Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (164)
誰と
校門を出てから夏川に合わせて歩こうとすると、何かが前と違う事に気付いた。なかなか夏川と足並みを揃えることが出来ない。気になって確かめると、夏川がどこかわたわたとしながら俺の足元を見ていた。これは……俺の歩く速さに合わせようとしてる?
言葉もないまま夏川を観察しつつ、歩道の狭い道に出る。車の通りもある中ちょっとした白線しか無い道で、その端を歩くしかなかった。
前
と同じように車道側を陣取ろうとすると、夏川が予想だにしない動きを見せて確信に至った。
「あの……夏川」
「な、なに……?」
「俺、
愛莉
ちゃんじゃないから」
「はぁっ!? なにを言ってっ……」
「なにって……俺に歩く速さ合わせたり、わざわざ俺を押し
退
けて車道側歩こうとしたり……」
「え、え……?」
「ほら」
戸惑う様子の夏川の両肩を掴んでゆっくり反対側に移動させる。ノリと勢いで触っちゃったけど何も言われないよな……? 肩とか手で払われたらもう泣くしかないんだけど。何つーか、細かったな……。
内心ビクビクしながら夏川の様子を窺うと、思ってた反応とは違って放心したようにポカンとしていた。まだ自覚できてないのか、それとも俺の指摘が的外れで愛莉ちゃん関係なしの行動だったのか……。後者だったらどんだけ子供扱いなの俺。
「あ、ありがと……」
「無意識にそれできるって凄いよな」
〝お姉ちゃん力〟ってやつなんだろうけど、見ようによっちゃ俺より紳士的なんだよな。違いがあるとすりゃさっきの夏川みたいに「危ないからこっち!」って感じに
退
かすのがお姉ちゃんで、さり気なく車道側を取るのが紳士なんだろうな。
「俺も下の兄弟が居たらイケメンムーブできたんかな……」
「……渉がお兄さんやってるのって想像できないかも」
「いやほら、愛莉ちゃんと遊んでる時の俺とか」
「あれはお兄さんって言うより……幼児退行じゃないの?」
「下の子に合わせるとか大人じゃん?」
「年齢まで合わせなくて良いと思う……」
やだ、全否定されてる……。
別に好きでああしてるわけじゃないのよ? 幼い子供との接し方なんて分かんなかったし、だったらもう俺が子供の気持ちになるしかなくない? それかもう乗り物とかお馬さんに徹するか……。
「親戚の小さい子と接したりしなかったの?」
「俺、親戚の中ですら末っ子なんだよな……」
一人だけ同い年だけど、誕生日的に俺の方が何ヶ月も遅いし……。あいつ、それを理由に会う度に姉として敬えとうるさいし。姉貴に影響され過ぎなんだよ。
「そう、なんだ……」
「何でちょっとニヤけてんの」
「べ、別にっ……ニヤけてない!」
声色からしてちょっと笑ってたんだけど。チラッと見たら何かホクホク顔してるし。絶対微笑ましい感じになってただろ今。
「真の末っ子舐めんなよ? 小学生時代のお年玉の量エグかったからな?」
「ふっ……そうなんっ──ふふっ」
「ちょっと笑い過ぎじゃないですか」
末っ子あるあるにツボり過ぎだろ。何が面白いんだこれ。あれか、末っ子の俺が末っ子のメリット語ってんのが面白いのか。末っ子ったってもう高校生にもなると可愛がられたりしねぇからな。もう普通に大人扱いされるからな。どこの親も自分の子で経験してるから「学校はどう?」とか「彼女できた?」とか絶対訊いて来ないからな。「何も言わずそっとしとくね?」感が強過ぎて逆に気を遣うからな。年賀状で成長を見守られるタイプだからな。
「明日の文化祭は誰か来るの?」
「いやさすがに。生まれも育ちもここだけど、親の実家も祖父母の実家も全部バラバラで遠方だから」
「え、そうなんだ」
「夏川は?」
「私は……みんな近く、かな。そもそもお父さんもお母さんも一人っ子だし、おばあちゃんが三姉妹なくらい?
