Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (93)
女神の側で【3】
「愛莉、最近昼ドラ見てるんだ」
「ええっ!?サスペンス的なやつ!?」
「ううん、旅館の若女将的なやつ」
「あ〜……そういうのもあったね」
部活が午前中に終わった時とかに偶に見かける気がする。でもアレって姑が若いお嫁さんを
虐
める的な話じゃなかったっけ?愛莉ちゃんの教育的にはあんまり良くないんじゃ……ぶっちゃけアレ結構ドロドロしてるよね?
「ふふ、愛莉はよく分かってないから大丈夫だよ。“女将”っていう仕事に興味を持ってるらしくて、よく真似するの」
「ははぁん……良いとこだけ吸収するパターンね。超良い子じゃん」
「でしょ?」
“でしょ?”。もう大変だねこれは。愛ちゃん褒められて得意げになる愛ちとか。もう、もうね。喉乾いてもないのに出してもらった麦茶が進むよ。よくわかんないけど本能的に求めちゃう。ご飯も行けそう。あれ、これ単にお腹空いてるだけじゃない?
「綺麗にお辞儀できるもんねー」
「ねー!」
やるー!って言った愛ちゃんはソファの真ん中でアタシに体を向けて正座。あぁあぁ……何をされるのかわかる。アタシ、平常心保ってられるかわかんない。
「ようこそおいでくださいました!」
「愛ちゃ〜ん!お膝においでぇ!」
「きゃー!」
「あ!?ちょっと圭!」
ソファーに手をついてペコリと頭を下げられたらもう悶えるしかない。行き場の無い感情は目の前の愛ちゃんにぶつけるしかなかった。ぶつけるっていうか膝に乗せてハスハスした。はぁんっ、やらかぁ………。
「愛ちゃんようこそおいでくださいましたぁ!」
「きゃははは!くすぐったいぃ〜!!」
「もうっ……」
今たぶん部活をした後の世界中の誰よりも疲れてない自信あるかもしれない。可愛いよぉ……何なのこの天使アタシも妹欲しいんだけど。お母さんどうにかしてくんないかなぁ。何かエネルギー的なものが補充されて行くのがわかるよ、その辺の栄養ドリンクなんてただの水だよ水。
「ふふ、愛莉。後で来るアイツにもしよっか」
「あいつー?」
「あ、えっと……“さじょー”にも」
「くふっ」
愛ちが
解
りやすいようにさじょっちの事を呼ぶ。さじょーって呼ぶだけでも面白いのにいちいち愛ちゃんのマネをして言うからつい笑っちゃう。あと可愛い。どうやったらそんな風になれんの。
「さじょっち、びっくりするだろうね」
「ホントよ。無反応だったら……」
「あ、愛ち……」
妹愛の深さを感じる。たぶん愛ちってどんな人だろうと愛ちゃんの事になると怖くなるんだと思う。愛ちゃんが反抗期になったら愛ち荒れるだろうなぁ……。
「───わっ!?」
「ひゃわあっ!?」
親戚のお姉さんっぽく目の前の姉妹の未来を想像してると、机の上のスマホがガタガタと震えた。柔らかいカバーとかじゃないから結構派手に音立つんだよね。
愛ちゃんもビクッとして驚いてたし、愛ちは「びっくりするじゃない……」ってちょっとプンプンしながらスマホを手に取った。そんな可愛い姿を視界から外さないようにアタシも自分のスマホを取り出す。ちゃっかりアタシのも通知音がポッポコ鳴ってたね。
【あの……もうすぐ着きます、はい】
「あー!さじょー!」
愛ちの画面をのぞいてぴょんぴょん飛び跳ねる愛ちゃん。そうだ、さじょっちのアカウント名って“さじょー”なんだよね。愛ちゃんが読めてもおかしくないか。
あの、でも何かさじょっち腰低くない?上司の人と電話するお父さんみたいだったよ?緊張してんのかな?よく考えたら女子の家──しかも愛ちの家に来るんだもんね。普通は緊張するもんか。ちょっとはその緊張アタシにも向けてくんないかな……眼中に入らな過ぎて時々イラッとすんだよね。や、解ってたけど。
「ほら、さじょっち来たじゃん」
「う、うん……」
飼い主の帰りを察したワンちゃんのようにパタパタと玄関の方に駆けていく愛ちゃん。ちょっと危ない。そんな事したら愛ちに怒られるよー、なんて思ったけど、愛ちは特に何も言わず愛ちゃんを追いかけなかった。ふと横を見てみると、閉じた口を何やらもにょもにょさせてその場で直立不動する変なのが居た。
「あ、愛ち……?」
「ハッ……!?え、えっとッ……愛莉!?どこに行ったの!?」
「玄関の方行ったよ」
「もうっ……!」
いや『もうっ……!』って!目の前で走ってったじゃん!
