Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (51)
壊れかけのいいんちょ
夜。姉貴が塾から帰って来たタイミングで何気なしに訊いてみた。
「姉貴の学年も東とか西とかあんの?」
「あ? ああ……あの変な感じのやつね」
話を聞くと、姉貴が一年の頃は結構酷かったらしい。教師による生徒に対する扱いの差。部費の格差、試験内容の差分。それが原因でグレて行く〝東〟の生徒達。優位な立場を利用した暴力行為。
「──大変だったなぁ……」
それを調停したのが意外にも当時二年生の〝西〟に属してた結城先輩だとか。何ともノブレス・オブリージュなやり方で〝西〟を内側から変えて行ったらしい。とか言ってるけど絶対アナタ関わってるよね? なぁに? その色々あった感の顔。
「あとあの金髪っ子ってどんな家柄なんだ?」
「金髪っ子……?ああ、アイツね」
「そうそう、あの残念系ハーフっ子」
〝東雲〟なんて名字もこの辺じゃ全然聞かないし。金持ちっぽい雰囲気を出してたけどただのロールプレイって可能性もある──なんて疑ったものの、姉貴いわくやっぱり金持ちではあったみたいだ。フランスの紡績会社の社長令嬢だという。会社名と姓は一切関係してないらしい。結城先輩とは親同士のつながりで縁があったとか。
「へぇ……あの小娘が生徒会長になるためにね……颯斗の家の方は地元ブランドで布製品も扱ってて、実際アイツが威張り倒せば逆らえない生徒が多く居んのよ。その許嫁ってのが喧伝されたんなら、茉莉花も威張り倒せんのかもね」
「そもそも生徒会長になろうとしてる目的は?」
「そりゃあ──……や、わかんね、どうでもいい」
「急に冷めんのやめてくんない?」
突然姉貴の顔から〝いやウチら何の話してんの?〟感が漂い始めた。ついには会話をぶった切ってテレビ見始めたし。薄々気付いてたけど姉貴ってあのクロマティのことすっごい下に見てるよな……話題にする事すらアホらしいみたいな……まぁあの感じからして〝ウザい〟くらいは思ってそうだけど。
最後まで話聞かせろよなんて文句垂れたいとこだけど姉貴も疲れてるだろうし、これ以上はそっとしとくか。個人的な話、ガサツでいい加減な態度な割に働き者ってのが反則なんだよな。疲れた顔見せられると気ぃ遣うんだよ。
ああ、姉貴が夏川だったら───。
姉で終わりませんね……こんなキャミソール姿でソファーに寝そべられたら禁断の何かが起こるわ。ホント実の姉って不思議。異性なはずなのに何で何も感じねぇんだろうな。そのチラッと見えてる腹にパァンッて張り手したいんだけど。普通に日頃の仕返し的な意味で。いややらないけどさ。
◆
「負けないからっ……!」
「ホワッツ…………」
突然の宣戦布告。教室にて俺を指差して来た飯星さんは悔しげに俺に宣言した。いったい何故? 知らないうちにセクハラでもしちゃった? ただ
視
るのはセーフだよね? や、別にガン見とかじゃなくて眺めるくらいの。
「どうしたら許してもらえますか」
「謝らなくて良いよ。私に力が足りなかっただけだから」
「えっと……? え? 飯星さんに原因があんの?」
「ううん、佐城くん」
「誰か助けてください!!」
ほんっと女子のこういうところ! 何か怒ってるんだろうけど何に怒ってんのか教えてくんないところ! せっかく株上がりめだったのに飯星さんよぉ!
こういうとこは多少大雑把な性格の方が助かるんだよな……姉貴とか何を欲してんのか態度に出て超わかりやすいからまだ良い。や、決して良くはないけど。
「なになに、どったの」
「何やってんのよ……」
「何やったんだお前」
「バーカ佐城」
心からの叫びが届いたのか何や何やと集まって来た。集まって来たのは有り難いけど何でみんな俺がやらかした前提なん?
呆れ七割、興味三割。顔を見るに後半二人はそれが前後してやがる。お前らこれは見せもんじゃねぇぞ。俺と学級委員長の熾烈な──
「ず、ずるいわよ佐城くん!教室の中心で愛を叫ぶなんてッ……!」
「愛は叫んでねぇよ」
なに今日の委員長どうしちゃったの。珍しく感情的というか主観でものを語るというか。大人びた印象だった彼女はいったいどこへ……。
そんな騒動の中心───いや俺の席だから教室の端っこなんだけど、そこへぞろぞろと白井さんとか他にも色んな人がやって来た。いやちょっ、どんだけ集まって来るん!?