従兄弟
なんて居ないし」
「え、そうなのか」
叔父と叔母だけじゃなくて従兄弟も居ないなんてちょっと考えたこと無かったな……俺なんか数えるのが
億劫
なくらい居るんだけど。名も知らぬ親戚から年賀状とお年玉送り付けられたりしてたんだけど。
「でも近いとお手軽に集まれて楽だよな」
「え? 集まる……?」
「いや、親戚の集まりとか」
「親戚で集まったりするの……?」
「無い……のか?」
「うん……」
……え、分からん。これどっちが常識なんだ? 年始とか高確率で召集かかるけど。中三は受験シーズンで行けなかったし、中二の頃に顔出せって言われて行ったのが最後か。
「渉のとこはみんなバラバラなのに集まるの?」
「親父の方の曾祖母が大ボスなんだよ。物心付いた頃には逆らえない存在だったぞ」
「そうそぼ……ひいおばあちゃん?」
「そう、ひいばあちゃん。八十歳超えのパワフル婆さんな。その下の人数がとにかく多いんだわ」
「へぇ……そうなんだ」
そう考えるとお袋側の爺ちゃん婆ちゃん繋がりで集まった事なんて無いな。親戚の人数も少ないし。個別に挨拶したことがあるくらいか。
「何だか羨ましいな……」
「や、多くても面倒なだけだぞ。年賀状めっちゃ書かされるからな」
「良いじゃない。年賀状書くの楽しいし」
「姉貴もちょっと楽しんでる節があるんだよな……。マジで女子向きの文化だわ」
「そういう事じゃないと思うけど……」
年賀状に限らず女子って書き物が結構好きなイメージなんだよな。金髪ギャル時代の姉貴でさえ足組んで偉そうにペン走らせてたし。マジでハガキとあの頃の姉貴の組み合わせ不釣り合いだったわ。いやグレてねぇじゃん何で金髪なのって感じ。
「夏川の方は? 集まりは無くとも文化祭にとか」
「んん……そんな関係じゃないっていうか……節目節目に会える人達って感覚かな……」
「あー……でも確かに、周りの家の話聞くとそんな感じのが多いかも」
そもそも聞く機会自体ほとんど無いんだけどな。誰の話を聞いたのかすら覚えてねぇわ。お盆だとか正月に会う人達って意味じゃ俺も同じか。ただ人数が多いだけその節目の数も多かったりするんだよな。冠婚葬祭とか。
「あ、でもお父さんとお母さんが愛莉を連れて行こうって」
「ッ!!」
「思わず来ないでって言っちゃったな……。私は運営側であまり時間も取れないと思うし」
び、びっくりした……まさかの教室に夏川の両親が登場かと思っちまったよ……。夏川ん
家
で一回チラッと顔を見合わせただけのお母様、ロクに挨拶もしてねぇからな。もし来るんだったら気まずいことこの上なかったわ。夏川が俺が付き纏ってた頃の話をしてる可能性もあるし。
「って、そうか。実行委員だと仕事があるから空き時間が少ないのか……そこで芦田と回る感じ?」
「うん、圭と話して予定を合わせて二日目に。来年はもうやりたくないな……」
「三年になるとまた気分が違うんだろうけどな、一年で実行委員はなぁ……まずは楽しみたいよな」
「うん」
確か実行委員長の
長谷川
先輩は立候補で実行委員になったんだよな。そういう先輩も居るって思うとやっぱり学校に対する思い入れが俺達とは全く違うんだろうな。
「渉は……? その、二日目は……誰かと約束してるとか……」
「え? あー……俺は別に」
なぞなぞ大会のサクラ役とかあるし、何気に一番混むだろう時間帯に入ってるから特に予定は決めなかったんだよな。あ、でも初日はそれ以上に重要な役目があったか。一ノ瀬さんと一緒に笹木さんの案内をするんだった。それだけは忘れないようにしないと。
「二日目は特に無いな」
「そうなんだ………その、それなら……」
どこか不安そうに見上げてくる夏川。文化祭二日目に芦田と一緒に回る約束をしてる夏川が俺に二日目の予定を訊いて来た。そこまでされて察する事のできない俺じゃない。ましてや相手は夏川。ここで黙って誰が夏川教の教祖と言えようか。
「文化祭で暇とか嫌だし、俺も一緒に付いてって良い?」
「……! うんっ」
「っ……」
まぶっ──えっ、眩しっ……!
え、こんな笑顔向けてくれんの? 何かこう、俺の中の何かがズンッて消し飛んだんだけど。心なしか左肩が少し軽くなった気がする。ちょっと前から夜中に誰かから見られてる気がしてたんだよな。
恐る恐る見返す。夏川の屈託のない笑顔は日頃から見せる優等生っぽさが抜けて無邪気な子供のように幼く見えた。愛莉ちゃんとは違った、どことない色気の狭間に覗かせた一瞬の幼さ。
「──っ」
っぶねぇッ……! 夏川に惚れてんのが当たり前過ぎて忘れてた! 中二のあの時、夏川に惚れた瞬間思い出したわ! 視界全体が一瞬で彩られるこの感覚……うわぁ、間違いなく恋だわ。絶対に嘘偽りじゃないんだよなぁ。
ブレザーの隙間に手を入れて、胸を掻くふりをしてタップする。その場に棒立ちしたままでこの胸の高まりを抑えられる気がしなかった。多分いま全ての高校生の中で一番不整脈。
はぁ……限界化。
「い、いやぁ……そんなに喜んで貰えるんなら俺も嬉しいわ」
「……………ねぇ」
「あ、そういやしおり配られたよな。芦田とどこ回るとか決めてんの?」
「ねぇ、渉」
「うん?」
「『二日目は特に無い』って、初日は誰かと約束してるってこと?」
………………うん?