Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (132)
理解できない
「………」
「………」
夏川だけじゃなく、教室の前の方からも戸惑うような視線を一身に浴びつつ最終下校時間を迎える。当然っちゃ当然だけど、全ての文字を手書きで進めて作業が終わるはずがない。外部への漏洩防止のため持ち帰りは禁止されていて、余った分は種類別に回収され、翌日にまた再振り分けされるらしい。
「……いつもこうなん?」
「え……?」
「佐々木っつーか。二年の端の先輩達」
「えっと……」
廊下に出てから夏川に訊くと、答えづらそうにしながらも首を横に振った。予想とは違った返答に思わず体ごと夏川の方に向いてしまう。顔色を窺ってみると、何て言葉にすれば良いか分からないって感じの顔になってた。
「え、違うの?」
「佐々木くんと同じサッカー部で、マネージャーをやってる先輩なのよ……最初は佐々木くんを通じて色々と教えてくれてた」
「……おん?」
……額面通りに受け取れば良い先輩達だ。ただ、夏川は優しいから勝手にそう思ってるだけの可能性もある。ホントはイケメンの佐々木が目当てで、先輩達は夏川を眼中に入れてなかった可能性もある。穿った見方かもしれんけど。
「たぶん、文化祭実行委員会に嫌気が差してるんだと思う。前からよく、愚痴は零してたから……。」
「………」
どの部分に、とは訊けなかった。さっき、初めてこの教室に突撃した時におかしい部分を目にした。この実行委員会の明らかに多過ぎる作業量と、非効率な作業の進め方だ。そのやり方をずっと強いられようもんなら、俺だって“子供じゃねぇんだぞ”と愚痴を零してたかもしれない。や、ちょっと前まで中学生だったんだけど。にしてもやり方が稚拙だ。
「……佐々木もそうなわけ?」
「そ、そんなわけないじゃないっ!逆らえないだけよ……井上先輩、サッカー部のキャプテンの彼女さんで……佐々木くんは先輩から『もうこんなとこ抜け出して部活行こうよ』って言われて……」
「っ……」
危ない。思わず舌打ちしそうになって、少し上を向いて呑み込む。
解る。納得できる。あの二年の先輩達が文化祭実行委員会を不審に思う理由も、佐々木が夏川に対する想いと先輩からの圧力の間で苦しむ理由も。何で解っちゃうかね……バイトの経験が余計なとこに
活
きてんだよな……その辺はまだ知らない方が幸せだったかもしれない。
体を動かして気を紛らす。
納得できない気持ちもある。でもその正体が分からない。生徒会にパシられたり、文化祭実行委員会の実情を見たからか。普通に考えればそうなんじゃねぇかと思うけど、妙な違和感を覚える。もっと別の何か。
「ちょ、ちょっとっ……!」
袖を掴まれる。顔に出る不機嫌さを隠すため足を速めていたのを忘れていた。夏川を置き去りにしかけていたらしい。有り得なさすぎて自分で驚く。俺が夏川をうっかり忘れてしまうとは……。
「待っ──ぁ……」
振り向くと、思ったより夏川の顔が近くにあった。可愛過ぎて見惚れる。それが当たり前過ぎて思わず固まってしまうような事は無かった。ああ可愛いなって。“この子が好きだ”なんて自覚と、“期待しても仕方がない”という立場がそうさせる。それは俺にとっての絶景。裏を返せば、ただの景色。
───ああ。
この絶景を歪ませる意味が解んねぇんだわ。
「──か、買い物があるから………」
バッ、と離れた夏川は急ぎ足で去って行く。夕日に照らされた雪化粧のスポットを新幹線で横切って遠ざかって行くような。そのくらいの名残惜しさ。何故だか、推しのアイドル的な存在とは別の何かになってしまったような気がした。
これが恋なら。会いたい欲求と会えない寂しさが襲って来る。それは中2の頃から何度も経験して来た。でも、今感じたのはそんな寂しさとは別の寂寥感。子供の頃、遊園地から帰る時に感じた時のような、あの感覚。夏川ってUSJだったん?