え、ちょっと待って今のってもしかして愛ちがさじょっちを意識したってこと!?やったじゃんさじょっち!何だか赤飯炊きたくなったよ!嫉妬のあまりアッツアツのやつにごま塩かけて顔面に叩き込みたくなったよこの色男!
どうなるか分かんないけど良い方向に進めば良いな。さじょっち、愛ちのこと好きなのに何歩か引いてる節あるから。見てるコッチが切なくなってくるよ。愛ちの味方だし、さじょっちを応援してるわけじゃないけどね……アタシが一番好きな愛ちはさじょっちの方が引き出してくれそうだから。
◆
「ゆ、床硬くない……?痛くない?やめた方が良いんじゃ──!」
「やぁー!」
「あはは、可愛いじゃん」
愛ちゃんが向かってった先は玄関の段差の手前。いつもならそこでよいしょよいしょと座って靴を履くところだ。決して柔らかくない玄関マットの上、愛ちゃんは正座でその場に待機している。どうやら『ようこそおいでくださいました』がやりたいみたい。
愛ちは床が硬いからとあたふたしながらそれをやめさせようとしている。愛ちゃんがソワソワする度に正座してる脚からポキポキ音がしてるもんね。アタシもたぶん鳴る。アレ癖付いたらやめられないんだよね。
「あ、あ、アイツ呼んで来る!」
「あッ、ええ!?ちょっと愛ち!アタシも行くから!ゴメン愛ちゃんちょっと待っててね!」
「はぁーい!」
愛ちを追いかけて玄関から飛び出す。馬鹿な……さじょっちが一瞬にして愛ちの敵になっただと……?さっきの淡い感じのやつどこ行ったん?愛ちゃんの優先度高過ぎるんだけど勝ち目無さすぎない?
外に出てちょっと進んだところで不審な男を発見。てかもう普通にさじょっちだった。茶色いワンショルダーバッグを肩に掛け、暑そうに歩きながら両手に何か入ったビニール袋を持っている。なになに?もしかしてお菓子とか持って来てくれてたり?
愛ちとアタシの足音が聞こえたんだろう。顔を上げてこっちを見ると、今までに見たことないくらいギョッとした顔になってびっくりしていた。
「渉!!」
「ッ!!?」
強めに呼ばれてその場で背筋を張りつつ言葉にもなってない返事をするさじょっち。焦ったのか、やたら裏返った鳴き声みたいのが聴こえた。
髪振り乱しながら全力で駆け寄られたら驚くと思うんだ。いやどんなに美女でも怖いからソレ。さじょっちドンマイ、てか良かったじゃん。好きな人に迫られて。おめでとう、早くお菓子ちょーだい。
「早く来てッ!!」
「オウッ!!?」
愛ちがさじょっちの手首の辺りを掴んで引っ張った。さじょっちは突然お腹に正拳突きを食らったセイウチみたいな声を出して愛ちにされるがまま引っ張られて行く。
すれ違いざま、さじょっちの『何事!?何事!?』っていう視線がアタシと合わさった。さじょっちの両手から華麗にお菓子の入ったビニール袋を死守する……あ!ラムネ有るじゃん懐かしい!ナイス!
