さんと話したいと思ってんだろう。
先輩の心中を量ってると、一ノ瀬さんと目があった。
「ぁ………」
席に着き、先輩の方にもチラチラと目を向けつつどうしたら良いか分からないという顔をしていた。そんなの俺にも分かんないよぉ……。
もう大丈夫と言う先輩。確かに汗は引いて良い感じのクマさんに戻っている。イートインスペースは二人席がMAXのため、そのまま一ノ瀬さんの対面に座ってもらった。俺は空き椅子をかっぱらって二人の横に付いて座る。この兄妹の会話の感じがどんなもんか知らんけど、あとは二人でどうぞって気にはなれなかった。まあ……部外者には部外者なりの振る舞い方もあるし、気を遣う必要はないのかな?
「この前、学校で運搬の指揮とってくれた先輩………やっぱ付き合ってたんすね」
「……!」
ピシッ、と固まる先輩。いやいや何でそんなやべぇバレた的な雰囲気なんすか。学校でもめっちゃイチャイチャしとったやないか……!付き合っとるどころかくっ付き合っとったやないか暑苦しい(羨ましい)!一ノ瀬さんに”現場”を見られたんなら今更だと思うけどな。濃厚なアレは十分濡れ場です。やだぁ………気ぃ遣う。
「────そうなんだ………由梨ちゃんとは1ヶ月以上前から付き合ってる。その様子だと、深那から聞いたみたいだね?」
「あ、いやまぁその………はい」
雰囲気から察してたけど、一ノ瀬先輩側からじゃないというのは解る。きっと色んな要素が合わさって由梨ちゃん先輩は一ノ瀬先輩に惚れたんだろう。この人少し関わっただけでも良い人って解るから。それを一身に浴びまくったんだろうな……。
「一ノ瀬さん───ああいや妹さんがアルバイトを始めた理由は知ってるんすか?」
「直接聴いたりはしてないから厳密には分かんないけど………でも、
大凡
は」
「………もしかして、ずっと口を利いてない感じすか」
「………」
当たりっぽい。どうやら一ノ瀬さんはバイトを始めてからずっと先輩と口を利いてなかったらしい。同じ家に住んでてそんなことできんのかね………親とかにツッコまれそうだけど。いやバイトの事は先輩に黙ってたっつってたか。先輩は母親が教えてくれなかったって言ってたから、上手いこと親に取り纏められてたのかもしんない。
最近の一ノ瀬さんは良い意味で調子付いていたし、まさか家庭内がそんな事になってるなんて全く考えてなかったわ。
「………」
先輩の沈黙を受けて一ノ瀬さんを見ると、ふいと顔を背けられた。先輩は積極的に対話を試みてるみたいだし、たぶん一ノ瀬さんの方が避けてるんだろうな。いや気持ちは解るけど。でもこの反応は後ろめたく思ってる感じがする。同じ様な顔を何度か見て来たからわかる。気まずいことこの上ないだろうな。俺だって嫌だわこんなん。
「………俺、出ましょうか?」
「ごめん……さっきのは謝るからちょっとだけ残っててくれないかな?」
………うっす。