もうこれは恋じゃないのかもしれない。それでも、少しでも手元に置いておきたいという傲慢さは何一つ変わっていないように思えた。
少し、自己嫌悪した。
◆
「姉貴は?」
「さあ? 部屋じゃない?」
風呂上がり後、いつもならリビングのソファーを占領してグダってる姉貴が今日は居なかった。嬉々としてそこに座ってスマホを
弄
りながらくつろぐも、何だかソワソワしてしまう。やっぱり風呂上がり後はアイスカフェオレ片手に自分の部屋でゲームか。
カラカラと氷がグラスに当たる音を聴きながら階段を上がる。姉貴は疲れてんのか、二階からは何の物音もしない。いつもならギャル友とも分からん誰かと電話してる声が聴こえるけどな。楽しそうに喋ってるときはまず間違いない。そんな姉貴が生徒会で副会長やってんのが今だに信じられなく思うときがある。しかも受験生の真っ只中でクソ面倒事を抱えてる事に同情する。やっぱり生徒会なんて入ろうとは思えねぇな。
でも姉貴は姉貴、俺は俺。そうやって今まで距離を作って来た。余計な気でも遣って
労
おうもんなら『キモい』というお言葉を頂くのが関の山。この場合、俺はいつもみたいに姉貴の都合をガン無視してゲームしてゆったりすんのが最善の選択なんだな。
……あれ? おれ部屋の電気つけっぱだったっけ?
「おかえり」
「ぬァッ……
痛
ァ!!?」
うぉわ痛ってぇえええええッ!!?
おもいっきりドアノブに肘をぶつけた。片手のグラスを意地でも死守したのが仇になった。悶絶してその場で涙目になってしまう。痛すぎて思わず俺を驚かせた姉貴を睨み上げる。
「怖ぇよッ!!なに人の部屋のベッドの上で普通に座ってんだよ!?ビビるわ!」
「るっさいわね何ビビってんの」
俺しか居ないはずの部屋。何故か電気が点いていて、ベッドの上のど真ん中で微動だにせず居座られたら本気でビビるのは当たり前。マジで一瞬気付かなかった。“おかえり”じゃねぇよマジでお
還
りするとこだったわ。
「え?え? マジで何の用? 部屋間違えた?」
「んなわけないでしょ」
この
女
、人の部屋のベッド占領しといて何でこんなに偉そうなん? こうゆうのって普通腰掛ける程度じゃないん? マジで座布団感覚で座ってやがるんですけど。
「アレ、文化祭の……と──」
「ああ、文化祭実行委員会の話ね」
「……」
それなら俺の部屋に来たことも納得できる。いや勝手に入ったのとベッド占領してんのは納得できてないけど。何で俺より部屋の主感出してんの? ま、まさか……実は最初から俺の部屋じゃなかった………?
「んだよ。何か分かったの」
「……は? 聞くの?」
「や、別に乗り気とかじゃねぇけど」
サイドテーブルにグラスを置いてベッドに腰掛ける。今更ながら俺が作り出した快適空間ヤバいな。プライベートの極みだわ。よっぽど外の世界をストレスに感じたんだろうな。案外それは家の中だったりして。
文化祭実行委員の問題に関して言やどうにでもなってくれという手放し感が強い。でも俺にとっちゃそれとは別の問題がある。実行委員会に傾かれるわけにはいかないんだよ。
「それで───んおっ」
何か分かったのか、そう訊こうとしたとこで視界が揺れた。何が起こったのか全くわかんなかったけど、手にグラス持ってたら絶対こぼしてたななんて思った。
「──………は?」
…………は?
今さっきまでベッドに腰掛けていた。そんな状態で突然視界が揺れるような事があんなら、まあベッドに倒れされたんだろうなと思う。それが解ってたから別にそこまで驚く事は無かった。
真上で俺を見下ろす姉貴の顔が無かったら。
「…………え、なに? は? え? なにごと?」
What’s happened!?
頭ん中で外国人講師っぽい姉ちゃんがオーマイガーってポーズして驚いてる。何この人初めて見るんだけど。俺の第2人格? それとも前世の俺? テンパって変なの生み出しちゃったんだけど。
「……っ……〜〜!」
俺の肩を掴んで後ろに倒した犯人こと姉貴。結果的に膝に頭を乗せた俺を見下ろしながらすっごい顔になってんだけどこれツッコむべき? すっげぇ羞恥に堪え忍んでんだけど。耐え忍ばれる俺はどうすれば良いのかしら?
「…………どーゆー風の吹き回し?」
「う、うるさい」
有り得なさすぎてビックリ仰天、は通り越して一周も二周も回って逆に冷静になってしまった。姉貴も姉貴で何かを振り切ったのか、好戦的な顔で喧嘩で一発もらった後に「上等じゃねぇか……!」なんつって顎に伝う汗を拭うみたいな仕草をしてる。絶対その汗俺に垂らすんじゃねぇぞ。てか何と戦ってんのこの人。
Hey! C’mon!!
お前かよ。