Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (135)
余波
連れて来られたのは東校舎と西校舎を結ぶ三階の通路脇で四角形に並んでるベンチ。一年生はまず用が無いから近付かないし、上級生は去年までのいざこざで気まずさが有るとか何とかで近付かないそうだ。通路を少し進んだ先に中庭まで一気に下れる螺旋階段がある。
「
石黒
」
「はい」
辿り着いた先には何やら気難しそうな眼鏡の二年のネクタイの先輩が。前髪をガッと上げたビジネスなヘアスタイルも相まって何だか制服のブレザーが似合ってない。スーツの方が絶対似合ってる。
結城先輩とアイコンタクトを取った石黒
某
はその場でムンッと仁王立ちすると俺に目を向けて来た。
「二年の石黒だ。
颯斗
さんとは個人的な繋がりもあるが、家同士の関係もある。まぁ、そういう関係だと思ってくれ」
そそそそういう関係ッ……!?
──なんてのは冗談で、まぁたぶん財閥的な何かが絡んだ繋がりがあるんだろうと思っとく。にしても結城先輩とは違ってガテン系だ……そのくせ暑苦しく思えない辺りにR15映画に出てくるヤッさんの若頭的な何かを感じる。頭切れるんだろうな。
「どうも、佐城です……」
「佐城……あの女の弟か。似てないな……」
「ありがとうございます」
「………。まぁ、色々あるんだろう……」
何だろ、気が強そうなのに気が弱そうにも感じるこの感覚。苦労してんのかな……。いずれにしてもクセの強い人じゃなさそうだ。何だか安心感がある。体格もパねぇし、意外と一ノ瀬さんあたりと相性良かったりして。でも俺の勘が告げてる、多分この人冗談とか通じないタイプだわ。あらやだボケ殺し?
嬉しい事に結城先輩は俺の昼を準備してくれていた。てかさっきから見えてた。何なら出会い頭から期待してた。有り難く頂戴いたします……このご恩は姉貴で返しますねっ。
繋がってるベンチにコの字になるように腰掛ける。超イケメンと喧嘩強そうな人と
屯
する感じは悪くない。俺のステータスにバフ掛かりそう。今なら姉貴に勝て……ねぇな。やっぱ姉貴を打倒すんなら逆兵糧攻めに限るわ。
「文化祭実行委員の件についてだが……俺は過去の文化祭準備期間における金の動きを、
拓人
にはより詳しい今の実態を、石黒には過去の文化祭の実績について探ってもらった。石黒」
「はい」
昼飯に手を付けながら話を聴く。俺がガッツリ弁当を食べてるってのに、結城先輩は何も無く石黒先輩は菓子パンを片手にしていた。俺には情報共有だけって言ってたし、まあ別に遠慮は要らないよな。嗚呼、美味ぇ。
結城先輩に応えた石黒先輩は灰色のバインダーを取り出した。何枚か紙が挟まってる。すげぇソレっぽいな。優秀な側付き感半端ない。
「
甲斐
が調べた情報が全てだと思っていたが、どの方面でも問題がある事が判った。だから、颯斗さんの指示でさらに規模を広げて探った」
「……探った?直接訊いたんですか?」
違和感を感じて尋ねると、結城先輩が代わりに答えた。
「いや、直接的な接触は避けた。これについては渉から聞いた話にきな臭さを感じたというのが大きい。お前なら別かもしれないが……まぁ、楓の意向だ」
この学校の過去に何らかの差別的問題があったのは知ってる。憶測の時点じゃ、経済格差みたいな内容だと思ってる。一般家庭の生徒が東側のABC組に割り当てられるとするなら、西側のDEF組は金持ちの息子的な。俺が入学してからはあまりそういった話は聞かない上、姉貴はあまり俺に関わってほしくなさそうだ。
再度、石黒先輩が口を開く。
「調べた結果だが、落差こそあるものの問題は大きく三つに分けられる」
「三つ……」
「順序立てで説明する。まず一つ目だが、去年の文化祭と運営形態が異なる事が判った」
「………?」
それは問題なのかね? 文化祭なんて毎年テーマも出し物も変わってくんだから、そりゃ準備の進め方なんかも変わってくんじゃねぇの?