外は暑い。けど部活中の蒸した体育館になれたアタシにこの程度の紫外線攻撃は効かない。日焼け止め塗って来てるからね!
愛ちとさじょっちを追いかけUVカットしながらラストランをすると、玄関の前で二人は立ち止まった。おっほ!愛ちが離すまいとさじょっちの腕掴んでる!何かちょっとアレだけど嬉しいかも!
「渉……」
「えっ、あの、え?腕───その、夏川さん?」
「───覚悟しなさい」
「ええっ!?」
愛ちちょっと暴走し過ぎじゃない?無抵抗の相手に刀突き付けるような眼差しやめよ?美人の睨みとか同じ女のアタシでも怖いから。さじょっちの美人に触れられて嬉しく思いつつも怯えてる顔が何とも言えないダメ男感出てて悲しくなって来るから。
「はーいストップストップ」
「は、はひだ……」
「舌が回ってないよーさじょっち」
今の一瞬で色んなものをごっそり持ってかれたんだろうね。男子の純情的なものも含めて。目を回してないけど目を回してるというか。とりあえず愛ちゃんに正座させたさじょっちが悪いんだよ。そういう事にしといてよ。男でしょ?
「愛ちぃ、いつまでさじょっちの腕掴んでんの〜?」
「え?……ぁ!」
バッ、とさじょっちの腕を離す愛ち。掴んでいた手を胸元に抱え込み、気まずそうにしてモジモジする。ああん可愛い!でもね愛ち!展開が展開だけにさじょっちは照れるどころか混乱してるよ!
「えっと……」
「とにかく入って!扉の前で一回止まるのよ!」
「な、何でだよ」
流石のさじょっちも冷静にツッコんだ。何だかささやかな抵抗あるツッコミだ。初めて見た気がする、愛ちを前にムッとするさじょっちなんてなかなか見れるもんじゃないと思う。何かを察したのかもね。
玄関戸は
磨
りガラスの部分があるから……そこからさじょっちの脚なり腰なりを近付けて愛ちゃんに見えるようにするっていうのが愛ちの魂胆かな?
「入って」
「え、良いの?」
「入って」
「押忍」
微妙な関係の男女の再会とは思えないほど話が進む。愛ちゃんの
魅力
半端ないよね。愛ちの人が変わる。
戸惑うさじょっちだけど、もう緊張は無いみたい。てかあれは大人しく従っとくのが吉って顔だね。先に汗拭かない?あ、ボディーシート持ってるんだ。ポイント高いよ。
お化け屋敷に入るみたいに『あ、開けるぞ』って言いながら引き戸に手を掛けるさじょっち。そしてガチャッて開けて───
「───ようこそおいでくださいましたっ!!」
「ぐはぁッ!!!」
「あれっ」
扉の向こう側でペタンと綺麗にお辞儀をする愛ちゃん。120点をやっても良い出迎えを受けて、さじょっちは胸の辺りを抑えて悶絶した。予想と違った反応に思わず声出ちゃったけど、愛ちが満足そうに腕を組んで頷いてるから良いや。良いスパイク打ったあとコーチがああいう顔してた気がする……。
「可愛いでしょ。ねぇ、可愛いでしょ」
うわぁスゴい!ドヤ顔の愛ちだ!初めて見た!こんな得意げな愛ち初めて見たんだけど!めっちゃ可愛いんだけど!?さじょっち横!横!愛ちゃんも可愛いけど横ぉ!
「………その体勢は効く」
「……?」
若干
蹲
りながらさじょっちが苦し紛れに呟く。効くの?愛ちゃんが可愛過ぎたのかな?可愛いよね、愛ちゃん。腰痛治った?あ、違う?
「───ふぅ、お出迎えありがとうございます。愛莉ちゃん」
「あい!」
何はともあれ、空気を読んださじょっちがお礼をして愛ちゃんは元気に手を挙げて返事をした。
横を見ると、愛ちが石像のように固まっていた。