「何々──ああ……昨日のアレね」
「昨日の? 何かあったん舞ち」
白井さんの後ろで苦笑いしてた斎藤さんが一人納得した感じのことを言った。茶道とかやってるお淑やかなイメージの子が急にイマドキ女子高生的な話し方になるとちょっとギャップが良いですね……んなこたぁ良いんだよ。すかさず訊き返した芦田はナイスフォローだ。今日も良いスパイク打ってくれ。俺にじゃない。相手のコートに。
「愛莉ちゃんに押し倒されたんだよね」
「詳しく」
「話したまえ」
「さじょっちと山崎、ハウス」
俺は犬じゃねぇ。いやいや、興味深い言葉が聴こえて反射で尋ねちゃっただけだから。お淑やかな斎藤さんの口から〝押し倒す〟なんてワードがでるなんてけしからん。そんなの詳しく聞かないわけには──夏川さん? その邪魔臭そうなものを見る目はうちの姉貴に通ずる部分がありますよ!? ソファーで寝てた俺を目だけで〝どけ〟と言い捨てる姉貴みたいな目になってますよ!
「まったく……昨日、みんなが遊びに来た時に愛莉が飯星さんに飛び込んだのよ」
「そりゃまた何で」
「さぁ……でも確かその後アンタの名前出してたような……」
「『さじょーより弱い』。そう言われたんだよ……」
「勝った」
「勝ったじゃないよもうっ! 転がされたんだからね!」
俺のせいなん? 何かほっこりしたから俺のせいでも良いや。てかさっき何つった? 〝負けないから〟? 上等じゃねぇか、だったら俺と直接ぶつかり合ってみますか? あ、ごめんなさい。
「ていうか! 佐城くん愛莉ちゃんと会ったことある!?」
「夜のロンドンでな……運命的な出会いだったよ」
「あの子五歳なんだけど」
月明かりの綺麗な夜で──おい、俺と夏川をわくわくした目で見るのはやめなさい。そんなの俺は求めてないし、夏川にも迷惑でしょうが。てか俺が誰かといちゃついてたとしてキャーキャー言えんの? 俺イケメンだったの?
「意外。夏川さんって佐城くんに対して特にガード固い印象だったから」
「前に『絶対に会わせない!』なんて言ってなかったっけ……?」
「え? あ、その……」
興味ありますと言わんばかりの視線に夏川があたふたしている。個人的には隠すほどの事でもないから黙って夏川に委ねてると、夏川は助けを求めるようにこっちを見て来た。え、てか内緒にする感じ? 二人だけの秘密ってやつ? 何それヤバいんだけど。急にキュンとさせるのやめてくんない? ひきつけ起こしそう。
「あー……ほらあれだよ。買いモンしてたらあらびっくり。向こうから叶姉妹ばりの二人組が歩いてくるではありませんか」
「あの子五歳なんだけど」
失敗した。まさか咄嗟に思い浮かぶ姉妹があの姉妹とは……そもそも俺の生活範囲に居るわけねぇだろ。何なら普通の高級デパートにすら居ねぇよ。ってか見た目も愛莉ちゃんどころか夏川すら似てねぇよ。何がとは言わんけど。
「そう……運悪くもついに俺と愛莉ちゃんは出会ってしまった」
「よく淡々と語れんなお前……」
出会ってしまった、なんて言ったけど実際はお呼ばれだったからな。まさか俺もそんな日が来るとは思ってなかった。あの日の事は今でもまだ現実感ないからな。何ならまだ夏川って俺を煙たがってんじゃねぇかとすら思ってる。実際はそうじゃないっぽいんだけど……実感がなぁ……。
「『見つかってしまった』と言わんばかりの夏川。『あ、これ気まずいやつ』と固まる俺」
「思ったよりまともな思考だ!?」
「俺に掴みかかる愛莉ちゃん」
「何で!?」
「そこから両者互角の取っ組み合いが始まった」
「あの子五歳なんだけど」
違うんだよ……愛莉ちゃんの武器は五歳児ならではの筋力じゃない、無尽蔵の体力と諦めない心っ……! なんであの子は俺に勝とうとするわけ?
「──で、そんな好敵手の俺が居なかったから飯星さんが身代わりになったと」
「じゃあ佐城くんのせいじゃん」
「そうだった」
エクレア一個で手打ちになった。