Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (209)
誰が何を
「うげっ、教卓の正面じゃん……!
佐々木
替わってくれ!」
「別に一番前じゃないんだから良いだろ。我慢しろ
山崎
」
「やっべ、山崎の後ろウケる。座高ありすぎてウチ隠れんだけど。スマホ
弄
り放題じゃん。さすが2高。あと1高がんばれ」
「
村田
、こいつ高身長だけど高学歴かは怪しいぞ……」
「佐々木でもいいよ♡」
「〝でもいい〟って何だよ……それに俺、フリーじゃないし……」
「じゃあ
佐城
」
「せめてこっち見て言え。0高で悪かったな」
「そーなん? ドンマイ。あ、怪我のとこ見せてよ。穴空いてんの見たい。撮っていい?」
「手相のノリで言うな」
席替えが終わって教室の中は近くの生徒同士で挨拶回りが始まっている。右から二列目、前から四番目の席に落ち着いた俺は、早くも左側で縦に連なる山崎、村田、佐々木の漫才による洗礼を浴びていた。不名誉なことに高学歴・高身長・高収入から呼称される3高をカウントダウンするかのようにトリを飾ることになった。進学校から発生するギャルのブラックジョークは実に切れ味が鋭い。俺が姉貴の弟じゃなかったらあの時のお嬢みたいに死にたくなっていただろう……俺も大概だな。
「やっほ、佐城くん。隣同士だね」
「ああ、よろしく。ようやく気が抜けそうだな」
「ホントそれ」
右隣にはクラス委員長の飯星さん。今までは教卓のすぐ前の席だったから授業中は窮屈だった事だろう。端列の真ん中という目立たない席をゲットできて嬉しそうだ。
心を見透かした意趣返しだろうか、飯星さんは何か思い付いたように悪い笑みを浮かべて俺に言った。
「……ドンマイだね。席、離れちゃって」
「……」
「ありゃ、ごめんね? 割とマジで落ち込んでる?」
「や、席は別に……。ただ、前もタイミングが悪かったなって思ってさ」
「ああ、そういえば。確かに何か変な空気になってたような記憶が……」
「飯星さんもよう見とる」
件
の
夏川
はと言えば左端の列、前から三番目の席に落ち着いていた。俺とは間に三列も挟まってるし、もはや気軽に声をかけられる距離感ではなくなってしまった。斜め後ろの角度から横顔を眺めることができるのが不幸中の幸いと言ったところだろうか。
そんな夏川の右隣には俺が文化祭の打ち上げに参加できず自宅療養してた時に夏川と芦田のデュエット動画を盗撮して送って来た
尾上
が座っている。恩はあるがそれとこれとは話が別だ。お前には第一級警戒態勢を張らせてもらう。狙撃準備よーい。
前に席替えをしたときは確か、夏川と放課後に帰ってた時に
同中
だったハルと鉢合って何か微妙な空気になったまま席が前後になったんだったか……あの時は嬉しさと気まずさで頭がおかしくなりそうだった。ただ結果的に話すことが増えて幸せな期間だったと思う。
でも、今は──
「また何かあったんだ……面倒臭いね、キミたち。
芦田
ちゃんは楽しんでるみたいだけど」
「……今回はどうだろうな」
夏川の様子は今朝から明らかにいつもと違う。芦田は一学期の序盤こそ俺と夏川の関係性を面白がってるだけの存在だったけど、今や夏川の親友だ。そんなあいつが夏川の異変に気付いていないとは思えない。
「まぁ良いけど。教室の空気悪くするような事にはしないでね」
「き、厳しいっすね……」
「委員長ですから」
おっとりとした口調かつ、あっけらかんな態度で言ってくる飯星さん。相変わらずフラットな人だ。この妙なボス感は何なんだろうな……実際にクラス内のメッセージグループの立ち上げとか行動力で先陣切ってるから漠然と〝すごい人〟って印象が染み付いてるんだよな。佐々木と斎藤さんが付き合った後でクラス内の空気が微妙になった時も率先してフォローに動いてたし。
そんな佐々木と斎藤さんはついに席が離れたか……。いま思えば、入学時からまるで付き合う事が運命だったかのようにずっと前後か隣同士だった。今回もそうなるかと思ったけど、とうとう運命は役目を終えたらしい。佐々木の左隣は芦田になり、斎藤さんは夏川の右斜め前になってしまっている。おやおや? 付き合ったそばからさっそく関係に亀裂が?今の佐々木とは美味い酒が飲めそうだ。飲めないけど。
それにこいつは絶対に「そんな事で俺と斎藤さんの関係は引き裂けない(キラーン)」とかダルいこと言いながら平気で奢ってきそうだから将来的にも一緒に飲む予定はない。「気にすんな、俺達の恋のキューピットだろ? ヘヘッ」なんて抜かすとこまで見えた。恋のキューピットは佐々木NGです。山崎、お前が悪い女にたくさん引っかかった話を
肴
にさせてくれ。奢るから。
一ノ瀬
さんは俺の三つ左隣──夏川の右斜め後ろの席で石になってた。
◆