「諸事情により去年までは生徒会やイベント運営はほぼ西側の意向が採用された。企業間の競争も絡まりやすいこの学校では教員や生徒の中に関係者も多く……まぁ、幅を利かせる者も少なからず居たわけだ」
「はぁ……」
姉貴が俺に聞かせたくない話ってのはその辺が絡んでそうだな。まぁ難しそうな話だし、無関係で居られるならそれに越した事はないんだけど。それでも生徒会に引き入れようとする姿勢何なの。
「そういった
輩
によってダイレクトに影響を受けたのがこの
鴻越
高校の文化祭だ。地域を巻き込んで規模が肥大化し、毎年その準備に追われる事から早期からの取りかかりが慣例となり、準備内容はマニュアル化された」
「まぁ、良い事っすね」
「今年もそのマニュアルを
基
に準備が進んでいるはずだ。去年まで西側にお株を持って行かれていたとはいえ、東側の経験者も少なくなかったため、何も問題は起こらないと思われた」
“思われた”。嫌な予感100パーセントの言葉だ。アキラだったらボロンしてる。何かがあったんだろうな。マニュアル化したことで文化祭に悪影響を与えた何かが。
「──そのマニュアルは、もはや何年も前から形骸化していたんだ」
「け、形骸化……?」
「“西側”はマニュアル化された文化祭を忠実にこなしていた──書面上は」
『具体的にはデータ上には、だけどな』と結城先輩が付け加え、石黒先輩は忌々しいと言いたげに持っていたバインダーで左の手を打ち出した。怖い怖い。見た目完全に用心棒のソレなんだけど。戦闘キャラに例えたらSTR高めでSPD低いタイプ。魔法とか使わなさそう。
「えっと、何か特別な事をしてたって事っすか?」
「“外注”だ」
「ほぁっ」
ががが、“外注”? 外注ってアレだよな? 本来の関係者じゃない外部の人間に依頼して仕事の一部をやってもらう的なアレだよな? 依頼するわけだから、当然“報酬”だって必要なわけで…………え? 嘘でしょ? 零細企業が苦肉の策でやるアレを、高校で……?
「文化祭の規模の拡大はリスキーである反面、成功すれば立派な功績になる。学校──ひいては地域への“貢献度”を競う温床となっていたんだろう。改めて今年の文化祭が成り得るだろう規模を調べると、現状、実に去年の2.5倍になる事が判った」
「にっ──!?」
石黒先輩は続ける。これは調べれば簡単に判ること。しかし、内容が目に見えるものではないため、わざわざ事前に調べようとすること自体に無理があったのだと。
「それは、その……去年の記録とかに残ってなかったんですか」
「言っただろう、“書面上は”と。去年までのソレは全て非公式に行われた事だ。ポケットマネーで、あたかもボランティアであるかのように。だから、“規模”についてはデータとして残されなかった。実際は、去年の文化祭の方が規模が大きいんだろうな」
「でもその、それならやった仕事の形跡とかがデータ上に──」
「消されていた」
……は? 消されていた?
「で、でも、話を聞く限りじゃ去年だけじゃなくて一昨年も、その前も“外注”が横行してたんじゃないんですか? 毎年それが偶然続くとは思えないし……去年も同じように困ったんじゃ?」
「生徒会のバックアップデータに復元を試してみて判明したのだが……去年及びそれ以前の非公式データが消されたのは──去年の十一月末の事だ」
「は? 十一月末……?」
何で? 文化祭の本番は十月初め。データが消された時期との関連性が解らない。何でわざわざ去年の生徒会はイベントのデータを消すような真似をしたんだ……? これがちゃんとした仕事のバイトとかだったら一瞬で首チョンパだぜ? 昔、事務のバイト先に居たチャラめの大学生の先輩がやらかして姿を消してた。
どゆこと……? なんて混乱していると、目を閉ざして腕を組み神妙にしてる結城先輩が変わらない表情で口を開いた。
「──生徒会の、引き継ぎの時期だ」
「………」
結城先輩の言葉を受け、尚も忌々しげな石黒先輩が溜め息をつく。俺には相も変わらず“?”な内容。耳を傾ける事しかできない。ただ、何となく今回の件にはかつての“東と西”の問題が絡んでいるんだろうとは察する事ができた。
「あの女の意を汲んで具体的な内容は省くが──去年、“東側と一部の西側”の生徒の運動によって、“行き過ぎた西側の優遇”を大々的に抑え付ける出来事があった。それによって当時、学校の運営に深く関わっていた“西側”の生徒で固められた生徒会と各委員会の上級生は、退陣を余儀なくされた」
「退陣」
海外の政治のニュースとか歴史の授業でしか聞かない言葉なんだけど……え? この学校って思ったより闇が深い感じ? てか姉貴が結構関わってる感じなん? 今になって俺にシワ寄せとか来たりしないよね? まさかまさかとは思ってたけど……。
「──これは、去年の生徒会あるいは生徒会長が、復讐のため現生徒会に一矢報いるための置き土産なんじゃないかと考えている」
へぇ………今日よく晴れてんなぁ。