席替えを終えてとても新鮮な気持ちでいくつかの授業を終えた合間。特に何か問題が起こったわけではないけど、頭の中がグルグルと回り続けているせいか、俺は常に背筋に冷たい汗を感じていた。
「……ダメ、そうだな」
もう少し、もう少し様子を見てみようと結論を待ったものの、最終的に教室後方の廊下から覗き見た夏川はやっぱり元気が無いようだった。見ていられなくなり、思わず廊下の壁に背を付ける事で視界を切って溜め息を吐いてしまう。
「何が?」
「夏川が──あ、こんにちは芦田さん」
「何が?」
「あ、そんな急に腕掴むなんて大胆な──」
「場所、変えよっかっ」
「で、ですよね……」
作り笑顔で俺の右の前腕に通る大きな二本の骨の隙間に親指を食い込ませてきた芦田。腕の構造に対する理解と指先の筋力は流石バレー部といったところか。この痛みは甘んじて受けるべきだろう。俺はトイレを通り過ぎた先の階段の陰に引きずり込まれた。
「愛ちのこと。ぜったい知ってるよね?」
「はい……」
「さじょっちのせいなの?」
「はい……」
「ふーーん」
腕を組み、人差し指で自らの腕をトントンしながら俺の周囲をくるくると回る芦田。表情から「さぁどうしてくれようか」と尋問する気満々なのがうかがえる。
「お、お手柔らかに……」
「愛ちに何したの?」
「や、ちょっと……事情があって……人には言えないというか……」
「あたしにも言えないことなわけ?」
「その……夏川だけじゃないんだよ。他にも関わってるやつが居て、そっちのプライバシーがあるっていうか……」
「じゃあ、話せることだけで良いから」
正面に立った芦田が、いつか見たように表情を無くして言ってくる。ここまで俺が吐いた言葉で事態の重さを見極めたか、尋問官のようなわざとらしい振る舞いをやめた。
話せること──話せる範囲で、か。それなら幾らかあるかもしれない。この件で夏川をあのままにする事はもちろんのこと、頑なに話さない事で芦田にモヤモヤを抱えさせたまま負担をかけてしまうのも避けたい。可能なら何も話さずに何とかしたかったけど、ここは芦田にある程度まで話しておくのが最善だろう。
「この左手のことだ。怪我まで至った経緯の中に、他にも登場人物が居る」
「それは?」
「言えない」
「……他には?」
「えっと、何ていうか……この話には、お金も発生してる」
「……」
さすがの芦田もびっくりしたのだろう。ピクッと一瞬体を揺らすと、バツの悪そうな表情になった。俺から話を聞き出しづらくなった事もあるからだろう。苦々しさを取り繕うこともせず、芦田はさらに質問をつづける。
「……それで、何で愛ちの元気が無くなる事になるの? お金のやり取りがあっただけでああなるとは思えないよ」
「それは……」
話せる範囲……の外だ。これ以上は部外者には話せない。個人的にも芦田には話したくない。第二の夏川になるか、それとも変な方向に拗れるか……結末が分からないのに話すべきとは思えない。
「──話せない」
「……」
「ごめん」
「……」
再び表情を消して真っ直ぐこっちを見てくる芦田。俺はただ謝ることしかできなかった。目を逸らさずにじっとしていると、芦田の顔から力が抜けるように表情が変わっていき、不安そうになった。
「……そんなの」
「……芦田?」
「──そんなの、あたしじゃ何もしてあげられないじゃん……」
「……」
とうとう床に視線を落としてしまった芦田。滅多に見ない姿に俺も胸が締め付けられるような感覚に陥った。同時にチクチクと無数の棘が刺さるような痛みも湧いてくる。芦田に対してこんな感情を抱くのは初めてなんじゃないだろうか。
何も興味本位でいくつもの質問をしたわけじゃないだろう。どうにかしたいという気持ちは嫌というほど伝わっている。だからこそのこの罪悪感か。夏川は塞ぎ込み、芦田は落ち込み、俺はただ人の
柵
に振り回されて。……それでも、ここで俺が挫けるわけにはいかない。
「待ってくれ。まだ話せることはある」
「え?」
「夏川が俺のせいでああなったのは事実だ。けど、単に傷付けてしまったとか、悲しませてしまったとかじゃないと思うんだ」
「どういうこと?」
「何ていうか……その──大きなショックを与えてしまった、的な……」
「大きな、ショック……?」
「そう。それに、他にも誤解があると思ってる。それを上手く伝えることができれば、どうにか……」
こんな怪我を抱えてしまったことで生まれた後悔と、今後の誓い。それを夏川に説明して、納得してもらうことができれば。与えてしまったショックを和らげることができるし、異常な事をしでかした俺に恐れを抱いていることに気付かないままモヤモヤし続けることも無くなるだろう。おそらく、たぶん、きっと。
「……え? それは、さじょっちがするの……?」
「え? それって、どういう……」
意外そうな目で俺を見る芦田。何故そんなことを思うのか。問うように見つめ返すと、芦田は困惑したような顔で教えてくれた。
「さじょっちは──もう何もしないと思ってた」